⭐️ 第九十八話⭐️ 翻る刃
一 皇帝の、最後の力
「……いいだろう」皇帝は言った。「ならば——私の、全てを、賭けよう」
皇帝が、両手を、掲げた。
大地の、最も深いところから——世界中の、澱みが、皇帝に、収束した。今までの、全てを、超える量。空が、闇に、覆われた。
「これが——私の、二百年だ」皇帝は言った。「世界中の、澱み。これを、御す力こそ——帝国が、世界を守る、方舟と、なる証だ。——賦活師よ。お前の、縁の力で、これを、超えてみせろ」
皇帝の、澱みの塊が——巨大な、黒い太陽のように、膨れ上がった。
それが、アルクへ——いや、戦場全体へ、降り注ごうとした。
「シルフィ!」アルクが、叫んだ。
『うんっ!!』シルフィが、銀の翼を、広げた。『みんな、守るっ!! 《絶対守護》——!!』
銀色の、絶対防御のドームが、戦場全体を、包んだ。皇帝の澱みの太陽が、そのドームに、叩きつけられる。
「みんなで、支える!」アルクが、叫んだ。「エニ——縁を!」
『繋ぐ!!』エニが、縁の糸を、全開にした。
仲間たち。守り手たち。合体召喚獣。縁の軍勢。世界中の人々。
全ての力が、縁の糸を通じて——シルフィの防御と、アルクの力に、注がれた。
皇帝の、澱みの太陽と。
アルクたちの、縁の光が。
真っ向から——拮抗した。
二 届かぬ一歩
だが——皇帝の力は、なお、底が、なかった。
シルフィの防御が、軋む。アルクの光が、押される。
「……っ、まだ、足りないのか」アルクが、歯を、食いしばった。
「これが、澱みの、深さだ」皇帝は言った。「世界が、いかに、滅びに、近いか。——わかるか、賦活師。これほどの澱みを、お前一人で、浄化できると、思うか? だから——帝国に、力を、集めるのだ。これが——現実だ」
アルクの光が、消えかけた。
その時。
帝国軍の、後方で。
動く影が、あった。
三 翻る刃
ライナだった。
黒い光を、まとった、四将の三番。
ライナが——剣を、抜いた。
そして。
その刃を——皇帝へ、向けた。
「——!?」皇帝が、振り返った。「ライナ。何の、つもりだ」
「……俺は」ライナは言った。静かに。「ずっと、確かめていた。賦活師の力が、世界を救うのか、縛るのか。——その答えを」
ライナが、皇帝へ、歩み寄った。剣を、構えたまま。
「ライナさん——!?」ネッサが、叫んだ。
「俺は、見た」ライナは言った。「賦活師が、敵すら、救おうとする姿を。仲間が、命を懸けて、互いを守る姿を。守り手が、声も出さずに、一人で、守り続けた姿を。——そして、消えた賦活師を、世界中の縁が、呼び戻す姿を」
ライナの目が——もう、迷って、いなかった。
「答えは、出た」ライナは言った。「賦活師の力は——世界を、縛らない。世界を、繋ぐ。——縁で」
ライナが、皇帝へ、刃を、向けたまま、言った。
「陛下」ライナは言った。「あんたの、方舟は——間違っている。全部を、救えないと、諦めて、奪い集める。——だが、賦活師は、違う。与えて、繋いで、全部を、救おうとする。——俺は、そっちを、信じる」
「ライナ——貴様、楔を——」皇帝が、言った。
「楔か」ライナは言った。「俺の中に、打ち込まれた、賦活師を消す、楔。——だが、それは、もう、効かない。なぜなら」
ライナが、アルクを、見た。初めて——敵ではない、目で。
「俺は、自分の意志で、決めた」ライナは言った。
「賦活師の、味方に、なると。——楔は、心を、縛れない。俺の心は——俺のものだ」
ライナの体から、黒い光が——剥がれ落ちていった。楔の力を、自らの意志で、振り払って。
「ライナさん……!」ネッサが、涙を、流した。
「アルク」ライナは、アルクに、言った。「すまなかった。——お前を、本気で、苦しめた。だが——確かめたかったんだ。お前の力が、本物か。俺が、命を懸けるに、値するか」
「ライナ」アルクは言った。
「値した」ライナは言った。剣を、皇帝に、向けたまま。「だから——今度は、俺が、お前を、守る。帝国に、刃を向けて。——それが、俺の、答えだ」
四 共に
「ライナ——!!」アルクは、叫んだ。「ありがとう!!」
「礼は、後だ」ライナは言った。「皇帝の、あの力
——お前一人じゃ、押し負ける。だから——俺も、加わる」
ライナが、皇帝の、澱みの太陽へ——剣を、構えた。
「俺の力も、使え、アルク」ライナは言った。「付与を、くれ。——お前の、縁の中に、俺も、入れてくれ」
「ああ!」アルクが、ライナに、付与をかけた。エニの縁の糸が——ライナを、繋いだ。
その瞬間。
ライナが——アルクたちの、縁の中に、加わった。
欠けていた、四将の三番。帝国の孤児。ずっと、敵だった男が——今、仲間の、縁の輪に、加わった。
「縁が——一つ、増えた!」エニが、叫んだ。「ライナの、縁が——アルクの、力に、なる!」
押されていた、アルクの光が——盛り返した。
五 届かせる
「みんな——!!」アルクが、叫んだ。「もう一度——全員の力を!!」
「ああ!!」
ヴィナが、リフレインを、アルクに、託した。
「お前の、剣だ! ——勝ってこい!」
ネッサの合体召喚獣が、咆えた。守水竜と、焔皇狐が、力を、放つ。
ガドルとバルガが、前で、支えた。リィナの雷が、道を、照らした。
シルフィが、防御で、全員を、守った。ルミ、アルファ、キラ(眠ったまま、でも、その力は、アルクの中に)、エニ——五体の守り手が、揃った。
そして、ライナが——隣に、立った。
世界中の縁が——アルク一人に、集まった。
「いくぞ——!!」アルクが、リフレインを、掲げた。
虹色の光が、リフレインに、収束した。今までの、全ての、与えたものが、還ってくる。完成した、賦活師の、一撃。
「《還元・天輪》——!!」
虹色の光の刃が——皇帝の、澱みの太陽を。
真っ二つに——斬り裂いた。
澱みが、浄化されていく。黒い太陽が、虹色の光に、包まれ、消えていく。
「馬鹿な——!!」皇帝が、叫んだ。「私の、二百年の、澱みが——!!」
澱みの太陽が——完全に、浄化された。
空に——光が、戻った。
六 皇帝の、敗北
皇帝が、膝を、ついた。
二百年、誰も、跪かせることのなかった、皇帝が。
「……負けた」皇帝は、呟いた。「私の、澱みの力が——浄化された。完成した、賦活師の力に」
アルクが、リフレインを、下ろした。皇帝に、近づいた。
「皇帝」アルクは言った。「あんたの、負けだ。でも——俺は、あんたを、殺さない」
「……なぜだ」皇帝は言った。「私は、お前を、殺そうとした。世界中の、澱みを、お前に、ぶつけた。——なぜ、殺さない」
「あんたも、世界を、救おうとしていたからだ」アルクは言った。「やり方は、間違っていた。でも——根っこは、同じだ。世界を、滅びから、守りたい。——その想いは、本物だろう」
皇帝が——アルクを、見上げた。
「俺は、証明した」アルクは言った。「縁があれば、全部、救えると。あんた一人で、抱え込んで、奪い集めなくても。——みんなで、与え合えば、世界は、救える」
アルクが、皇帝に、手を、差し出した。
「だから——一緒に、やろう」アルクは言った。「世界を、救うのを。あんたの、二百年の知識も、力も——きっと、必要だ。敵としてじゃなく——仲間として」
皇帝が、その手を——じっと、見つめた。
「……二百年だ」皇帝は、呟いた。「二百年、私は、間違え続けた。ロスを消し、賦活師を狩り、澱みを集め——全ては、世界のためだと、信じて。——その全てが、間違いだったと、お前は、言うのか」
「間違いじゃない」アルクは言った。「あんたの、危機感は、本物だった。世界が、滅びに向かっているのも、本当なんだろう。——ただ、一人で、抱え込みすぎた。それだけだ」
皇帝の、目が——揺れた。
その時。
ヴァルゴが、進み出た。
「陛下」ヴァルゴは言った。「私も——間違えておりました。二百年。ロスを消し、その罪を、正当化するために、生きてきた。——だが、賦活師は、教えてくれました。ロスは、私を、恨んだのではなく——信じていた、と」
ヴァルゴが、剣を、地に、置いた。
「私は——賦活師に、託したいと、思います」ヴァルゴは言った。「ロスが、信じた、未来を。——陛下。我らの、二百年は、終わりにしましょう」
皇帝が、ヴァルゴを、見た。それから——アルクの、差し出された手を、見た。
長い、沈黙の後。
皇帝が——その手を、取った。
第九十九話予告
皇帝がアルクの手を取った瞬間、二百年続いた戦いが終わった。全軍が矛を収め、戦場に広がるのは絶望ではなく安堵の静寂。冒険者も騎士も兵も抱き合って喜ぶ中、ネッサは眠るキラを抱いたまま座り込み、ただ涙する。
帰ってきたライナに、ヴィナはつかつかと歩み寄り――胸をこつん。
温かい空気の中、ヴィナがアルクにそっと打ち明ける。三年前、本当は何があったのか。そして、ずっと胸に秘めてきた、ある願いを口にする――。
涙と再会の、大団円前夜。
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