第八十話 王都の会談、嵌合兵の襲撃
一 王都クロシア、再び
三日かけて、王都クロシアに着いた。
久しぶりの王都は、相変わらず、壮麗だった。だが——以前より、警備が、厳重だった。帝国の脅威に、備えているのだ。
王宮で、イリアが、出迎えた。
「お久しぶりです、アルクさん」イリアは言った。少し、大人びた顔になっていた。「——皆さんも。よく来てくれました」
「殿下、お久しぶりです!」ネッサが、元気よく言った。
「ネッサさん」イリアは、微笑んだ。「相変わらず、元気そうで、安心しました。——その髪飾り、似合っていますね」
「ありがとうございます! アルクさんの、不思議な力で出てきたんです!」
「賦活師の力は、本当に、不思議ですね」イリアは言った。それから、表情を引き締めた。「——会談の前に、父に、会ってもらえますか。父が、ずっと、あなたを待っていました」
二 セレナ王の言葉
セレナ王は、以前会ったときより、ずっと、顔色が良かった。
病床ではなく、椅子に座って、アルクを迎えた。
「賦活師よ」セレナ王は言った。「よく来てくれた。——お前の回復のおかげで、私は、こうして起き上がれるようになった。礼を言う」
「お元気そうで、何よりです」アルクは言った。
「お前に、伝えたいことが、ずっとあった」セレナ王は言った。「賦活師の、完成の真実について」
全員が、息を呑んだ。
「賦活師の完成形——それは、『与えた全てが、返ってくる力』だ」セレナ王は言った。「お前が、世界に与えた浄化。仲間に与えた付与。敵に与えた慈悲。——その全てが、いつか、お前自身に、返ってくる」
「《還元》……」アルクは言った。
「そうだ」セレナ王は言った。「そして——完成した賦活師は、自分を、全力で守り、回復し、強化できる。完全には、死なない体に、近づく。——だから、帝国は、お前が完成する前に、消そうとしている。完成すれば、消せなくなるから」
「ヴァルゴも、同じことを言っていました」アルクは言った。「賦活師が完成すれば、消せなくなる、と」
「ヴァルゴは——」セレナ王の顔が、曇った。「賦活師の完成を、恐れている。だが、それは——ただの権力欲では、ない」
「と言うと?」
「ヴァルゴは、二百年前、ロスと、親しかったのだ」セレナ王は言った。
全員が、驚いた。
「ヴァルゴが、ロスと?」アルクは言った。
「これは、王家の、ごく一部だけが知る話だ」セレナ王は言った。「二百年前、ヴァルゴは、ロスの、友だった。だが——ロスの力が、完成に近づいたとき、ヴァルゴは、恐れた。『一人の人間が、世界を変える力を持つこと』を。だから——自らの手で、ロスを、消した。友を、自分の手で」
「友を、自分の手で……」アルクは、言葉を失った。
「ヴァルゴは、それ以来、二百年、生き続けている」セレナ王は言った。「友を消した罪を、『世界のためだった』と、信じ込むために。——次の賦活師を消すことだけを、生きる理由にして」
アルクは、ヴァルゴの、冷たい顔を、思い出した。
あの男も——苦しんでいるのかもしれない。
「セレナ王」アルクは言った。「俺は——ヴァルゴを、倒したくない。できることなら——わかり合いたい」
セレナ王が、アルクを、じっと見た。
「……お前は、ロスに、似ている」セレナ王は言った。「ロスも、そういう男だったそうだ。誰とも、争いたくない、と。——だからこそ、ヴァルゴは、お前を、恐れる。お前が完成すれば、ヴァルゴの二百年が、全て、間違いだったと、証明されてしまうから」
三 会談、そして異変
翌日、会談が開かれた。
王都クロシアのセレナ王。ルーエのセラン王。そして、近隣の小国の代表たち。
「帝国は、大国だ」セレナ王は言った。「一国では、対抗できない。だが——我ら小国が、手を結べば。賦活師という、希望と共に」
「ルーエは、賛同する」セラン王が言った。温厚な顔で。「賦活師には、我が国も、救われた。——共に、戦おう」
縁が、繋がっていく。
アルクの肩で、ルミが、囁いた。
「アルク——五番目の子が、また、反応してる」ルミは言った。「縁が、繋がるたびに、目覚めに近づいてる」
その時。
王宮の外で、轟音がした。
悲鳴が、上がった。
「何事だ!」セレナ王が、立ち上がった。
衛兵が、駆け込んできた。「て、敵襲です!! 王都の城門が——破られました!!」
「帝国か!?」ヴィナが、カトレアを抜いた。
「いえ……!」衛兵は、青ざめていた。「帝国の兵かわかりません……! あれは——人なのか、魔物なのか、わからない、化け物です……!!」
四 嵌合兵
全員が、王宮の外へ出た。
そこにいたものを見て、誰もが、息を呑んだ。
人間の、上半身。だが、下半身は——魔物だった。獣の脚、爬虫類の尾。人と魔物が、無理やり、融合させられている。目は、虚ろで、苦痛に歪んでいた。
そんな化け物が、十体以上、城門から、雪崩れ込んできていた。
「……なんだ、あれは」ガドルが、呻いた。
「嵌合兵」声が、響いた。
城門の上に、人影が立っていた。
白衣の男。眼鏡。狂気じみた目。——セラフだ。四将の二番、魔核師の長。
「セラフ……!」リィナが、睨んだ。
「私の、新しい傑作だ」セラフは、恍惚とした顔で言った。「魔核制御術の、次の段階。魔物を操るだけでは、飽き足らなくなってね。——人間と魔物を、融合させた。人の知性と、魔物の力を、併せ持つ、究極の兵だ」
「人を——魔物と、融合させた!?」アルクは、怒りに震えた。「そんなことを——!」
「彼らは、志願兵だよ」セラフは言った。「帝国のために、命を捧げると、誓った者たちだ。——まあ、誓わされた、と言うべきかもしれないが」
「外道が……!!」バルガが、大盾を構えた。
「さあ、賦活師」セラフは言った。「お前の、お得意の『救い』を、見せてくれ。——この嵌合兵を、お前は、救えるかな? 倒せば、人が死ぬ。倒さなければ、お前たちが死ぬ。——さあ、どうする?」
嵌合兵たちが、虚ろな目で、襲いかかってきた。
五 救うための戦い
「倒すだけじゃ、だめだ」アルクは言った。「あの中には、人がいる。——救う方法を、探す」
「でも、どうやって!?」ネッサが言った。
「リィナ!」アルクは言った。「あの嵌合兵にも、魔核があるはずだ。魔核を、無効化できれば——魔物の部分の制御が、切れる。人の意識が、戻るかもしれない」
「魔核解放を、応用するんですね!」リィナは、トニトルスを構えた。「でも、人と融合してる。普通の魔核解放より、繊細な制御が必要です」
「俺が、付与で、精度を上げる」アルクは言った。
「ルミ、回復の光で、人の部分を、守ってくれ」
「わかった!」ルミが、翼を広げた。
「全員、嵌合兵を、傷つけずに、足止めしてくれ!」アルクは言った。「ヴィナ、ガドル、バルガ——攻撃じゃない、抑え込みだ!」
「難しい注文だ!」ガドルが言った。だが、笑っていた。「だが——できないとは、言わせない!」
バルガが、大盾で、嵌合兵の突進を受け止めた。傷つけずに、ただ、押し返す。
「《流転の盾》——!」
ガドルが、斧の腹で、嵌合兵を、横に弾いた。刃ではなく、平らな面で。
ヴィナが、カトレアで、嵌合兵の動きを、的確に逸らした。状態異常を退ける加護のおかげで、嵌合兵の毒の尾も、効かない。
「今だ、リィナ!」アルクが叫んだ。
アルクが、リィナに、精密な付与をかけた。リィナの魔力が、繊細に、整えられる。
「《解魂の雷》——!」リィナが、新しい技を放った。魔核解放を、トニトルスで、極限まで精密化した、細い雷。
雷が、嵌合兵の魔核——魔物部分の核に、正確に、突き刺さった。
ルミの回復の光が、同時に、人の部分を包んだ。
嵌合兵の、魔物部分が——崩れ落ちた。
後に残ったのは——
一人の人間だった。意識を失っているが、息が、ある。
「……救えた」ネッサが、息を呑んだ。
「一人ずつだ!」アルクは言った。「全員、救う!」
次々と、嵌合兵を、解放していった。傷つけずに、足止めし、魔核を無効化し、人を、取り戻していく。
セラフが、城門の上で、目を見開いた。
「……馬鹿な」セラフは言った。「嵌合兵を——殺さずに、解放しただと? そんなことが——」
「お前の作った兵は、もう、お前のものじゃない」アルクは言った。解放された人々を、見ながら。「この人たちは、もう、自由だ」
「面白い……!」セラフは、しかし、笑った。「実に、面白い。賦活師の力は、私の予想を、超えている。——これは、研究のしがいがある」
セラフが、後退した。
「今日は、引こう」セラフは言った。「だが——次は、もっと、興味深いものを、用意するよ。お前の『救い』が、どこまで通用するか——試させてもらう」
セラフが、城門の向こうへ、消えた。
六 戦いの後、近づく影
解放された人々は、王都の治癒師たちに、保護された。
アルクは、最後の一人の解放を終えて、膝をついた。消耗していた。
「大丈夫か、アルク」ヴィナが、駆け寄った。
「ああ」アルクは言った。「でも——セラフは、人を、魔物と融合させた。あんなことを、平気でする。——帝国は、どんどん、人の道を、外れていく」
「だからこそ、止めないといけない」ヴィナは言った。
「ああ」
その時。
王宮の空に——影が、差した。
全員が、見上げた。
遥か上空。一騎の人影が、黒い光に包まれて、こちらを見下ろしていた。
青いマント。灰色の髪。
ライナだった。
だが——その気配は、以前と、まるで違った。黒い光が、ライナの全身を、覆っている。楔の力が、ライナを、一段、強化していた。
「ライナさん……!」ネッサが、叫んだ。
ライナは、答えなかった。ただ、冷たい目で、アルクたちを、見下ろしていた。
「俺は、確かめると言った」ライナの声が、上空から、響いた。感情の読めない声。「賦活師の完成が、世界を救うのか。世界を縛るのか。——その答えを、帝国の側で、見極める」
「ライナ——」アルクが、言いかけた。
「次に会うときは、敵だと言った」ライナは、遮った。「俺は、本気だ。お前たちを——本気で、止める。それが、答えを見極める、唯一の方法だ」
ライナの体から、黒い光が、放たれた。
その一撃が、王宮の尖塔を、一つ、消し飛ばした。
圧倒的な、力だった。以前のライナとは、比べ物にならない。
「……強い」ヴィナが、呻いた。「楔の力で、別物になってる」
「今日は、警告だけだ」ライナは言った。「次に会うときは——容赦しない。覚悟しておけ」
ライナが、黒い光に包まれて、帝国の方角へ、飛び去っていった。
後には、消し飛んだ尖塔と——重い沈黙が、残った。
「……ライナさん」ネッサが、呟いた。涙が、滲んでいた。「本当に、敵に……」
アルクは、ライナが消えた空を、見つめていた。
「ライナは、迷っている」アルクは言った。「あの目——冷たかった。でも、奥に、迷いがあった。確かめたい、と言った。——あいつは、答えを探している。本気で」
「でも、あの力で攻めてこられたら——」リィナが言った。「私たちも、無事では済みません」
「ああ」アルクは言った。「だから——強くなる。ライナと、本気でぶつかれるくらいに。そして——いつか、あいつに、答えを見せる。賦活師の力は、世界を縛るためじゃない。世界を、解き放つためにあると」
ルミが、アルクの肩で、静かに言った。
「アルク」ルミは言った。「ライナとの縁は——まだ、消えてない。五番目の子が、感じてる。あの黒い光の下にも、ちゃんと——ライナの、心が、ある」
「ああ」アルクは言った。「信じてる」
そして、もう一つ。
アルクは、自分の奥で——防御の守り手の気配が、戦いの最中、ほんの一瞬、いつもと違う動きをしたのを、感じていた。
いつもは、ただ静かに守るだけの守り手。
でも、さっき、嵌合兵から人々を救ったとき——その守り手が、ほんの一瞬、嬉しそうに、弾んだ気がした。
まるで——無邪気な、子供のように。
「……ルミ」アルクは言った。「防御の守り手が、さっき、少し、動いた気がした」
「うん」ルミは言った。少し、驚いた顔で。「あたしも、感じた。——あの子、ずっと、静かだったのに。さっき、一瞬だけ——なんか、明るい気配が、漏れた」
「明るい?」
「うん」ルミは言った。「うまく言えないけど——すごく、可愛い感じの。まるで、ずっと我慢してた子が、嬉しくて、ちょっとだけ、顔を出したみたいな」
アルクは、自分の奥を、意識した。
ずっと、一人で、健気に守り続けてきた、防御の守り手。
その奥に——もしかしたら、とても、愛らしい何かが、眠っているのかもしれない。
いつか、その子が、目を覚ます日が来る。
その日を、アルクは、楽しみに思った。




