第九十一話 束の間の、平穏
一 ヴォルタへの、帰還
ヴォルタへ、帰還した。
封印石無力化の報せは、すぐに、各地に、広まった。ヴォルタは、歓喜に、沸いた。
だが——アルクは、屋敷で、療養していた。
《還元》の反動で、体が、ボロボロだった。
ルミが、毎日、回復の光を、注いだ。ネッサが、毎日、滋養のある料理を、作った。
「アルクさん、今日は、雑炊です」ネッサが、器を、運んできた。「消化に、いいように。——食べられますか?」
「ああ」アルクは、体を、起こした。「ありがとう、ネッサ」
「無理しないでください」ネッサは言った。「ゆっくり、休んでくださいね」
ヴィナが、部屋に、入ってきた。
「具合は、どうだ」ヴィナは言った。
「少しずつ、良くなってる」アルクは言った。「ルミの回復と、ネッサの料理のおかげだ」
「無茶を、したからな」ヴィナは言った。「——でも、お前が、生きていて、よかった」
「心配を、かけた」アルクは言った。
「ああ」ヴィナは言った。「本当に——心配した」
ヴィナの声が、少し、震えていた。
「ヴィナ?」
「……お前が、黒い光に、呑まれかけたとき」ヴィナは言った。「あたしは——また、誰かを、失うのかと、思った。昔の、仲間のように」
「ヴィナ……」
「でも、お前は、消えなかった」ヴィナは言った。「みんなが、繋ぎ止めた。——縁が、あったから」
「ああ」アルクは言った。
「だから——」ヴィナは言った。少し、顔を、赤くして。「もう、あんな、無茶は、するな。——お前が、消えたら、あたしは」
ヴィナは、言葉を、止めた。
「あたしは——困る」ヴィナは言った。それだけ、言って、顔を、背けた。
「……ああ」アルクは言った。「もう、しない。——みんなと、一緒に、生きる」
二 賦活師の、始まり
療養の合間、カインが、アルクに、話があると言ってきた。
「アルク、一つ、伝えておきたいことが」カインは言った。「父から、聞いた話です。——帝国が、なぜ、あなたを、賦活師だと、知ったのか」
「ああ」アルクは言った。「気になっていた」
「あなたは、十五歳のとき——『鑑定の儀』を、受けましたよね」カインは言った。
「ああ」アルクは言った。「鑑定台が、俺を、読めなかった。『鑑定不能』と、出た。——だから、ランク外の、荷運びに、なった」
「その『鑑定不能』が——鍵でした」カインは言った。
「鍵?」
「賦活師は、稀にしか、現れない」カインは言った。「そして——賦活師は、鑑定台で、鑑定できない。
——そもそも鑑定台には、賦活師という職業が登録されておらず、『鑑定不能』と、出す」
「だから——鑑定不能が、賦活師の、徴候」アルクは言った。
「そうです」カインは言った。「帝国は、各地の、鑑定記録を、密かに、集めていた。『鑑定不能』の報告が、どこかで出たら——それが、賦活師かもしれない、と。二百年、待ち続けて」
「俺の、鑑定不能の記録を——帝国が、見つけた」アルクは言った。
「そうです」カインは言った。「あなたが、十五歳で、鑑定不能と出た。その記録が、帝国に、届いた。——だから、帝国は、あなたを、賦活師だと、察知し、動き始めた」
「そういう、ことだったのか」アルクは言った。「俺が、ランク外だったのも——賦活師だったから」
「皮肉なものです」カインは言った。「あなたを、ランク外に、追いやった『鑑定不能』が
——実は、世界を救う、賦活師の、徴だった」
「ドーグさんは、それを、知っていたのかな」アルクは言った。ヴォルタのギルドマスター。実績で、アルクを、Bランクに、登録してくれた人。
「どうでしょう」カインは言った。「でも——ドーグさんは、鑑定なんて、関係なく、あなたの、行動を、見て、評価した。——それは、確かです」
「ああ」アルクは言った。「ドーグさんには、感謝してる」
三 平穏の、食卓
アルクの体が、だいぶ、回復したある夜。
久しぶりに、全員が、屋敷の食堂に、集まった。
「今夜は、お祝いだ」アルクは言った。「封印石を、無力化できた。——そして、俺が、回復したことに」
今夜は、風呂敷の出番だった。ネッサの手料理と、バランスを、取って。
アルクが、風呂敷を、広げた。
現れたのは——豪華な、海鮮の、ちらし寿司だった。新鮮な魚介が、彩り豊かに、酢飯の上に、散らされている。それに、温かい、お吸い物。天ぷらの、盛り合わせ。
デザートには、抹茶のアイスクリームと、白玉団子。
「わあ!」ネッサが、目を輝かせた。「きれい!」
「封印石を、空にできた、お祝いだ」アルクは言った。「みんな、好きなだけ、食べてくれ」
全員が、喜んで、食べた。
「……うまい」ヴィナが、寿司を、一口食べて、言った。「新鮮な、魚の味が、する」
「こちらは、サクサクですよ!」ネッサが天ぷらを食べながら言った。
ガドルが、寿司を、大量に、食べていた。「いくらでも、食えるな!」
バルガが、お吸い物を、すすった。「……落ち着く。平和の、味だ」
「バルガさん、また!」ネッサが、笑った。
リィナが、抹茶アイスを、食べて、目を見開いた。「……冷たくて、甘い。これは——新しい、発見です」
エニが、その光景を、見ていた。
『……縁が、また、深まったな』エニが、言った。
『皆が、笑い、共に、食べる。——これが、お前たちの、力だ』
キラが、白玉団子を、小さな手で、持って、嬉しそうに、食べていた。アルファが、抹茶アイスに、飛び込んで——「『つめたっ!!』」と、叫んだ。
「飛び込むな」アルクは、笑った。
『冷たいの、知らんかったんや!!』
「アイスは、冷たいものだ」
『学んだわ!!』
ライナの席には、今日も、料理が、置かれていた。
「ライナさん、お寿司、好きかな」ネッサが、言った。
「わからん」ヴィナが言った。「でも——いつか、聞けばいい。本人に」
「はい!」ネッサは言った。
束の間の、平穏だった。
四 遠く、帝国で
同じ頃。帝国の、玉座の間。
撤退した、ヴァルゴが、一人、玉座の前に、跪いていた。
『封印石を、空にされたか』皇帝の影が、言った。
「申し訳、ございません」ヴァルゴは言った。「二百年の、研究が——賦活師の、縁の力に、敗れました」
『縁の力、か』皇帝は言った。『面白い。——賦活師は、私の、予想を、超えてきた』
「陛下」ヴァルゴは言った。「私は——二百年、間違っていたのでしょうか。賦活師を、消そうとしたことは——」
『ヴァルゴ』皇帝は、遮った。『お前は、初めて、迷ったな』
「……」ヴァルゴは、答えなかった。
『よい』皇帝は言った。『迷え。迷い、考えよ。
——それが、人間だ』
「陛下は——何を、お考えなのですか」ヴァルゴは言った。「賦活師に、完成してほしいと、おっしゃった。封印石を、空にされても——なお」
『そろそろ、話す時かもしれぬ』皇帝は言った。『なぜ、私が、賦活師の完成を、望むのか。——だが、それは、賦活師本人に、直接、話そう』
「賦活師、本人に?」ヴァルゴは言った。
『次は、私が、出る』皇帝は言った。
ヴァルゴが、息を、呑んだ。
『二百年、玉座から、動かなかった私が』皇帝は言った。『次の戦いには——私自身が、出る。賦活師に、会いに。——そして、見極める。あの者が、本当に、世界を、託せる器なのかを』
皇帝の影が、ゆっくりと、立ち上がった。
皇帝が——ついに、動こうとしていた。
第九十二話予告
封印石無力化から半月、アルクの体も回復し、屋敷には穏やかな日々。先輩風を吹かせるルミ、リボンを揺らして騒ぐアルファ、ふわふわ飛ぶキラ。「平和だな」「こういう日が、ずっと続けばいい」――が、こういう時に限って、続かないのが世の常で。
カインの符が激しく光る。二百年玉座を動かなかった皇帝が、ついに自ら軍を率いてヴォルタへ。四将全員を引き連れて。
そして草原に現れた皇帝が明かす、衝撃の正体と論理。帝国王家には魔族の血が流れ、澱みを操り魔物を従える。だが皇帝の目的は世界の破壊ではない――滅びゆく世界から「救えるものだけを救う」方舟を作ること。完成した賦活師の力を、帝国に集約するために。
「悪い話ではないだろう」――その冷徹で筋の通った誘いに、アルクは即答する。
「断る」
縁は、減らない。与えるほど、増える。全部、救える。その言葉が正しいかどうか――皇帝自らが、見極めようとしていた。




