⭐️ 第九十七話⭐️ ずっと、そばに
一 絶望の中で
アルクが、消えた。
戦場は、静まり返っていた。
ヴィナが、地に落ちたリフレインの前に、膝をついた。震える手で、その柄を、握りしめた。
「アルク……」ヴィナは、呟いた。「うそだ……お前は、約束しただろう。みんなで、帰るって——」
「アルクさん……」ネッサが、眠るキラを抱いたまま、立ち尽くしていた。涙が、止まらなかった。「やだ……やだよ……」
ガドルが、拳を、握りしめた。バルガが、天を、仰いだ。リィナが、声もなく、涙を流した。カインが、唇を、噛んだ。
ルミが、アルファが、エニが——アルクの消えた場所を、見つめて、動けなかった。
「……ご主人さまが、消えるなんて」ルミが、震える声で、言った。「そんなの——あたしたちが、守り手なのに——」
その時。
二 目覚め
アルクが、消えた、その場所。
ずっと——誰の目にも、見えなかった、銀色の光が。
今まで、ただ静かに、アルクを、守り続けてきた、三体目の守り手。
防御の守り手。一度も、声を、発したことのない、無言の守り手。
その光が——震えた。
そして。
『——いや』
声が、響いた。
今まで、誰も、聞いたことのない、声。
幼く、高く——でも、必死の、声だった。
『いやだよぉ……!!』
銀色の光が、激しく、輝き始めた。アルクの、消えた場所から。
『ご主人さまを、死なせない!! ぜったいに、死なせないっ!!』
光が、形を、成していく。
手のひらより、少し大きな——小さな、女の子の姿。
ふわふわの、銀色の髪。大きな、きらきらした目。背中に、小さな、銀の翼。頬を、涙で、濡らして。ぷくっと、頬を膨らませて、必死に、何かを、こらえている。
あまりにも——愛らしい姿だった。
「……え?」ネッサが、涙を、忘れて、目を、見開いた。「だ、誰……?」
『わたし、ずーっと、守ってたのっ!!』その小さな女の子は、叫んだ。ぽろぽろ、涙を流しながら。『ご主人さまのこと、ずーっと、ずーっと、守ってたのっ!! 封印石と、戦って、攻撃、ぜんぶ、弾いて——おしゃべりする、ひまも、なかったけど——でも、ぜったい、守るって、決めてたのっ!!』
「お前——防御の、守り手……?」ルミが、呆然と、言った。
『そうだよっ!!』女の子は、言った。『わたし、ずっと、いたよっ!! みんなのこと、見てたよっ!! ご主人さまが、ごはん食べるのも、笑うのも、みんなと、仲良くするのも、ぜーんぶ、見てたっ!! いっしょに、いたかったっ!! でも、わたし、守るので、せいいっぱいで——』
女の子が、ぐしゃぐしゃの顔で、叫んだ。
『でも、もう、がまんしないっ!! ご主人さまが、消えちゃうなんて——ぜったい、いやっ!! わたしが、守るんだもんっ!! それが、わたしの、ぜんぶ、なんだもんっ!!』
三 絶対防御
防御の守り手——銀色の少女が、両手を、広げた。
その瞬間。
戦場に——銀色の、光のドームが、展開した。
今までの、比では、なかった。アルクの仲間たち全員。ヴィナ、ネッサ、ガドル、バルガ、リィナ、カイン。守り手たち。そして——縁の軍勢、全て。皇帝の澱みからも、何からも、守る、絶対の、防御。
『みんなも、守るっ!!』少女は、叫んだ。『ご主人さまの、大切な人、ぜんぶっ!! わたしが、守るっ!!』
「これは——!?」皇帝が、初めて、本気で、動揺した。「最後の、守り手——覚醒した、のか!?」
『——そして』少女が、消えたアルクの場所へ、向き直った。涙を、拭いて。
『ご主人さまっ!!』少女は、叫んだ。渾身の力で。『帰ってきてっ!! わたしの、ぜんぶ、あげるからっ!! だから——帰ってきてよぉっ!!』
銀色の光が——アルクの、消えた場所に、収束した。
四 還ってくる全て
その時。
エニが——叫んだ。
『——今だ!!』エニが、光の輪を、最大に、回した。『防御の守り手が、目覚めた!! 五体の守り手が、全て、揃った!! 今こそ——賦活師は、完成する!!』
『アルクが、世界に与えた、全てを——返すときだ!!』エニが、縁の糸を、世界中に、広げた。
アルクが、浄化した、土地。救った、人々。結んだ、縁。与えた、付与。注いだ、優しさ。
その全てが——縁の糸を通じて、消えたアルクのもとへ、還り始めた。
「ご主人さまっ!!」防御の守り手が、叫んだ。
「アルク!!」ヴィナが、リフレインを、掲げて、叫んだ。「帰ってこい!!」
「アルクさん!!」ネッサが、叫んだ。
「アルク——!!」全員が、叫んだ。
縁の軍勢も。ゴウダも。冒険者たちも。王都の騎士も。ルーエの兵も。アルクが、救った、全ての人々が——叫んだ。
「賦活師ぃっ!!」「アルク!!」「帰ってこい!!」
その、無数の声が。無数の、縁が。
消えたアルクのもとへ——還っていった。
澱みに、呑まれたはずの、アルクの魂が。
還ってくる、全ての力に——包まれた。
五 大復活
銀色の光の中心で。
光が——人の、形を、成した。
アルクが——立っていた。
だが、以前の、アルクではなかった。
全身が、淡い、光を、まとっている。金色の。銀色の。橙色の。白い。そして、温かい、虹色の。五体の守り手の力が——一つに、なって、アルクを、包んでいた。
「……ただいま」アルクは、言った。静かに。
「アルク——!!」ヴィナが、駆け寄った。「生きてる——!? 本当に——!?」
「ああ」アルクは言った。微笑んで。「みんなが
——呼んでくれた。世界中の、縁が——俺を、還してくれた」
アルクが、自分の手のひらを、見た。そこに、虹色の光が、宿っていた。
「これが——賦活師の、完成形」アルクは言った。「《還元》——与えた全てが、返ってくる力。俺が、世界に与えたもの、全部が——今、俺に、返ってきた」
アルクの肩に、防御の守り手の少女が、ふわりと、降りた。涙で、ぐしゃぐしゃの顔で、でも、満面の笑みで。
『ご主人さまぁっ!!』少女は、アルクの頬に、ぴとっと、抱きついた。『帰ってきたっ!! よかったぁっ!! わたし、ずっと、守ってたんだよっ!!』
「ああ」アルクは言った。優しく。「ありがとう。——ずっと、守ってくれて。声も、出さずに、一人で、ずっと」
『うんっ!!』少女は言った。『でも、もう、一人じゃないっ!! みんなと、おしゃべりできるっ!! やったぁっ!!』
「お前、こんなに——元気で、可愛い子だったのか」ルミが、目を、丸くして、言った。
『えへへっ!!』少女は言った。『わたし、シルフィって、いうのっ!! よろしくねっ!!』
「シルフィ……」アルクは言った。「いい名前だ」
『でしょっ!?』シルフィは、得意げに、言った。
絶望に沈んでいた戦場が——歓喜に、沸いた。
「アルクが——生きてる!!」「賦活師が、還ってきた!!」
六 皇帝の、衝撃
「……ありえぬ」皇帝が、呟いた。「澱みに、呑まれた者が——還ってくるなど。完成、しただと——?」
「あんたが、言ったんだ」アルクは言った。「『完成した賦活師なら、澱みを貫ける』と。——なら、今の俺は、どうかな」
アルクが、リフレインを、構えた。虹色の光を、まとって。
「もう、お前の澱みは——俺には、効かない」アルクは言った。「与えた全てが、返ってくる。澱みすら——俺は、浄化して、力に変える」
「……っ」皇帝が、後退した。二百年で、初めて。
「だが——」アルクは言った。「俺は、あんたを、倒したいわけじゃない」
「……何?」
「あんたの、論理を、打ち破りたいだけだ」アルクは言った。「『全部は救えない』という、あんたの、諦めを。——俺は、証明する。縁があれば、全部、救えると」
第九十八話予告
「ならば、私の全てを賭けよう」――皇帝が世界中の澱みをかき集め、空を闇で覆う、黒い太陽。シルフィの絶対防御も軋み、アルクの光も押されていく。「これほどの澱みを、お前一人で浄化できると思うか?」と迫る皇帝。底なしの力に、縁の光が消えかけた、その時。
果たして戦場の天秤は、どちらに傾くのか――
感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしています!!




