第八十三話 器を継ぐ者たち
一 空間の、仕組み
ヴォルタへ戻る道中の、夜営。
ネッサが、焚き火を囲みながら、ふと言った。
「アルクさん、あの、お屋敷とか、古龍さんの谷とか——どこに、あるんですか?」
「ルミ、説明してくれるか」アルクは言った。
「うん」ルミが、翼を広げた。少し、先生のように。
「あたしが力を使うと、空間に『扉』が開く」ルミは言った。「扉の奥に、収納庫があって、荷物や武器は、そこに入ってる。小さなものを出すときは、小さな扉を、一瞬だけ開くの」
「ふんふん」ネッサが、頷いた。
「お屋敷は、収納庫より、もっと奥」ルミは言った。「人が通れる大きな扉を開いて、みんなで入る。あたしが守ってる、安全な場所。——古龍さんの谷は、お屋敷から、さらに奥の扉を抜けた先。五番目の子が開いてくれた、特別な扉」
「じゃあ、扉は、アルクさんの中に、あるわけじゃ——」
「ないよ」ルミは言った。「あたしが、空間に開くもの。どこにいても、開ける。使うとき開いて、閉じれば消える。戦闘中は、開けないけどね。集中する時間が、いるから」
「ルミ先生、わかりやすいです!」ネッサは、ぽんと手を打った。
「先生……」ルミが、嬉しそうに、羽を膨らませた。「……照れてない」
『出た!! 先輩の十八番!!』アルファが、リボンを揺らした。
二 強さの、理由
その夜、ガドルが、自分の手を、じっと見つめていた。
「どうした、ガドル」アルクは言った。
「俺、強くなりすぎてないか?」ガドルは言った。「ただの傭兵だ。特別な才能なんて、ない。なのに、最近、信じられないくらい、力が出る。バルガもだ。なぜだ?」
ルミが、二人を見て、言った。
「……アルクの付与のせいだよ」ルミは言った。「アルクの付与は、何度も浴び続けると、体の『器』そのものが、少しずつ、大きくなる。アルクの前世——体を治す専門家として働いていた夢の記憶。傷ついた人を、時間をかけて、元より強く作り直す。それと、同じ」
「だから——」リィナが、目を輝かせた。「二人は、誰よりも長く、前衛で付与を浴び続けてきた。その蓄積が、今、現れている」
「才能じゃない。アルクと一緒にいた『時間』だよ」ルミは、はっきり言った。
ガドルが、しばらく黙ってから、笑った。「……俺の強さは、アルクと過ごした時間か。悪くない」
「俺もだ」バルガが言った。静かに。「一人で強くなったんじゃない。みんなと共にいたから、強くなれた」
「礼を言うぞ、アルク」ガドルは言った。「気づかないうちに、俺たちの器を、育ててくれていた」
「俺は、ただ、与えていただけだ」アルクは言った。
「それが、お前の、すごいところだ」バルガは言った。
三 古龍の、預けたもの
その夜、ルミが、ふと、思い出したように言った。
「そういえば——古龍ヴェルダさんが、ガドルとバルガに、言ってたこと、覚えてる?」
ガドルとバルガが、顔を見合わせた。
古龍の谷を出る前。ヴェルダは、ガドルとバルガに、それぞれ、言葉を、残していた。
『ガドルよ』ヴェルダは、ガドルに言った。『お前の斧には、まだ、本当の刃が、宿っていない。
——お前が、かつて守れなかったものを、もう一度、守ると誓ったとき。そのとき、お前の刃は、本当の姿になる』
『バルガよ』ヴェルダは、バルガに言った。『お前の盾は、まだ、本当の重さを、知らぬ。
——お前が、自らの命を盾にして、誰かを守ろうとしたとき。そのとき、私の遺した力が、お前に、応える』
「ヴェルダは、何かを、俺たちに、託したんだ」バルガは言った。「まだ、目覚めていない、何かを」
「『誓ったとき』『守ろうとしたとき』に、目覚める」リィナが言った。「条件付きの、祝福ですね。
——きっと、その時が来れば、わかります」
ガドルが、自分の斧を、見た。
「俺が、かつて守れなかったもの、か」ガドルは、ぽつりと言った。
その目に——古い、痛みが、よぎった。
「ガドルさん?」ネッサが言った。
「……昔の話だ」ガドルは言った。「俺が傭兵になる前。守れなかった、仲間がいた。——その話は、また、いつか」
ガドルは、それ以上、語らなかった。
だが——その横顔には、深い、後悔が、刻まれていた。




