⭐️ 第九十五話⭐️ 捧げ、守る
一 ヴィナの覚悟
黒い奔流に、呑まれていくアルク。
その後ろで、ヴィナが、首飾りの赤い石を、握りしめた。
「ヴィナ、何を——」アルクが、かすれた声で、言った。
ヴィナは、答えなかった。
ただ——その赤い石を、握り、目を、閉じた。
脳裏に、よぎる、声があった。三年前。死んでいった、仲間の声。
——ヴィナ。この首飾りは、本当に、いざというときだけ、使え。
——これは、命を、引き換えにする。だから
——本当に、守りたいものが、できたときだけ。
ヴィナは、三年間、誰のためにも、使わなかった。誰も、守りたいと、思える者が、いなかったから。一人で、生きてきたから。
でも——今は、違う。
「あたしは」ヴィナは、呟いた。「もう、誰も、失いたくない。——特に、お前を」
ヴィナが、赤い石を——握り潰すように、力を、込めた。
「ヴィナ、やめろ!!」アルクが、叫んだ。何かを、感じ取って。「それは——!!」
「アルク」ヴィナは、微笑んだ。穏やかに。「——隣に、いたかった。最後まで」
赤い石が——砕けた。
二 結界
赤い石から——眩い、光が、溢れ出した。
その光が、ドーム状の、結界を、形成した。アルクを、仲間たちを——戦場の、味方、全てを、包み込む。
皇帝の、黒い奔流が——その結界に、阻まれた。
澱みの力が、結界に、叩きつけられる。だが——結界は、揺らがない。亡き魔術師が、命の最後に込めた、守りの力。それが、皇帝の澱みすら、完全に、防いだ。
「これは——!?」皇帝が、初めて、目を、見開いた。「私の、澱みを——完全に、防いだ、だと……!?」
アルクが——黒い奔流から、解放された。
「ヴィナ……!?」アルクが、振り返った。
そして——見た。
ヴィナの体から、光が、抜けていくのを。命そのものが、結界に、吸い取られていくのを。
「ヴィナ!!」アルクは、絶叫した。「やめろ——それは、命を——!!」
「アルク」ヴィナは、力なく、微笑んだ。体が、透けていく。「ごめんな。——でも、これで、お前を、守れる。みんなを、守れる。——あたしの、命で」
「だめだ——!!」アルクが、ヴィナへ、駆け寄った。
「だめだ、ヴィナ!! そんなの——!!」
「いい、んだ」ヴィナは言った。涙を、流しながら、笑って。「あたしは——昔、仲間を、守れなかった。一人だけ、生き残った。——だから、今度こそ。今度こそ、あたしは——守りたいんだ」
ヴィナの体が、光の粒に、なっていく。
「アルク」ヴィナは言った。最後の力で。「——好きだった。本当に」
「ヴィナああああ!!」
三 奇跡
その時。
アルクの肩から——キラが、飛び立った。
ずっと、言葉を、持たなかった、小さな守り手。
そのキラが——初めて、声を、上げた。
『——だめ!!』
幼い、必死の、声だった。
キラが、ヴィナへ、飛んだ。光の粒に、なりかけた、ヴィナへ。
キラの体が、眩く、輝いた。今までの、どんなときよりも、強く。全身全霊の、力を、込めて。
『ヴィナを——複製する!!』キラが、叫んだ。
『今の、ヴィナを——魂ごと、複製して——身代わりに、する!!』
キラの複製の力が——発動した。
消えゆく、ヴィナの、魂。その完全な複製を、キラが、生み出した。命を、捧げる役目を——その複製に、肩代わりさせる。
結界が、命を、吸い取る。だが——吸い取られたのは、キラが生んだ、複製の魂だった。
本物の、ヴィナの命は——その瞬間に、引き戻された。
「——っ……あ……?」ヴィナが、息を、吹き返した。透けていた体が、戻っていく。「あたし——生きて——?」
「ヴィナ!!」アルクが、ヴィナを、抱きとめた。
「生きてる——生きてるのか!?」
「アルク——なんで、あたし……」ヴィナは、混乱していた。「命を、捧げたはずなのに——」
キラが、ふらり、と、宙で、揺れた。
全力を、使い果たして。
そして——アルクの手のひらに、ぽとり、と、落ちた。ぐったりと。
「キラ!?」アルクが、叫んだ。
『……ヴィナ、守れた……?』キラの、弱々しい声が、響いた。初めての、言葉が——こんなにも、健気だった。『よかった……』
「キラ、お前——ヴィナの、身代わりを……!?」アルクは、震える声で、言った。
『……うん』キラは言った。『ヴィナ、好きだから……鞘飾り、撫でさせて、くれたから……だから……守りたかった……』
「キラ……!」ネッサが、涙を、流した。
『でも……いっぱい、力、使っちゃった……』キラは言った。『ちょっと……眠い……』
「キラ、寝るな!」アルクが、叫んだ。「ルミ、回復を——!」
「やってる!」ルミが、必死に、回復の光を、注いだ。「でも——キラ、力を、使いすぎてる……! 命に、別状はないけど——しばらく、眠る……!」
『……アルク』キラが、最後に、言った。『ヴィナと……みんなと……一緒に、いられて……幸せ、だったよ……』
「キラ!!」
キラが——静かに、眠りに、落ちた。穏やかな、寝息を立てて。
「……眠っただけだ」ルミが、涙ながらに、言った。「キラは——大丈夫。でも、しばらく、目を、覚まさない。全部の力を、ヴィナを、守るために、使ったから」
アルクは、眠るキラを、そっと、胸に、抱いた。
「ありがとう、キラ」アルクは言った。涙を、流して。「お前が——ヴィナを、救ってくれた」
四 皇帝の、驚愕
「……理解、できぬ」皇帝が、呟いた。
その目は——揺れていた。
「命を、捧げる結界。——だが、賦活師の、守り手が、その命の、身代わりを、生んだ」皇帝は言った。「一人の、女騎士を、救うために。小さな守り手が、自らの、全てを、捧げた」
皇帝が、アルクを、見た。
「なぜだ」皇帝は言った。「なぜ、お前の周りの者は——お前のために、命を、捧げる。ヴィナも。キラも。——お前は、何を、与えたのだ」
「与えてない」アルクは言った。眠るキラを、抱いて、立ち上がりながら。「俺は——ただ、一緒に、いただけだ。一緒に、飯を食って、笑って、戦って。
——それだけだ」
「それだけで——?」
「それが、縁だ」アルクは言った。「与えるとか、もらうとか、じゃない。——ただ、一緒に、生きる。そうして、結ばれた縁は——命を、懸けるほど、強くなる」
皇帝が——黙った。
その沈黙に、初めて——理解できないものへの、戸惑いが、滲んでいた。
第九十六話予告
戸惑いを振り払い、皇帝がついに本気を出す。大地の奥底から膨大な澱みを集め、空が暗くなり大地が震える――もはや人の領域ではない、黒い光の柱。帝国軍の兵すら慄いて後ずさる規模だ。
たった一人、リフレインを構えて立ち向かうアルク。だがそこで、眠るキラを見つめるネッサの喚魂環が強く光りだす。
ネッサの絆の極致が、皇帝の澱みを初めて押し返す。開いた道を、アルクが駆ける――。
次話からは、一日一回投稿していきます
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