⭐️ 第九十四話⭐️ 二百年の刃
一 ヴァルゴの強さ
ヴァルゴが、地を、蹴った。
その速さは——四将の、誰よりも、上だった。
一瞬で、アルクの、懐へ。剣が、振るわれる。
アルクは、リフレインで、辛うじて、受け止めた。だが——その重さに、膝が、震えた。
「速い……!」アルクは、呻いた。
「二百年、磨いた剣だ」ヴァルゴは言った。
ヴァルゴの剣が、嵐のように、アルクを、襲った。一撃、一撃が、必殺。アルクは、受けるだけで、精一杯だった。
「アルク!」ヴィナが、加勢に、入ろうとした。
「来るな、ヴィナ!」アルクが、叫んだ。「これは——俺の、戦いだ!」
「でも——!」
「縁の力を、借りる!」アルクは言った。「でも——ヴァルゴとは、俺が、向き合う! ロスの、想いを、継ぐ者として!」
エニが、縁の糸を、繋いだ。仲間たちの力が、アルクに、流れ込む。世界中の縁が、アルクを、支える。
アルクの剣が、一段、鋭くなった。
「《還元・刃》!」アルクが、ヴァルゴの一撃を、受け止め、吸収し、返した。
ヴァルゴが、初めて、後退した。
「……縁の力で、私の剣を、受けるか」ヴァルゴは言った。「だが——いつまで、保つ」
二 ヴァルゴの、慟哭
剣を、交えながら。
アルクは、ヴァルゴの、目を、見た。
冷たい。だが——その奥に、深い、悲しみが、あった。
「ヴァルゴ」アルクは、剣を、交えながら、言った。「あんたは——ロスを、消したくなかったんだろう」
「黙れ」ヴァルゴは言った。
「ロスは、あんたの、友だった」アルクは言った。「なのに、世界のためだと、自分に、言い聞かせて——友を、自分の手で、消した。その罪を、二百年、背負い続けて」
「黙れと、言っている!!」ヴァルゴが、叫んだ。剣に、力が、籠もる。
「あんたは、ずっと、苦しんでいる」アルクは言った。「だから——次の賦活師を、消すことでしか、自分を、保てない。『あれは、正しかった』と、思い続けるために。——でも、本当は」
「黙れ……!!」
「本当は、間違っていたと、気づいているんだろう」アルクは言った。
ヴァルゴの、剣が——一瞬、止まった。
「……お前に」ヴァルゴは言った。声が、震えていた。「お前に、何が、わかる。私は——あの日、ロスの、最期の言葉を、聞いた」
「最期の言葉?」
「『ありがとう』だ」ヴァルゴは言った。「私が、消そうとした、その瞬間。ロスは——笑って、言ったのだ。『友でいてくれて、ありがとう』と」
ヴァルゴの目から、涙が、一滴、こぼれた。
「なぜだ……!」ヴァルゴは、叫んだ。「なぜ、ロスは、私を、恨まなかった!? 私は、あいつを、消したのだぞ!? 恨んでくれれば——憎んでくれれば——私は、まだ、楽だったのに……!!」
「ヴァルゴ……」
「だから、私は、生き続けた!!」ヴァルゴは、叫んだ。「ロスの、『ありがとう』を、正しいものに、するために! 次の賦活師を消し、世界を守り、『お前を消したのは、正しかったのだ、ロス』と——証明し続けるために!!」
ヴァルゴの剣が、再び、アルクに、迫った。だが
——その剣は、もう、二百年の、冷たさだけでは、なかった。
慟哭が、籠もっていた。
三 受け止める
アルクは、ヴァルゴの剣を——受け止めた。
弾くのでも、返すのでもなく。ただ、受け止めた。
「ヴァルゴ」アルクは言った。「ロスは——あんたを、恨まなかった。それは、あんたを、許したからじゃない」
「……何?」
「あんたを、信じていたからだ」アルクは言った。
「いつか、あんたが、気づくと。自分のやったことの、意味に。——そして、変われると。だから、ロスは、『ありがとう』と、言った。最期に、あんたへの、信頼を、託して」
ヴァルゴの、剣が、止まった。
「ロスは、あんたを、見捨てなかった」アルクは言った。「二百年、ずっと——あんたが、気づく日を、信じていた。その想いが——今も、あんたの中に、残っているはずだ」
「私の、中に……」ヴァルゴは、呟いた。
「あんたが、二百年、苦しみ続けたのは」アルクは言った。「心の底で、知っていたからだ。ロスを消したのは、間違いだったと。——その苦しみこそ、あんたが、まだ、人の心を、持っている、証だ」
ヴァルゴが、剣を、握る手を——震わせた。
「私は……」ヴァルゴは言った。「私は、どうすれば……」
四 皇帝の、介入
その時。
冷たい声が、戦場に、響いた。
「ヴァルゴ。何を、している」
皇帝だった。
いつの間にか——アルクと、ヴァルゴの、すぐ近くに、立っていた。誰も、その移動に、気づかなかった。それほどの、力。
「陛下……」ヴァルゴが、よろめいた。
「お前は、迷っているな」皇帝は言った。「賦活師の言葉に。——よかろう。お前は、下がれ。ここから先は——私が、見極める」
「陛下、しかし——」
「下がれ」皇帝は、繰り返した。静かに。だが、逆らえぬ、響きで。
ヴァルゴが、よろめきながら、後退した。混乱した、顔で。
皇帝が、アルクに、向き直った。
「賦活師」皇帝は言った。「お前は、ヴァルゴの心を、揺さぶった。縁とやらで。——大したものだ。だが」
皇帝が、手を、掲げた。
その瞬間——戦場全体の、澱みが、皇帝に、集まり始めた。帝国軍の足元から、大地から、空から。世界中の、澱みが、皇帝一人に、収束していく。
「私は、ヴァルゴとは、違う」皇帝は言った。「私には、迷いは、ない。私は——帝国のために、世界を、守る。そのために、お前の力が、必要だ。完成した、お前の力が」
皇帝の体が、黒い、澱みの光に、包まれた。膨大な、力。今までの、どの敵とも、比較に、ならない。
「だが——その前に」皇帝は言った。「お前が、本当に、完成しうる器か、見極める。——お前の、縁の力が、私の、澱みの力に、どこまで、抗えるか」
皇帝が、アルクへ向かって、手を、伸ばした。
黒い、澱みの奔流が、アルクを、襲った。
「アルク!!」全員が、叫んだ。
「《自己付与・全開》——!!」アルクが、全ての守り手の力を、自分に、集中させた。エニの縁の糸を通じて、世界中の力を、借りて。
黒い奔流と、アルクの光が——激突した。
拮抗。
だが——皇帝の、澱みの力は、底が、なかった。世界中の澱みを、吸い続け、際限なく、膨れ上がる。
アルクの光が、少しずつ、押されていく。
「……これが、皇帝の、力か」アルクは、歯を、食いしばった。「澱みを、全部——力に、変えてる……!」
「アルク、退いて!」ネッサが、叫んだ。「このままじゃ——!」
「退けない!」アルクは言った。「ここで、退いたら——世界が、皇帝の、ものになる!」
五 押し負ける
皇帝の、澱みの奔流が——アルクの光を、呑み込み始めた。
「ぐ……っ!!」アルクが、膝を、ついた。
「アルク!!」ヴィナが、駆け寄ろうとした。
「来るな、ヴィナ!」アルクが、叫んだ。「巻き込まれる!」
「そんなの——!」ヴィナが、叫んだ。「あたしは——お前を、一人になんか、しない!」
「ヴィナ……!」
皇帝が、アルクを見下ろした。
「縁の力も、ここまでか」皇帝は言った。「お前の光は、強い。だが——澱みは、それ以上に、深い。私が、二百年、蓄えた、澱みには——届かない」
黒い奔流が、さらに、強まった。アルクの光が、消えかけていく。
「アルクさん!!」ネッサが、叫んだ。
「アルク!!」ガドルが、バルガが、リィナが、カインが、叫んだ。
守り手たちの力も、エニの縁の糸も——皇帝の、圧倒的な澱みの前に、押し潰されていく。
アルクが、黒い奔流に、呑まれていく。
「これが——現実だ、賦活師」皇帝は言った。「縁は、美しい。だが——力の前には、無力だ。お前は、ここで——」
その時。
アルクの、後ろで。
ヴィナが——カトレアを、納め。
首元に、手を、伸ばした。
古い、銀の鎖。赤い、石。
ずっと、誰にも、語らなかった、形見の——首飾りに。
「ヴィナ……?」アルクが、黒い奔流の中から、かすかに、振り返った。
ヴィナの目は——もう、決まっていた。
第九十五話予告
世界中の澱みを集めた皇帝の底なしの力に、ついにアルクが呑み込まれていく。縁の光が、消えかけていく。仲間たちの絶叫が戦場に重なる。
これまでのどんな敵とも比較にならない、圧倒的な力。「縁は美しい。だが力の前には無力だ」と言い放つ皇帝。絶体絶命――。
だがその時……
健気すぎる小さな奇跡が、戦場の運命を変える。そしてその光景を前に、底なしの力を誇った皇帝の沈黙に、初めて戸惑いが滲み始める――。
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