第七十六話 万象の泉
一 大陸の中心
翌日、万象の泉に着いた。
それは、想像を超える光景だった。
大陸の中心に、巨大な、円形の泉があった。水が、虹色に輝いている。泉の周囲に、古代の石柱が、円を描いて立っていた。空気が、澄んでいる。ここだけ、別世界のようだった。
「……きれい」ネッサが、息を呑んだ。
「ここが、世界の魔力の源泉」ランスが言った。
「全ての地脈が、ここに集まる。——でも」
ランスが、泉の中央を指した。
虹色の泉の、中心。そこだけ、黒く、澱んでいた。墨を一滴垂らしたように、黒い澱みが、ゆっくりと広がっている。
「あの澱みが、大陸全体に、毒を回している」ランスは言った。「あれを浄化すれば——全ての地脈が、清まる」
「やろう」アルクは言った。
アルクが、泉のほとりに立った。リフレインを抜く。
目を閉じた。ルミ、アルファ、キラ、防御の守り手——全ての力を、束ねる。
「与える」
白い光が、リフレインから、泉へ——大陸の中心へ、注がれた。
今までで、一番、強い浄化の光だった。
黒い澱みが、少しずつ、薄くなっていく。虹色の泉が、中心から、輝きを取り戻していく。
「効いてる……!!」ネッサが言った。
「あと、少し——!」ランスが、測定器を見た。「澱みが、消えていく——!」
二 浄化、完了
数分の後。
泉の中心の、黒い澱みが——完全に、消えた。
万象の泉が、全体に、虹色の輝きを取り戻した。
その輝きが、泉から、地脈を通って、大陸全体へ
——波のように、広がっていった。
「……七か所、全て、浄化完了」ランスが言った。声が、震えていた。「いや——これは、ただの完了じゃない。大陸全体の、澱みが——消えていく。賦活師の浄化の力が、世界を、本来の姿に戻している」
「ルミ、防御の守り手は」アルクは言った。
ルミが、しばらく、沈黙した。それから——顔を上げた。声が、明るかった。
「……自由になった」ルミは言った。「侵食が、二割を切った。あの子——防御の守り手が、ほとんど、自由に動けるようになった。設置された封印石の力が、限界まで、削れた」
「やったか」ヴィナが言った。
「やった」アルクは言った。「全部の浄化を、終えた。封印石の効果を、ほとんど無力化した」
全員に、安堵が、広がった。
「やりました……!!」ネッサが、飛び跳ねた。「全部、終わった!!」
「長い旅だった」ガドルが言った。「だが——やり遂げたな」
「封印石の脅威が、ほぼ消えた」リィナが言った。「これで——帝国の、儀式の準備も、意味をなさなくなる」
「ヴァルゴの、計画を——打ち破った」カインが言った。
全員が、喜びに沸いた。
勝った。
長い旅の果てに、ついに——封印石の脅威を、乗り越えた。
俺たちの戦いはやっと終わったんだ。
みんなありがとう……
完
誰もが、そう思った。
三 静寂の、その後で
だが。
ルミだけが——喜んでいなかった。
アルクの肩で、羽を逆立てて、周囲を、警戒していた。
「……おかしい」ルミは言った。「ヴァルゴが、来ない。最後の浄化を——本当に、邪魔してこなかった」
「ヴァルゴも、もう手がないんじゃないか」ガドルが言った。「封印石が、無力化されたんだ」
「ううん」ルミは言った。「違う。——何か、おかしい」
その時。
万象の泉の、虹色の水面が——揺れた。
水面に、人影が、映った。
白髪の、男。
ヴァルゴだった。
だが——本人は、いない。水面に、姿だけが、映っている。魔法の、遠隔通信。
『……よく、ここまで来た、賦活師』ヴァルゴの声が、泉から、響いた。穏やかで、冷たい声。
「ヴァルゴ……!!」ヴィナが、カトレアを構えた。
『警戒するな。私は、そこにはいない』ヴァルゴは言った。『ただ——お前たちに、見せたいものがあって、繋いだ。
「見せたいもの?」アルクは言った。
『お前たちは、七か所の浄化を成し遂げた。封印石を、無力化した。——見事だ。本当に、見事だ』ヴァルゴは言った。『だが——私は、最初から、封印石になど、頼っていない』
アルクの、背筋が、冷たくなった。
『封印石は、囮だ』ヴァルゴは言った。『お前たちを、浄化の旅に、夢中にさせるための。——その間に、私は、本当の鍵を、お前たちの懐に、送り込んだ』
「……鍵」アルクは言った。
全員が、息を呑んだ。
『お前たちの、仲間の中に』ヴァルゴは言った。『ずっと、鍵があった。お前たちが、信頼し、守り、共に飯を食った——その者の中に』
全員の視線が、無意識に——ライナへ、向いた。
ライナが、立ち尽くしていた。顔が、青ざめていた。
「……俺?」ライナは言った。「俺が——鍵?」
『気づかなかったか、ライナ』ヴァルゴの声が、笑った。『お前が、私のもとを離れたあの日。私は、お前の中に、“楔”を、打ち込んでおいた。お前自身も、気づかないほど、深くに』
「……何を、言っている」ライナの声が、震えた。
『お前が、賦活師に、心から心を許したとき』ヴァルゴは言った。『その瞬間に、楔は、発動する。——お前は、賦活師を消す、最後の儀式の、媒介になる』
「やめろ……!!」ライナが、叫んだ。
『もう、遅い』ヴァルゴは言った。『お前は、もう
——彼らに、心を許してしまった。おでんを食い、肉を食い、笑い合った。——その温もりが、引き金だ』
ライナの体が——光り始めた。
禍々しい、黒い光。ライナの意志とは、無関係に。
「ぐ……っ!!」ライナが、膝をついた。「体が——勝手に——!」
「ライナ!!」アルクが、駆け寄った。
『見るがいい、賦活師』ヴァルゴの声が、響いた。
『お前の優しさが——お前自身を、滅ぼす。お前が、ライナに心を開かせたから、楔は発動した。——お前が、ライナを、こうした』
ライナの体から、黒い光が、溢れ出した。
その光が——アルクに向かって、伸びた。




