⭐️ 第九十話⭐️ 断ち切れぬ糸
一 黒い光の中で
黒い光が、アルクを、包んでいく。
守り手の力を、失った。ルミの声も、アルファの声も、遠い。エニの縁の糸が、切れかけている。
「これで、終わりだ」ヴァルゴが言った。「二百年越しの、儀式——」
「——終わらせるか!!」
ヴィナが、叫んだ。
黒い光に呑まれかけるアルクへ向かって、ヴィナが、ライナの妨害を振り切り、駆けた。
「ヴィナ、来るな!」アルクが、黒い光の中から、叫んだ。「巻き込まれる!」
「黙れ!」ヴィナは言った。「あたしは、誰も、失わない! ——お前も、だ!」
ヴィナが、カトレアを、黒い光に、突き立てた。
四つの宝石が、輝いた。亡き仲間の、想い。
《絆守の剣・カトレア》の、安らぎの光が——黒い光と、せめぎ合った。
「ネッサ!!」ヴィナが、叫んだ。「コレンの炎で、黒い光を、払って!」
「はい!!」ネッサが、コレンと共に、駆け寄った。「コレン——アルクさんを、助けて!」
白銀のコレンが、黄金の炎を、黒い光に、ぶつけた。
黒い光が——わずかに、薄れた。
「みんな……!」アルクが、黒い光の中で、言った。
「アルク!」リィナが、トニトルスを、構えた。
「縁の糸が、切れかけてる! でも——まだ、繋がってます! エニ、繋ぎ直して!」
『……やってみる』エニの声が、かすかに、響いた。切れかけた縁の糸を、必死に、手繰り寄せる。
『皆の、心を——アルクに。縁よ——切れるな!』
仲間たちの力が、切れかけた糸を通じて、アルクに、流れ込んだ。
黒い光に呑まれかけたアルクが——その力で、踏みとどまった。
二 ヴァルゴの、誤算
「……馬鹿な」ヴァルゴが、呟いた。「守り手は、無力化したはずだ。なのに——なぜ、賦活師が、まだ、消えない」
「縁だ」アルクは言った。黒い光の中から、立ち上がりながら。「守り手の力を、奪っても——仲間との縁は、奪えない。みんなが、俺を、繋ぎ止めている」
「縁、だと……」ヴァルゴは言った。「そんなもので、儀式を——」
「あんたには、わからないだろう」アルクは言った。「あんたは、友を、自分の手で、消した。縁を、自分で、断ち切った。——だから、縁の力が、わからない」
「黙れ……!」ヴァルゴが、叫んだ。
「ヴァルゴ」アルクは言った。「ロスも、最後、こうだったんじゃないか。——仲間が、いれば。誰かが、ロスを、繋ぎ止めていれば。ロスは、消えずに、済んだんじゃないか」
ヴァルゴが、息を、呑んだ。
「ロスは、一人だった」アルクは言った。「最後、仲間を守るために、一人で、前に出た。——だから、消えた。誰も、繋ぎ止める者が、いなかったから」
「……黙れ」ヴァルゴの声が、震えていた。
「でも、俺には、仲間がいる」アルクは言った。「だから——俺は、消えない」
三 集束の、ほころび
その時。
ランスから、緊急の通信が、入った。カインの符が、光る。
「アルク!!」カインが、叫んだ。「父経由で、ランスさんから——集束した封印石の、弱点が、わかった!!」
「弱点!?」アルクが言った。
「集束した封印石は——三つの力を、一つに、まとめている」カインが、ランスの言葉を、伝えた。
「でも、それは、逆に言えば——一点に、全ての力が、集中しているということ! もし、その一点に、《還元》を、叩き込めば——三つ分の魔力を、一気に、引き戻せる!」
「一気に!?」アルクは言った。
「でも、その負担は——」
「膨大です」リィナが言った。「アルク一人では、確実に、体が、壊れる。——でも」
「縁が、ある」アルクは言った。「みんなと、分け合えば」
『アルク』エニが言った。『今、皆の縁は、お前を、繋ぎ止めるために、使われている。これ以上、
《還元》に回せば——お前を、繋ぎ止める力が、足りなくなる。お前自身が、消えるかもしれない』
「……」アルクは、黙った。
集束した封印石を、空にできる、唯一の好機。だが——それをやれば、自分が、消えるかもしれない。
「アルク」ヴィナが言った。「無理を、するな。
——今日は、退こう。集束は、止められなかった。でも、お前が、消えるよりは、まし——」
「いや」アルクは言った。「やる」
「アルク!?」ヴィナが、叫んだ。
「これが——集束を、空にできる、唯一の機会だ」アルクは言った。「逃せば、もう、止められない。世界が——封印石に、呑まれる」
「でも、お前が——!」
「みんなを、信じる」アルクは言った。「俺を、繋ぎ止めてくれることを。——縁が、消えないことを」
アルクは、リフレインを、構えた。集束した封印石の、中心へ、向けて。
四 全てを、賭けて
「みんな!」アルクは、叫んだ。「力を、貸してくれ! 俺を、繋ぎ止めて、そして——《還元》を、支えてくれ! 二つ、同時に!」
「無茶を、言う!」ガドルが、笑った。「だが——いいだろう! やってやる!」
「俺たちが、いる」バルガが言った。「お前を、絶対に、消させない」
「あたしも!」ネッサが言った。「コレンと、一緒に!」
「データ上は、不可能に近い」リィナが言った。「でも——あなたなら、やる気がします」
「カインも、いる」カインが言った。
「アルク」ヴィナが言った。「——絶対に、生きて、帰るぞ。約束だ」
「ああ」アルクは言った。「約束だ」
エニが、縁の糸を、最大限に、広げた。
『皆の心を、一つに』エニが言った。『アルクを、繋ぎ止めながら——《還元》を、支える。——これが、私たちの、全力だ』
仲間たちが、手を、繋いだ。エニの縁の糸が、全員を、繋いだ。そして、遠く——ゴウダたち、各地の冒険者、王都、ルーエ、全ての、アルクが結んだ縁が、糸を通じて、繋がった。
「いくぞ」アルクは言った。
アルクが、リフレインを、集束した封印石の中心へ、向けた。
「返してもらう!!」アルクは、叫んだ。「世界に与えた、全ての力を——!!」
《還元》が、発動した。
集束した封印石の、膨大な魔力が——リフレインを通じて、アルクに、引き戻されてくる。
三つ分の、清浄な魔力。あまりに、膨大。
「——っ!!」アルクの体が、悲鳴を、上げた。
だが——仲間たちが、縁の糸を通じて、その負担を、分け合った。世界中の縁が、アルクを、支えた。
「侵食が——!!」ルミの声が、戻ってきた。「九割が——八割……六割……四割……減ってる!! 一気に、減ってる!!」
「もっと——!!」アルクは、叫んだ。
封印石の魔力が、引き戻され続ける。アルクの体が、限界を、超えていく。だが——縁が、それを、支える。
「二割——!!」ルミが、叫んだ。「一割——!!」
そして。
集束した封印石が——空に、なった。
黒い光が、消えた。三つの封印石が、ただの、黒い石となって、泉に、落ちた。
「侵食——ゼロ!!」ルミが、叫んだ。「封印石が——無力化された!!」
五 ヴァルゴの、敗北
「……馬鹿な」ヴァルゴが、立ち尽くした。「二百年の、研究が——封印石が——空に、された、だと……」
「ヴァルゴ」アルクは言った。膝をつきながら、それでも、立ち上がりながら。「あんたの、封印石は——もう、ただの石だ」
「ありえない……!」ヴァルゴは言った。「一人の人間が——三つ分の魔力を、引き戻すなど——!」
「一人じゃ、ない」アルクは言った。「みんなと、世界と——縁で、繋がっている。だから、できた」
ヴァルゴが、よろめいた。二百年の悲願が、崩れ去った衝撃で。
「……今日は」ヴァルゴは、絞り出すように言った。「退く」
「逃がすか!」ガドルが、叫んだ。
「待て」アルクが、止めた。「——追わなくていい」
「アルク?」
「ヴァルゴ」アルクは言った。「あんたの、二百年は——間違っていたかもしれない。でも、それを、認めるかどうかは、あんた自身が、決めることだ。——俺は、あんたを、倒したいわけじゃない。わかり合いたいんだ」
ヴァルゴが、アルクを、見た。
その目に——初めて、迷いが、深く、宿った。
「……なぜ、だ」ヴァルゴは言った。「なぜ、お前は——私を、恨まない。私は、お前を、消そうとした」
「ロスが、あんたを、恨まなかったように」アルクは言った。「俺も、恨まない。——いつか、わかり合える日が、来ると、信じてる」
ヴァルゴは、しばらく、アルクを、見つめていた。
それから——何も、言わずに、踵を返した。
「四将——退くぞ」ヴァルゴは言った。
四将が、撤退を、始めた。
ライナも——アルクを、一度、見て。
何も、言わずに、背を、向けた。
だが、その背中は——以前より、少しだけ、迷っているように、見えた。
六 勝ったが
帝国の軍勢が、撤退した。
封印石は、無力化された。守り手の侵食は、ゼロになった。
主人公たちは——勝った。
だが。
「アルク!!」ヴィナが、駆け寄った。
アルクが、膝から、崩れ落ちた。
「アルク!!」全員が、駆け寄った。
「……大丈夫だ」アルクは言った。だが、その顔は、蒼白だった。「ちょっと——力を、使いすぎた」
「ルミ!」ネッサが、叫んだ。「アルクさんを、回復して!」
「やってる!」ルミが、回復の光を、注いだ。「でも——アルクの体、《還元》の反動で、ボロボロになってる。すぐには、治らない」
「無理を、しすぎだ」ヴィナが言った。「でも
——よくやった、アルク。封印石を、空にした。
——世界を、救った」
「みんなのおかげだ」アルクは言った。「縁が、あったから」
『……アルク』エニが言った。『お前は、また、与えすぎた。でも——今回は、皆が、受け止めた。お前は、消えずに、済んだ。それが——一番、大事なことだ』
「ああ」アルクは言った。
全員が、アルクを、支えて、撤退の準備を、始めた。
封印石は、無力化された。大きな、勝利だった。
だが——アルクの体は、限界を、超えていた。回復には、時間が、かかる。
そして——ヴァルゴは、逃した。ライナも、まだ、敵のまま。皇帝も、姿を見せていない。
戦いは——まだ、終わっていなかった。
第九十一話予告
封印石無力化の報せにヴォルタは沸くが、当の英雄アルクは《還元》の反動でボロボロ、屋敷で療養中。ルミの回復光とネッサの雑炊、そして「もう無茶はするな」と心配を隠せないヴィナに見守られる日々。「お前が消えたら、あたしは……困る」と顔を背ける剣士、相変わらず素直になりきれない。
療養の合間、カインがある真実を告げる。アルクを「無能」とランク外に追いやった、あの《鑑定不能》――それこそが、賦活師の徴だった。帝国は二百年、各地の鑑定記録から「鑑定不能」を探し続け、アルクを見つけ出していたのだ。皮肉にも、彼を底辺に落とした言葉が、世界を救う者の証だった。
回復を祝う豪華な食卓。アイスに飛び込んで「つめたっ!!」と叫ぶアルファに笑いが起きる、束の間の平穏。
だが遠く帝国では――二百年、玉座を動かなかった皇帝が、ついに自ら動こうとしていた。




