⭐️第八十四話⭐️ 封印石、起動❗️
一 皇帝と、ヴァルゴ
帝国の、玉座の間。中央の玉座に、闇に隠れた影が、座っていた。
『ヴァルゴ』影が、言った。『封印石を通じて、賦活師の力を、観測した。力の総量が、一段、跳ね上がっている。何か、大きな力を、得たようだ。お前は、何か掴んでいるか』
「は」ヴァルゴが、跪いていた。「賦活師の一行が、人里離れた地で、数日、姿を消したと報告が。おそらく、古き力に、触れたものかと。——封印石越しの観測では、力の量はわかれども、正体までは」
『正体など、どうでもよい』皇帝は言った。『重要なのは、賦活師が、強くなっているという、事実だ。ならば、追い詰めねばならぬ。——ヴァルゴ。賦活師を、追い詰めよ。だが、殺すな』
「陛下……それは」ヴァルゴは、顔を上げた。「賦活師は、消すべき存在では」
『私は、賦活師に、完成してほしいのだ』皇帝は言った。『お前は、二百年、賦活師を消すことを考え続けた。その間、世界は、良くなったか?
——私が求めるものは、お前とは違う。今は言うまい。お前は、極限まで、追い詰めろ。人は、追い詰められたとき、本当の姿を見せる。賦活師が、本当に世界を救う器か、見極めたい』
皇帝の声が、消えた。
ヴァルゴの心に、初めて、わずかな迷いが差した。だが、振り払った。
「私の役目は、変わらぬ」ヴァルゴは言った。「封印石を、起動させる」
二 起動
ヴォルタの、屋敷。穏やかな朝が、突然、終わった。
ルミが、アルクの肩で、悲鳴を上げた。
「アルク……!! 封印石が——起動した!!」ルミは言った。「三つの封印石が、完全に、目を覚ました!! 浄化した魔力を、全部、吸い上げて——力が、爆発的に、増えてる!!」
アルクは、自分の奥を、意識した。防御の守り手の気配が、急速に、弱まっていく。
「侵食が——五割……六割……七割……!!」ルミは言った。苦しそうに。「あの子——防御の守り手が、押し潰されそうに……!!」
「ルミ、何とかできないのか」
「あたしの力も、弱まってる」ルミは言った。「亜空間が、開きにくい。回復の光も、弱い……!」
『——アルク……うちの付与も、力が、出にくい……』アルファの声も、弱々しかった。
「これが——封印石の、本当の力か」ヴィナが、呻いた。
三 帝国の総攻撃
ヴォルタの空に、影が差した。帝国の軍勢だった。
空を埋め尽くす、操られた飛行魔物。地上を覆う、嵌合兵の軍団。そして——四将のうち、三人。セラフ。ドルガ。そして、黒い光をまとった、ライナ。
「四将が、三人……!」カインが、青ざめた。
「賦活師を、追い詰めろ、という命令だ」ライナの声が、響いた。冷たく。「覚悟しろ、アルク」
ライナが、黒い光の刃を、放った。アルクは、リフレインで、受け止めた。だが、守り手が弱体化している今、いつもの力が、出ない。後方へ、弾き飛ばされた。
「アルク!!」ヴィナが、叫んだ。
だが——アルクは、気づいた。ライナの刃は、強い。だが、とどめを、刺してこない。アルクが体勢を崩した隙に、決定打を放てたはずなのに、ライナは、しなかった。一瞬、刃が、迷ったように揺れた。
(……ライナ)アルクは、思った。(お前は、まだ——)
考える間もなく、帝国の軍勢が、雪崩れ込んできた。
四 ネッサとコレン、自力の覚醒
嵌合兵の一団が、ネッサに、迫った。
「コレン!」ネッサが、叫んだ。コレンが、炎の姿で、現れた。
「アルクさん、付与を——!」ネッサが、振り返った。
だが——アルクは、ライナの刃を受けて、地に伏せていた。守り手が弱り、アルクは、自分を支えるだけで、精一杯だった。
「ネッサ——すまない……!」アルクが、苦しそうに言った。「今は、付与が——出せない……!」
アルクの付与が、ない。
今まで、ネッサは、いつも、アルクの付与で、コレンを強化してきた。アルクが力を与えてくれるから、コレンは、巨大になれた。
でも、今は——それが、ない。
嵌合兵の爪が、ネッサに、振り下ろされた。
「ネッサ!!」ヴィナが、駆け寄ろうとした。だが、自分も、飛行魔物に、囲まれていた。
ネッサは——コレンを、抱きしめた。自分の体で、守ろうとした。
その時。
ネッサは、気づいた。
(あたしは——いつも、アルクさんに、頼ってた)ネッサは、思った。(アルクさんが、力をくれるから、コレンが強くなれる、って。——でも)
ネッサは、コレンの、温もりを、感じた。
(コレンは——あたしの、相棒だ。アルクさんの力が、なくても。——あたしと、コレンの、絆は、あたしたちだけの、ものだ)
「コレン」ネッサは、囁いた。「あたしたち、二人だけでも——戦えるよね?」
コレンが、ネッサの腕の中で——咆えた。
アルクの付与が、なくても。
ネッサとコレンの、絆だけで。
コレンの炎が、燃え上がった。今までとは、違う。アルクの力に頼った、巨大化ではない。コレン自身が、ネッサとの絆を、力に変えた、覚醒だった。
炎が、白銀に、輝いた。コレンの体が、引き締まり、より、鋭く、なった。
「《絆炎・コレン真覚醒》」ネッサの口から、自然に、言葉が出た。「あたしと、コレンの——本当の、絆の力……!」
白銀のコレンが、嵌合兵の爪を、弾き返した。そして——ネッサを守るように、立ちはだかった。
「ネッサ……!」アルクが、地に伏せたまま、驚いて言った。「俺の付与なしで——コレンが、覚醒した……!」
「アルクさん」ネッサは、言った。涙を、流しながら。でも、笑っていた。「あたし、ずっと、守られてばっかりでした。アルクさんに、コレンに、みんなに。——でも、今、わかったんです。あたしと、コレンには、あたしたちだけの、絆があるって。——だから、今度は、あたしが、守ります!」
ネッサと、白銀のコレンが、並んで、嵌合兵の軍団に、立ち向かった。
アルクの力が、なくても。
二人の、絆だけで。
「ネッサが——一人で、覚醒した」ヴィナが、息を呑んだ。「アルクの力に、頼らずに」
「あの子は——もう、守られるだけじゃ、ない」アルクは言った。地に伏せたまま、誇らしげに。「自分の力で、立った」
五 ガドルの、過去
だが、敵は、あまりに多い。
ネッサとコレンが奮戦しても、嵌合兵は、際限なく、湧いてくる。ドルガの滅鉄槌が、地を割る。
その時。
飛行魔物の一団が、後方の——ヴォルタの民が、避難している方向へ、向かった。
逃げ遅れた、子供が、いた。
飛行魔物の鉤爪が、その子供に、迫る。
「——!!」ガドルの体が、動いた。
考えるより、早く。ガドルは、子供と、飛行魔物の間に、割り込んだ。
その瞬間——ガドルの脳裏に、古い記憶が、よぎった。
傭兵になる前。ガドルは、小さな村の、若者だった。村が、魔物に襲われたとき——ガドルは、逃げ遅れた、幼馴染を、守れなかった。目の前で、失った。だから、ガドルは、強くなろうと、傭兵になった。二度と、誰も、失わないために。
でも——心の奥で、ずっと、思っていた。
あのとき、守れなかった。自分は、結局、何も、守れないのではないか、と。
今、目の前に——あのときと、同じ光景が、ある。
逃げ遅れた、幼い命。迫る、魔物の牙。
「——今度こそ」ガドルは、叫んだ。「守ってみせる……!!」
ガドルが、子供を、背に庇い、斧を、構えた。
飛行魔物の鉤爪が、ガドルに、振り下ろされる。
その時。
ガドルの斧が——輝いた。
『——誓ったな、ガドルよ』
古龍ヴェルダの声が、斧から、響いた。
『お前が、かつて守れなかったものを、もう一度、守ると。——ならば、応えよう。お前の、本当の刃に』
ガドルの斧が、光に包まれ——形を変えた。
深緑と、黄金の、巨大な戦斧。刃に、龍の紋様が、刻まれている。
「《守護の豪斧・ヴェルグリンド》」ヴェルダの声が、名を告げた。「守るために、振るう斧だ」
ガドルが、その斧を、振るった。
「《豪嵐連斬・守護》!!」
斧から放たれた風が、飛行魔物を、一掃した。だが——その風は、背後の子供には、一切、当たらなかった。守るべきものだけを、守り、敵だけを、薙ぎ払う、優しい嵐だった。
子供が、無事だった。
ガドルは、子供を、見た。子供が、泣きながら、ガドルを、見上げていた。
「……もう、大丈夫だ」ガドルは、子供の頭を、そっと撫でた。「もう、大丈夫だぞ」
ガドルの目に、涙が、滲んでいた。
「……やっと、守れた」ガドルは、呟いた。「あのときの、お前の分まで——」
ガドルが、立ち上がった。新しい斧、ヴェルグリンドを、構えて。
「俺は、もう、何も、失わない」ガドルは、言った。「全部、守る。——それが、俺の、戦い方だ」
六 バルガの、覚悟
ガドルが奮戦する一方、戦況は、依然、絶望的だった。
ドルガが、滅鉄槌を、振り上げた。その一撃が——アルクを、狙った。
地に伏せたアルクは、避けられない。守り手が弱り、防御の光も、弱い。
「アルク!!」ヴィナが、叫んだ。だが、遠い。
その時。
バルガが——アルクと、ドルガの間に、割り込んだ。
「バルガ……!」アルクが、言った。
バルガは、盾を、構えた。だが——封印石の影響で弱ったアルクの付与もなく、ドルガの滅鉄槌の一撃を、受け止めきれるか、わからない。
それでも、バルガは、退かなかった。
「アルク」バルガは、静かに言った。「お前は、いつも、俺たちに、与えてくれた。器を、育ててくれた。仲間を、くれた。平和の味を、教えてくれた。——だから、今度は、俺が、お前を守る。たとえ、この命を、盾にしても」
「バルガ、やめろ!!」アルクが、叫んだ。
ドルガの滅鉄槌が、振り下ろされた。
バルガは、盾を構えたまま——アルクを庇い、その一撃を、真正面から、受け止めた。
轟音。
バルガの盾が、砕けた。バルガの体が、地に、叩きつけられた。
「バルガ!!」全員が、叫んだ。
バルガは、砕けた盾の破片の上に、倒れ込んだ。だが——その体は、まだ、アルクを、庇う位置に、あった。
「……まだ、だ」バルガは、血を吐きながら、言った。「まだ、俺は——退かない。アルクを、守る……!」
その時。
バルガの、覚悟に——応えるものが、あった。
『——バルガよ』
古龍ヴェルダの声が、響いた。
『お前は、自らの命を盾にして、仲間を守ろうとした。——その覚悟こそ、私が、待っていたものだ』
バルガの、砕けた盾の破片が——光に、包まれた。
破片が、集まり、新しい形を、作っていく。
巨大な、白銀の大盾。表面に、古龍の翼の紋様が、刻まれている。
「《不動の守護盾・ヴェルガルム》」ヴェルダの声が、名を告げた。「持ち主の、守る意志が強いほど、堅くなる盾だ。——お前の覚悟は、本物だ。ならば、この盾は、決して、砕けぬ」
バルガが、立ち上がった。新しい盾、ヴェルガルムを、構えて。
ドルガが、再び、滅鉄槌を、振り下ろした。
バルガは、それを——ヴェルガルムで、受け止めた。
今度は——微動だに、しなかった。
「……効かぬ」バルガは言った。「俺の、守る意志が、ある限り——この盾は、砕けぬ」
バルガが、盾を、地に突き立てた。
「《万象牽引》——!!」
盾から、強烈な引きつけの波動が、放たれた。戦場の、全ての敵意が——バルガ一人に、集中した。飛行魔物も、嵌合兵も、ドルガも、バルガを、狙う。
そして、ヴェルガルムは、その全てを、受け止めた。
「俺が、全部、引き受ける!!」バルガは、叫んだ。「みんなは——攻めろ!!」
バルガ一人が、戦場の、全ての攻撃を、引きつけた。
その隙に——ヴィナが、リィナが、ガドルが、ネッサが、動いた。
守りの、城が、できた。バルガという、不動の城が。
七 届かぬ、しかし
バルガが敵を引きつけ、ガドルが薙ぎ払い、ネッサが守り、ヴィナとリィナが攻める。
主人公たちは、必死に、戦った。
だが——それでも、帝国の軍勢は、多すぎた。
封印石で、アルクの守り手は、弱ったまま。アルク自身が、本来の力を、出せない。
じりじりと、押されていく。
「……持たない」リィナが、息を切らした。「数が、多すぎる。このままじゃ——」
絶体絶命だった。
誰もが、限界に、近づいていた。
その時——アルクは、思った。
(俺は——みんなに、与えてきた。器を、育て、力を、贈り、絆を、結んだ。——でも、今、俺は、何も、与えられない。守り手が、弱って。——なら、せめて)
アルクは、地に伏せたまま、リフレインを、握りしめた。
(せめて——立つ。みんなが、戦っているのに。俺だけ、倒れているわけには、いかない)
アルクが、立ち上がろうとした、その時。
戦場の、空気が——変わった。
八 突然の、鬨
ヴォルタの、城門の方角から。
突然——鬨の声が、爆発した。
誰も、予想していなかった。
帝国の軍勢の、後方に——無数の、人影が、現れた。
冒険者たち。
何百人もの。
北の港町の者。東の山岳地帯の者。王都の騎士。ルーエの兵。——アルクが、見たこともない顔も、たくさん。
「な——」ヴィナが、絶句した。「なぜ、こんなに——!」
冒険者たちが、帝国の軍勢に、襲いかかった。後方から、一斉に。帝国の軍が、混乱した。
その先頭で——ゴウダが、剣を、振るっていた。
「ゴウダさん!!」ネッサが、叫んだ。「なんで
——どうして、こんなに、大勢が——!?」
「説明は、後だ!!」ゴウダが、叫んだ。
「今は——戦え!!」
なぜ、この大軍が、この瞬間に、現れたのか。
その理由を——誰も、知らなかった。
ただ、確かなことは——絶体絶命の、その瞬間に。
数えきれない、味方が、駆けつけた、ということだった。
九 縁の、目覚め
その、奇跡のような光景を、見て。
アルクの奥で——五番目の守り手の声が、響いた。
『——アルク』声は、言った。穏やかで、温かい声。『お前は、ずっと、不思議だっただろう。なぜ、これほどの縁が、お前のもとに、集まるのか』
「……お前が、繋いでいたのか」アルクは、言った。
『私は、ずっと、眠りながら、繋いでいた』声は言った。『お前が、与えるたびに、結んだ縁を。お前が、救った人々の、感謝を。——それを、私は、糸のように、繋いで、保っていた。お前が、気づかぬうちに』
「だから——みんなが」
『縁は、消えない』声は言った。『お前が結んだ縁は、遠く離れても、消えずに、繋がっていた。そして今——その縁が、一斉に、お前のもとへ、手繰り寄せられた。偶然ではない。お前が、生きてきた、その全てが——今、ここに、結実したのだ』
アルクの体から——金色の光が、溢れ出した。
『今こそ、私は、目覚める』声は言った。『五番目の守り手——縁を繋ぐ者。お前が結んだ全ての縁を、力に変える者として』
アルクの目の前に——光が、集まった。
その光が、形を、成していく。
五番目の守り手が——ついに、姿を、現そうとしていた。




