第八十一話 二つの力、贈り物
一 風呂敷と、亜空間
王都での戦いから一夜明け、王宮の客間。
ネッサが、ふと、首をかしげた。
「アルクさん、前から思ってたんですけど」ネッサは言った。「風呂敷と、亜空間って、別物なんですか? どっちも、いろいろ出てきますよね」
「別物だ」ルミが、アルクの肩で答えた。少し、先輩風に。「説明してあげる」
ルミが、翼を広げた。
「風呂敷は、アルクが広げると、料理が出てくる道具」ルミは言った。「アルクが、食べたいものを思い浮かべると、その料理が現れる。——食べ物専用」
「ふんふん」ネッサが、頷いた。
「亜空間は、別」ルミは言った。「あたしが管理してる、大きな収納庫。荷物も、武器も、道具も、ぜんぶ、ここに入ってる。出すときは、あたしが扉を開いて、取り出す。——昨日の髪飾りも、あたしが亜空間から出したの。」
「そうだったんですね!」ネッサが言った。「料理は風呂敷、物は亜空間! わかりやすいです!」
「覚えておくと、便利」ルミは言った。得意げに。
「あたしが、ぜんぶ管理してるから」
「ルミ、頼りになります!」
「えへへ」ルミは言った。
「……照れてない」
「言ってないですよ!?」
「言いそうだったから」
『——それ、ルミ先輩の十八番やな!!』アルファが、橙色のリボンを揺らしながら、回った。
二 ヴィナへの贈り物
その朝、出立の準備をしていると、ヴィナが、自分のカトレアを、丁寧に磨いていた。
アルクが、それを見て、ルミに言った。
「ルミ、亜空間に、銀の腕輪の他にヴィナに合いそうなものはあるか」
「探してみる」ルミが、翼を広げた。亜空間の扉が、小さく開く。
ルミが、扉の奥から、何かを引き出した。
出てきたのは——剣を入れる、革の鞘飾りだった。古いが、上質な革。銀の留め具に、四つの小さな彫り模様が刻まれている。
「これは……」ヴィナが、手を止めた。
「カトレアの宝石、四つだ」アルクは言った。「飾りの彫り模様も、四つ。——ヴィナの、仲間の数だ」
ヴィナが、しばらく、その鞘飾りを見つめた。それから、そっと、カトレアの鞘に、取り付けた。
「……ありがとう」ヴィナは言った。静かに。「これで、みんなが——いつも、一緒だ」
「似合っている」アルクは言った。
「ああ」ヴィナは言った。少し、笑った。
キラが、ふわりと飛んで、鞘飾りの上に、ちょこんと止まった。小さな手で、四つの彫り模様を、順番に、ぽんぽんと撫でた。一つずつ、丁寧に。
「キラが、四人に、挨拶してる」ネッサが言った。
「……そうかもな」ヴィナは、キラの頭を、指先で撫でた。「ありがとう、キラ」
三 ガドルとバルガの、小さな攻防
準備が一段落したとき。
ガドルが、亜空間の話を聞いて、目を輝かせた。
「アルク」ガドルは言った。「亜空間に——かわいいものは、ないか」
全員が、ガドルを見た。
「……ガドルさん、また」ネッサが、にやにやした。
「いいだろ、別に」ガドルは言った。少し、照れて。「王都で、ぬいぐるみを買いそびれたんだ。亜空間に、何かないかと思って」
「探してみる」ルミが、亜空間を開いた。
出てきたのは——小さな、木彫りのうさぎだった。手のひらに乗るサイズ。素朴だが、愛嬌のある顔をしている。
「……!」ガドルが、それを、両手で受け取った。
「いい……実にいい……この、とぼけた顔が……」
「ガドルさん、目が輝いてます!」ネッサが言った。
すると、バルガが、すっと近づいてきた。
「……アルク」バルガは言った。「俺にも、一つ、頼めるか」
「お前もか!」ガドルが言った。
「かわいいものは、心を、落ち着かせる」バルガは、真顔で言った。「戦いの前に、必要だ」
「それ、前も言ってたな」ガドルが言った。
「事実だからな」
ルミが、亜空間から、もう一つ——木彫りの熊を、出した。うさぎより、少し大きい。どっしりとした、安定感のある熊だった。
「……これは、いい」バルガが、熊を受け取った。
「俺の、大盾のようだ。頼もしい」
「自分の武器に、似たものを選ぶんですね!」ネッサが、笑った。
「当然だ」バルガは言った。大真面目に。
ガドルが、自分のうさぎと、バルガの熊を、見比べた。
「……バルガ」ガドルは言った。「お前の熊、俺のうさぎより、大きくないか」
「お前がうさぎを選んだんだろう」
「いや、なんか、悔しい」
「俺の体格に、合っているだけだ」
「次は、俺も大きいのを——」
「うさちゃんが、可哀想だろう」バルガが、静かに言った。「お前を、選んだのに」
ガドルが、はっとして、うさぎを見た。
「……そうだな」ガドルは言った。うさぎを、そっと撫でた。「お前を、大事にする」
「ガドルさん、優しい……!」ネッサが言った。
ヴィナが、小さく笑った。「いい大人が、二人で、木彫り人形で、何をしているんだ」
「ヴィナだって、鞘飾りを、嬉しそうにしていたじゃないか」ガドルが言った。
「……あれは、別だ」ヴィナは言った。少し、顔を赤くして。
「同じだ」ガドルが、笑った。
屋敷ならぬ客間に、温かい笑いが、広がった。
四 縁の声、再び
その夜、王宮を発つ前の、最後の夜。
アルクは、一人、王宮のバルコニーに立っていた。
ルミが、肩に降りた。
「アルク」ルミは言った。「五番目の子のこと、考えてた」
「縁を繋ぐ守り手か」
「うん」ルミは言った。「あの子、ライナとアルクの縁も、繋いでる、って言ってた。——ねえ、アルク。あの子が、ちゃんと目覚めたら、どんなことができると思う?」
「わからない」アルクは言った。「でも——縁を繋ぐ力。きっと、すごく、大事なものだ」
その時。
アルクの奥で——あの、穏やかな声が、響いた。
『——アルク』
「お前か」アルクは言った。
『縁が、また一つ、結ばれた』声は言った。『王都の王と、ルーエの王と、小国の人々。——お前が、繋いだ縁だ。私は、それを、感じている』
「お前は、いつ、目覚めるんだ」アルクは言った。
『もうすぐ、だ』声は言った。『お前が、もう一つ、大きな縁を結んだとき。——たとえば、一度、離れた者と、もう一度、繋がったとき。そのとき、私は、目覚める』
「離れた者と、もう一度——」アルクは言った。「ライナか」
『縁は、消えない』声は、繰り返した。『お前が、信じ続ける限り。——ライナの心は、まだ、お前と繋がっている。あの黒い光の下で、もがいている。お前が、手を伸ばし続ければ、いつか、その手は、届く』
「届くか」
『届く』声は、言い切った。『私が、繋いでいる。——だから、信じろ。与え続けろ。それが、お前の、力だ』
声が、遠ざかった。
「……五番目の子、優しい声だね」ルミが言った。
「ああ」アルクは言った。「縁を、信じている」
「あたしも、信じる」ルミは言った。「ライナが、戻ってくるって。——だって、おでん、まだ、一緒に食べる約束だもん」
「そうだな」アルクは、笑った。「約束だ」




