⭐️第八十九話⭐️ 万象の泉、決戦❗️
一 集う、四将
万象の泉に、着いた。
かつて、虹色に輝いていた泉は——今、黒く、染まっていた。
泉の中央に、三つの封印石が、宙に浮かび、ゆっくりと、互いに、近づいていた。集束が、始まっている。三つの石の周りで、禍々しい、黒い魔力が、渦を巻いていた。
そして——その泉を、守るように。
四将が、揃っていた。
セラフ。魔核師の長。背後に、無数の、嵌合兵を、従えて。
ドルガ。力押しの武人。滅鉄槌を、担いで。
ライナ。黒い光をまとった、楔の戦士。
そして——その中央に。
白髪の男が、立っていた。
ヴァルゴ。四将筆頭。儀式の執行者。
「来たか、賦活師」ヴァルゴは言った。穏やかで、冷たい声。「待っていた」
「ヴァルゴ……!」アルクは言った。「本人が、出てきたか」
「封印石の集束は、私の、二百年の悲願だ」ヴァルゴは言った。「これを、見届けずに、いられるか。
——間もなく、三つの封印石が、一つになる。そのとき、お前の守り手は、完全に、無力化される。そして——お前は、消える」
「させない」アルクは言った。リフレインを、抜いた。
「止められると、思うか」ヴァルゴは言った。「四将、全員。そして、私。——お前たちが、束になっても、ここを、突破するのは、不可能だ」
「やってみないと、わからない」アルクは言った。
「ふっ」ヴァルゴは、わずかに、笑った。「ロスと、同じ言葉を、言う。——だが、結果も、同じだ。ロスは、ここで、消えた。お前も、そうなる」
「ここで?」アルクは言った。
「そうだ」ヴァルゴは言った。「二百年前、ロスを消したのも——この、万象の泉だ。世界の、中心。最も清らかな場所で、賦活師を、消す。——それが、最も、効果的だからだ」
アルクは、泉を、見た。
ロスが、消えた場所。二百年前、ヴァルゴが、友を、自らの手で、消した場所。
「ヴァルゴ」アルクは言った。「あんたは
——ロスの、友だったんだろう」
ヴァルゴの、表情が——わずかに、動いた。
「……誰から、聞いた」ヴァルゴは言った。
「友を、自分の手で、消した」アルクは言った。「その罪を、『世界のため』だと、信じ込むために
——二百年、生きてきた。——違うか」
「黙れ」ヴァルゴの声が、初めて、冷静さを、失った。「貴様に、何が、わかる」
「わからない」アルクは言った。「でも——ロスは、あんたを、恨まなかった。消される、その瞬間まで。——それは、知っているか」
ヴァルゴが、息を、呑んだ。
「……何を、言っている」ヴァルゴは言った。
「ロスは、最後まで、あんたを、友だと思っていた」アルクは言った。「あんたが、消そうとしても。
——それでも、恨まなかった」
「黙れと、言っている!!」ヴァルゴが、叫んだ。初めて、声を、荒げて。「貴様の、戯言など——聞きたくない!!」
ヴァルゴの動揺を見て、他の四将が、身構えた。
「ヴァルゴ様」セラフが言った。「集束まで、あと、わずか。賦活師を、足止めすれば——」
「……わかっている」ヴァルゴは、冷静さを、取り戻そうと、した。「四将——賦活師たちを、抑えろ。集束が、完了するまで」
二 天を分かつ戦い
戦いが、始まった。
四将と、その軍勢。対する、アルクたち七人と、守り手たち。
数の上では、圧倒的に、不利だった。
だが——アルクたちは、もう、以前の、アルクたちではなかった。
「全員、配置!」アルクが、叫んだ。「バルガ——敵を、引きつけろ!」
「任せろ!」バルガが、ヴェルガルムを、構えた。「《万象牽引》——!!」
バルガの盾から、強烈な引きつけの波動が、放たれた。嵌合兵の軍団が、バルガ一人に、殺到した。
「ガドル——薙ぎ払え!」
「おう!」ガドルが、ヴェルグリンドを、振るった。「《豪嵐連斬・守護》——!!」
守るべきものを守り、敵だけを薙ぎ払う、優しい嵐。バルガが引きつけた敵を、ガドルが、一掃した。
「リィナ——上空の、飛行魔物を!」
「了解です!」リィナが、トニトルスを、掲げた。「《嵐の瞬獄雷・極》——!!」
極大の雷が、空を、覆った。飛行魔物の群れが、墜ちていく。
「ネッサ——コレンと、味方の援護を!」
「はい!」ネッサが、コレンを、呼んだ。白銀のコレンが、咆える。「《絆炎・黄金奏》——!!」
黄金の炎が、味方を守り、敵の魔核を、焼いた。
「ヴィナ——一緒に、来てくれ!」アルクが、言った。
「ああ!」ヴィナが、カトレアを、構えた。「あたしは——お前の、隣だ!」
アルクと、ヴィナが、並んで、駆けた。
目指すは——泉の中央。集束しつつある、三つの封印石。
その前に——ライナが、立ちはだかった。
三 ライナとの、激突
「アルク」ライナが、言った。黒い光を、まとって。「ここから先は、行かせない」
「ライナ」アルクは言った。「俺は、確かめさせてもらう。お前が、本当に、帝国の側なのか。
——それとも」
「俺は、帝国の側だ」ライナは、即座に言った。「お前の力が、世界を救うのか、縛るのか。
——それを、見極めるまで」
「なら——俺の力を、見せる」アルクは言った。「縛るためじゃない。繋がるための、力を」
アルクが、ライナに、斬りかかった。リフレインと、黒い光の刃が、激突した。
火花が、散った。
ライナは、強かった。楔の力で、強化された剣技は、アルクを、圧倒した。
だが——アルクも、退かなかった。
「縁の、力を、借りる!」アルクは、叫んだ。
エニが、縁の糸を、繋いだ。仲間たちの力が、アルクに、流れ込む。
アルクの剣が、一段、鋭くなった。
「《還元・刃》!」アルクは、ライナの一撃を、受け止め——その力を、リフレインで、吸収し、返した。
ライナが、後退した。
「……縁の力、か」ライナは言った。「確かに、強い。だが——」
ライナの目が、鋭くなった。
「縁は、弱点にも、なる」ライナは言った。「お前は、仲間を、守ろうとする。——なら」
ライナが、アルクを、無視して——ネッサの方へ、黒い光の刃を、放った。
「ネッサ!!」アルクが、叫んだ。
ネッサは、コレンの援護に、集中していて——気づくのが、遅れた。
四 守られる
黒い光の刃が、ネッサに、迫った。
その瞬間。
ヴィナが、割り込んだ。
「させるか——!!」ヴィナが、カトレアで、その刃を、受け止めた。
だが——楔で強化された、ライナの一撃は、重かった。ヴィナが、弾き飛ばされた。
「ヴィナさん!!」ネッサが、叫んだ。
ヴィナは、地に、転がりながらも——すぐに、立ち上がった。
「……まだ、だ」ヴィナは言った。「あたしは——もう、誰も、失わない」
「ヴィナ」アルクは言った。
「アルク」ヴィナは言った。「お前は——集束を、とめろ。封印石を。——ライナは、あたしが、抑える」
「一人では、無理だ」
「一人じゃ、ない」ヴィナは言った。「縁が、ある。みんなと、繋がってる。——それに」
ヴィナは、カトレアを、構えた。四つの宝石が、輝いた。
「あたしには——あいつらが、ついてる」ヴィナは言った。亡き仲間の、想いが宿る、剣を、握って。「あいつらの分まで——あたしは、戦う」
五 集束
だが——その時。
泉の中央で、三つの封印石が——一つに、重なった。
巨大な、黒い光が、爆発した。
「集束が——完了した!!」ヴァルゴが、叫んだ。勝ち誇った声で。
「アルク!!」ルミが、悲鳴を上げた。「侵食が
——一気に、跳ね上がってる!! 二割五分が
——五割……七割……九割……!!」
アルクの体から、力が、抜けていった。
守り手たちの気配が——急速に、消えていく。
ルミの声が、遠くなる。アルファの声が、消える。キラの感触が、薄れる。エニの縁の糸が——切れかけている。
「守り手が——無力化、される……!!」アルクは、膝をついた。
「アルク!!」ヴィナが、叫んだ。
「これで——終わりだ、賦活師」ヴァルゴは言った。「守り手は、無力化された。お前は、もう、ただの、無力な、人間だ」
ヴァルゴが、杖を、掲げた。
「儀式を、始める」ヴァルゴは言った。「二百年越しの、悲願を——果たすときだ」
泉の中央の、巨大な黒い光が——アルクを、捉えた。
六 即死の、刹那
黒い光が——奔流となって、アルクへと、放たれた。
それは、ただの攻撃ではなかった。
賦活師の、存在そのものを——魂を、命を、この世から、消し去る、儀式の光。
二百年前、ロスを、消したのと、同じ光。
守り手の銀の光は、もう、瞬かない。いつもアルクを守ってきた、あの守り手の力も——封印石に、抑え込まれて、出てこられない。
誰も、間に合わない。
ヴィナは、ライナに阻まれ。バルガは、嵌合兵の海の中。ガドルも、リィナも、ネッサも——敵の軍勢に、囲まれている。
黒い光が、アルクの、胸へ——直撃した。
その瞬間。
即死だった。
アルクは絶命した…………
…
……
…………
本来なら——アルクの存在は、その一撃で、跡形もなく、消え去るはずだった。
ロスが、そうだったように。
だが。
七 砕ける、想い
アルクの、胸の奥で——何かが、熱く、なった。
消えゆく視界の中で、ただ一つ——小さな、温かい、光が、灯った。
身代わりのメダル。
ずっと、アルクの懐で、眠っていた、小さなメダル。当たり前に、そこにあった、小さな守り。
守り手が——アルクを想って、託した、護り。
それが——今。
アルクの命の、その前に、立ちはだかった。
「これは——!!」ヴァルゴが、目を、見開いた。
メダルが、即死の黒い光を——その身に、引き受けた。
アルクの存在を、消し去るはずだった、儀式の一撃。その、致命の刹那を——小さなメダルが、たった一つで、肩代わりした。
メダルに、亀裂が、走った。
一つ。二つ。三つ。
それでも——メダルは、砕けながら、黒い光の、最も鋭い切っ先を、受け止めた。アルクの代わりに。アルクの、命の、身代わりに。
アルクは、薄れる意識の中で、つぶやいた。
「……お前も、戦って、くれる、のか……」
メダルが——粉々に、砕けた。
光の粒となって、散った。
即死の一撃が——逸れた。
アルクの存在を、消し去るはずだった、致命の核が——メダルに、肩代わりされて、消えた。
八 断ち切れぬ命
だが——儀式の、黒い光そのものは、消えなかった。
メダルが防いだのは、その一撃の、致命の核。「即死」だけだった。
巨大な黒い光は——依然として、泉の中央から、溢れ続け、アルクを、呑み込もうと、していた。
メダルを失ったアルクの体が、その黒い光に、再び、包まれていく。
「アルク——!!!」
全員の、悲鳴が、重なった。
だが——アルクは。
膝をつきながらも——消えて、いなかった。
即死を、免れた。命が——繋がっていた。
「……生きてる」ネッサが、震える声で、言った。
「アルクさんが——消えてない……!!」
「身代わりの、メダル……!!」カインが、叫んだ。「致命傷を、一度だけ、肩代わりする——あの、メダルが……今、即死から、アルクを、守った——!!」
アルクは、黒い光に、包まれながらも——その中で、まだ、息を、していた。
守り手の力は、失ったまま。儀式の黒い光は、まだ、アルクを、呑み込もうとしている。
絶体絶命は——終わって、いない。
だが——アルクの命は、確かに、断ち切られなかった。
守り手たちの想いが——アルクを、この世に、繋ぎとめた。
九 二百年の、邂逅
ヴァルゴが、立ち尽くしていた。
杖を、掲げたまま。信じられない、という顔で。
「……馬鹿な」ヴァルゴは言った。「儀式の、一撃を——たかが、メダル一つで……賦活師が、まだ、消えない、だと……」
ヴァルゴの脳裏に——二百年前の、光景が、よぎった。
万象の泉。同じ場所。
あの日も——ヴァルゴは、こうして、杖を掲げた。そして、友を——ロスを、消した。
ロスは、何も、身につけて、いなかった。守るものを、持っていなかった。たった一人で、立っていた。だから——消えた。
だが、この男は、違った。
懐に、小さな、メダルを、抱いていた。
仲間が、この男に、与えた、守り。仲間が、この男を、想って、託した、護り。
その、たった一つの想いが——二百年の、悲願を、阻んだ。
「……なぜだ」ヴァルゴは、つぶやいた。「なぜ、お前は——そんなものを、持っている」
アルクは、砕けたメダルの、光の粒が、まだ、宙に舞う中で、言った。
「仲間たちが、俺に——『生きろ』って、託してくれたんだ」アルクは言った。「——その想いは、ずっと、俺と、一緒にいた。だから——俺は、消えない」
ヴァルゴの、手が——震えた。
「ロスも——」アルクは言った。「あんたに、同じことを、託したんじゃ、ないのか。『生きろ』って。
『恨むな』って。——だから、ロスは、最後まで、あんたを、友だと——」
「黙れ……!!」ヴァルゴが、叫んだ。だが——その声には、もう、力が、なかった。「黙れ……黙れ……!!」
十 まだ、終わらない
アルクは、黒い光の中で——歯を、食いしばった。
メダルは、砕けた。即死は、免れた。
だが——状況は、依然として、絶望的だった。
守り手の力は、封印石に、抑え込まれたまま。儀式の黒い光は、今も、アルクを、呑み込もうと、している。エニの縁の糸も、切れかけている。
それでも。
アルクの胸には——消えない、熱が、あった。
「ありがとう」アルクは、砕けて消えた、メダルに、そっと、つぶやいた。「お前のおかげで——まだ、戦える。まだ——みんなと、一緒に、いられる」
黒い光が、アルクを、包んでいく。
守り手の力を、失ったまま。
ヴァルゴが、再び、杖を、握り直す。
「……まだ、儀式は、終わっていない」ヴァルゴは、自分に、言い聞かせるように、言った。「最後の希望は、砕けた。次は——もう、お前を、守るものは、ない」
黒い光が、さらに、強く——アルクを、呑み込もうと、する。
絶体絶命。
だが——その時。
切れかけた縁の、その向こうで。
ヴィナが——叫んだ。
「——終わらせるか!!」
第九十話予告
黒い光に呑まれ、守り手の力を失ったアルク。「これで終わりだ」と勝ち誇るヴァルゴ。だが――「終わらせるか!!」と、ヴィナが妨害を振り切り駆け込んできた。「来るな、巻き込まれる!」「黙れ!」。この期に及んで聞かない銀髪剣士、健在である。
ネッサの黄金の炎が黒い光を払い、エニが切れかけた縁の糸を必死に手繰り寄せる。守り手を奪われてなお、仲間との縁がアルクを繋ぎ止めた。「縁、だと……」と立ち尽くすヴァルゴに、アルクは静かに告げる。あんたには、わからないだろう、と。
そこへ届く、封印石の弱点の報せ。だがそれを突く一撃は、アルク一人なら体が壊れるほどの代償を伴う。それでも――。
二百年の悲願に対する、縁を束ねた渾身の一撃が、今、放たれる。




