第八十五話 縁を繋ぐ者
一 五人目の守り手
アルクの目の前に集まった金色の光が、ゆっくりと、形を成していった。
現れたのは——不思議な存在だった。
人のようでも、獣のようでもない。手のひらより少し大きい、淡く光る体。背には、左右で形の違う、薄い羽。一枚は鳥のように、もう一枚は蝶のように。性別を感じさせない、中性的で、静謐な顔立ち。頭の上に、細い光の輪が、ゆっくりと回っていた。
その姿を見た瞬間、誰もが、戦いの最中であることを、一瞬、忘れた。
それほど、美しく、神秘的な存在だった。
『——はじめまして、と言うべきか』その守り手は言った。穏やかで、深く、どこか懐かしい声。男でも女でもない、不思議な響き。『いや。私は、ずっと、お前たちと共にいた。お前たちが結んだ縁の、糸の中に』
「お前が——五番目の守り手」アルクは言った。
『私の名は、エニ』守り手は言った。『縁を繋ぐ者。お前が与え、人が受け取り、心が通うたびに生まれる、目に見えぬ糸——それを束ね、保つ者だ』
「エニ……」ネッサが、白銀のコレンと共に戦いながら、その名を、呟いた。
『今、お前たちは、絶体絶命だ』エニは言った。戦場を見渡して。『守り手の力は、封印石に弱められ、アルクは、本来の力を出せない。——だが、お前たちには、誰も奪えないものがある』
「奪えないもの?」ヴィナが言った。
『縁だ』エニは言った。『封印石は、守り手の力を吸う。だが、お前たちが世界中に結んだ縁までは、吸えない。——その縁を、今、私が、力に変える』
二 共鳴
エニの体から、金色の光の糸が、無数に、放たれた。
その糸は——戦場の、仲間たち一人ひとりに、繋がった。
ヴィナへ。ネッサへ。リィナへ。ガドルへ。バルガへ。カインへ。
そして——遠く、城門で戦う、ゴウダへ。冒険者たちへ。王都の騎士へ。ルーエの兵へ。
『縁の力は、共鳴する』エニは言った。『一人の力が、糸を伝って、皆に響く。皆の力が、一つに、重なる。——封印石が、個々の守り手の力を奪っても。繋がった心の力までは、奪えない』
光の糸が、脈打った。
仲間たちの力が——共鳴し始めた。
ヴィナのカトレアが、輝いた。「……力が、戻ってくる。いや——増している!」
リィナのトニトルスが、唸った。「皆の力が、私に、流れ込んでくる……! これは——!」
ガドルのヴェルグリンドが、燃えた。バルガのヴェルガルムが、堅さを増した。ネッサの白銀のコレンが、さらに、輝いた。
『お前たちは、もう、一人ではない』エニは言った。『一人の力が、皆の力。皆の力が、一人の力。——これが、縁の、共鳴だ』
「アルク」エニは、アルクを見た。『お前の力も、戻す。封印石は、守り手の力を奪う。だが——お前が、皆に与えた力は、皆の中に、生きている。その力を、縁の糸を通じて、お前に、返そう』
エニの光が、アルクに、注がれた。
仲間たちの中に蓄えられた、アルクの与えた力。それが、縁の糸を通って——アルク自身に、還ってきた。
「これは——」アルクは、立ち上がった。体に、力が、満ちていく。封印石に弱められても、なお。「《還元》——みんなが、力を、返してくれている……!」
『そうだ』エニは言った。『お前が与えたものは、消えない。縁を通じて、必ず、返ってくる。——それが、賦活師の、本当の力だ』
三 反撃
力を取り戻したアルクが、リフレインを、構えた。
「みんな!」アルクは、叫んだ。「俺たちは、繋がっている! 一人じゃない! ——反撃だ!」
戦場が、変わった。
弱体化していたはずの主人公たちが、縁の共鳴で、本来以上の力を、取り戻した。
ヴィナが、駆けた。《双花繚乱》が、嵌合兵の群れを、優しく、しかし確実に、無力化していく。
「縁の力——体が、軽い!」ヴィナは言った。「みんなの力が、背中を、押してくれる!」
リィナが、トニトルスを、掲げた。
「全員の力を、借ります!」リィナは言った。「《嵐の瞬獄雷・極》——!!」
仲間全員の力が共鳴した、極大の雷。それが、飛行魔物の群れを、一掃した。
ガドルが、ヴェルグリンドで、敵を薙ぎ払う。バルガが、ヴェルガルムで、味方を守り、敵を引きつける。
そして——ネッサと、白銀のコレン。
「コレン!」ネッサは言った。「あたしたちも、みんなと、繋がってる! ——行くよ!」
白銀のコレンが、咆えた。エニの縁の糸と、共鳴して。コレンの炎が、白銀から——黄金に、輝いた。
「《絆炎・黄金奏》!」ネッサが、叫んだ。
黄金の炎が、嵌合兵を包んだ。傷つけずに、魔核だけを、焼いて。人を、解放しながら。
「人を、傷つけずに——解放してる!」ネッサは言った。「コレンの炎が、優しくなった! みんなとの、縁のおかげで!」
四 四将の撤退
戦況が、一変した。
縁で結ばれた主人公たちと、後方から攻める冒険者の大軍。帝国の軍勢が、挟み撃ちにされ、崩れていく。
「……馬鹿な」セラフが、後退しながら言った。「封印石で、守り手を弱らせたはずだ。なのに——なぜ、これほどの力が……!」
「お前たちには、わからない」アルクは言った。「奪っても、奪いきれないものがある。——それが、縁だ」
ドルガが、滅鉄槌を、担ぎ直した。
「……賦活師」ドルガは言った。「お前は、強くなった。力だけじゃない。——仲間との、絆で」
ドルガは、しばらく、アルクを見ていた。
「ヴァルゴ様は、お前を、追い詰めろと言った」ドルガは言った。「だが——今日は、退く。これ以上は、無駄だ」
「ドルガ」アルクは言った。「お前は——本当に、帝国のやり方を、正しいと思っているのか」
「……」ドルガは、答えなかった。だが、その目に、わずかな、揺らぎが、あった。「次に会うときは、もっと、強くなって来い、賦活師」
ドルガが、撤退の合図を、出した。
そして——ライナ。
ライナは、戦場の中央で、黒い光をまとったまま、アルクを、見ていた。
「ライナ」アルクは言った。「お前は、確かめると言った。賦活師の完成が、世界を救うのか、縛るのか。——今日、見ただろう。俺の力は、仲間と、世界と、繋がっている。縛るためじゃない。——繋がるためにある」
「……」ライナは、しばらく、沈黙した。
それから——冷たく、言った。
「縁の力、か」ライナは言った。「確かに、見事だ。だが——それで、世界が救えるとは、限らない。縁は、強さにもなるが、弱さにもなる。——大切なものができれば、それを、人質に取られる。お前は、いずれ、その縁ゆえに、苦しむことになる」
「ライナ……」
「俺は、まだ、見極めていない」ライナは言った。「お前の力が、本物か。——次に会うときは、もっと、追い詰める。覚悟しておけ」
ライナが、黒い光に包まれて、帝国の方角へ、飛び去った。
最後まで——冷たい、敵の目のまま。
五 戦いの、後
帝国の軍勢が、撤退した。
ヴォルタは、守られた。
だが——誰も、完全には、喜べなかった。
「封印石は、起動したままだ」ルミが、アルクの肩で、言った。少し、苦しそうに。「侵食は、まだ、七割を超えてる。あたしたち守り手は、弱ったまま。——今日は、縁の力で、押し返せたけど。根本は、何も、解決していない」
「ヴァルゴも、本人は、出てこなかった」カインが言った。「四将のうち、三人だけ。——まだ、本気じゃない」
「ああ」アルクは言った。「でも——今日、わかったことがある」
「何だ」ヴィナが言った。
「俺たちには、縁がある」アルクは言った。「封印石で、守り手が弱っても。縁の力で、戦える。——それは、大きな、希望だ」
その時——城門の方から、ゴウダたちが、やってきた。
「アルク! 無事か!」ゴウダが、駆け寄った。
「ゴウダさん」アルクは言った。「なぜ、あのタイミングで——あんなに、大勢が」
ゴウダは、少し、不思議そうな顔をした。
「それが——俺にも、よくわからん」ゴウダは言った。「数日前から、各地の冒険者が、口々に、言い始めたんだ。『ヴォルタに、行かなければならない気がする』と。理由は、誰も、説明できない。ただ——居ても立っても、いられなくなった、と」
アルクは、エニを、見た。
『私が、縁の糸を、手繰った』エニは言った。『お前が結んだ縁を、わずかに、引いた。理由もわからぬまま、人々は、お前のもとへ、向かいたくなった。——お前が、彼らに与えた恩が、そうさせたのだ。私は、それを、少し、後押ししただけ』
「縁が——みんなを、呼んだのか」アルクは言った。
『お前が、結んだ縁だ』エニは言った。『私は、ただ、それを、繋いだだけ。——感謝するなら、お前自身の、生き方にだ』
ゴウダが、エニを見て、目を丸くした。
「それが——新しい、守り手か」ゴウダは言った。「美しいな」
『私は、エニ』エニは言った。『縁を繋ぐ者。——あなたたちが、アルクのもとへ来てくれたこと、感謝する』
「礼はいらん」ゴウダは言った。「アルクには、借りがある。——それに」ゴウダは、ヴォルタの民を見た。救われた、人々を。「こいつらを、守れて、よかった。それだけだ」
六 月の梟、再び——いや
戦いの後、ネッサが、白銀のコレンを、抱きしめていた。
「コレン、すごかったね」ネッサは言った。「あたしたちだけで、覚醒できた。——でも、最後は、みんなとの縁で、もっと強くなれた」
コレンが、ネッサの頬を、舐めた。嬉しそうに。
その時。
ネッサの喚魂環が、ふと、淡く、光った。
「……あれ?」ネッサは言った。「喚魂環が——」
だが、光は、すぐに、収まった。
「どうした、ネッサ」アルクが言った。
「いえ……」ネッサは言った。「なんか、喚魂環が、一瞬、反応した気がして。——コレン以外の、何かと、繋がりかけたみたいな」
『喚魂環は、世界中の魂と、縁を結ぶ道具』エニが言った。『お前が、コレンとの絆を、極めた今——次の縁が、近づいているのかもしれぬ。だが、まだ、その時ではない』
「次の、縁……」ネッサは言った。
「楽しみだな」アルクは言った。
「はい!」ネッサは言った。「でも、今は——コレンと、もっと、強くなります!」
コレンが、誇らしげに、尻尾を、揺らした。
七 帝国の、玉座
同じ頃。帝国の、玉座の間。
撤退した、セラフ、ドルガ、ライナが、玉座の前に、跪いていた。
『追い詰められなかったか』皇帝の影が、言った。
「申し訳ございません」セラフが言った。「賦活師は、新たな守り手を、目覚めさせました。『縁』を、力に変える、守り手を」
『縁、か』皇帝は言った。少し、興味深そうに。『面白い。——奪っても、奪えぬ力、というわけだ』
「いかがなさいますか」ドルガが言った。「封印石は、起動しております。守り手は、弱っている。なのに——あの力では」
『よい』皇帝は言った。『私は、賦活師が、どこまで行けるか、見たいのだ。縁の力で、封印石を、乗り越えるか。——あるいは、その縁ゆえに、滅びるか』
皇帝の声が、わずかに、変わった。
『縁は、最大の力であり、最大の弱点だ』皇帝は言った。『大切なものができれば、それを、失う恐怖も、生まれる。——賦活師よ。お前の縁が、お前を、救うのか。それとも、お前を、滅ぼすのか。——私は、それを、見届ける』
ライナが、わずかに、顔を上げた。だが、何も、言わなかった。
『次は——封印石の、最終段階に入る』皇帝は言った。『三つの封印石を、一つに、集束させる。そのとき、守り手は、完全に、無力化される。——賦活師の、縁の力が、それでも、通用するか。見ものだな』
八 夜の屋敷、それぞれの想い
その夜、屋敷で。
全員が、集まっていた。傷を癒し、力を回復して。エニも、アルクの肩で、静かに、佇んでいた。
アルクが、風呂敷を、広げた。
「今夜は——みんなの、無事を祝って」アルクは言った。
現れたのは、温かい、寄せ鍋だった。疲れた体に、染み渡る、優しい味。締めには、雑炊。デザートに、温かい、おしるこ。
「あったかい……」ネッサが、鍋を、すすった。「今日は、これが、一番、染みます」
「ああ」ヴィナが言った。「派手な戦いの後は、こういうのが、いい」
「エニも、食べるか」アルクは、エニに言った。
『私は、食事は、必要としない』エニは言った。『だが——皆が、囲む、この温もりは、心地よい。縁が、深まる音が、聞こえる』
「縁が、深まる音?」ネッサが言った。
『お前たちが、共に、食事をする。笑い合う。それだけで、縁の糸は、太く、強くなる』エニは言った。『私は、それを、感じている。——とても、温かい』
「じゃあ、エニも、ここにいてくださいね!」ネッサが言った。「一緒に、いるだけで、いいんです!」
『……ありがとう』エニは言った。少し、嬉しそうに。光の輪が、ゆっくりと、回った。
キラが、エニの周りを、ふわふわと、飛んでいた。新しい仲間が、気になるらしい。エニの光の輪に、小さな手を、伸ばそうとして——届かなくて、首をかしげていた。
『キラ、か』エニは言った。優しく。『お前とも、縁を、結ぼう』
エニが、光の糸を、キラに、繋いだ。キラが、嬉しそうに、ぴょこんと、跳ねた。
「キラ、喜んでる!」ネッサが言った。
『——うちにも!! うちにも縁、繋いで!!』アルファが、リボンを揺らした。
『お前とは、とっくに、繋がっている』エニは言った。『お前は、いつも、皆の中心で、騒いでいるからな』
『えへへ!! うち、人気者や!!』
「騒いでいるだけだろ」ヴィナが言った。
『騒いでへん!! 盛り上げとるんや!!』
屋敷に、笑いが、広がった。
ライナの席は、まだ、空いていた。
その席にも、アルクは、寄せ鍋を、置いた。
「ライナにも、いつか」アルクは言った。「この、縁の温もりを、わけてやりたい」
「あいつは——今日も、冷たい目のままだったな」ヴィナが言った。「本当に、敵に、なってしまったのか」
「わからない」アルクは言った。「でも——俺は、信じてる。いつか、あいつとも、また、一緒に、鍋を、囲める日が来ると」
『縁は、消えない』エニが、静かに言った。『どんなに、遠く離れても。——アルク。お前が、信じる限り、その縁は、繋がり続ける』
「ああ」アルクは言った。
窓の外、ヴォルタの夜空に、星が、瞬いていた。
封印石は、まだ、起動したまま。
ヴァルゴは、まだ、本気を、見せていない。
ライナは、まだ、敵のまま。
戦いは、終わっていない。むしろ——最も、苦しい戦いが、これから、始まる。
封印石の、最終段階。守り手の、完全な、無力化。
その絶望を、縁の力で、乗り越えられるのか。
誰にも、わからなかった。
でも——アルクたちは、もう、一人ではなかった。
世界中に結んだ、無数の縁と、共に。
そして、まだ見ぬ——最後の守り手、防御の守り手の、覚醒を、待ちながら。
長い夜が、更けていった。




