第七十三話 父と子の真実
一 通信の向こう側
朝、屋敷の食堂で、カインが一人、通信符を見つめていた。
アルクが、隣に座った。
「カイン」アルクは言った。「ずっと聞きたかったことがある。お前の父さんは——なぜ、これだけ帝国の内部情報を掴める。ヴァルゴの動き、儀式の準備。普通の元研究者には、難しいことだ」
カインは、しばらく符を見つめていた。それから、静かに話し始めた。
「……父は、ただの研究者じゃない」カインは言った。「若い頃——帝国の、魔核制御術の共同研究に、関わっていた」
「帝国の?」アルクは、驚いた。
「魔核制御術は、元々——複数の国の研究者が、合同で進めていた技術だった」カインは言った。「『魔物と人間が共存するため』という名目で。父も、ランスさんも、その理想に惹かれて参加した」
「ランスさんも?」
「そうです」いつの間にか、ランスが戸口に立っていた。「私と、カイン君のお父上は——古い、研究仲間だ」
「私たちは、魔核制御術を、魔物を救う技術にするつもりだった」ランスは言った。「だが、帝国が、それを兵器に変えた。私とドランは、それに反対して、研究を抜けた。良心からだ」
二 なぜカインは狙われたのか
アルクは、ずっと胸に引っかかっていたことを口にした。
「一つ、わからないことがある」アルクは言った。
「カインは前に、遺跡で帝国——盟主の連中に捕まった。魔力を抜き取られて、魔物に与える装置にされていた。——もし父さんが帝国の元研究者なら、なぜ、息子のお前が狙われた」
カインの表情が、わずかに陰った。
「……むしろ、逆なんです」カインは言った。「父が帝国を裏切ったから、僕が狙われた」
「逆?」
「父は、ただの研究者じゃなかった」カインは言った。「魔核制御術の中枢にいた。帝国の技術の、核心を知る人間の一人だった。——その父が、良心から技術を抜け出し、賦活師の研究に転じた。帝国にとって、父は『最も危険な裏切り者』なんです」
「だから——」
「帝国は、父を消したい。でも、父は身を隠すのがうまい。だから——」カインは、拳を握った。「僕を、誘き出しの餌にしようとした。『息子を捕えれば、ドランが出てくる』と。それと同時に、僕が父の研究を継いで、賦活師の手がかりを持っているかもしれないと考えた。——僕が狙われたのは、父が帝国側だからじゃない。父が、帝国を裏切った重要人物だからです」
食堂が、静かになった。
「……ヴァルゴは」アルクは言った。「裏切り者の肉親を、道具にする」
「そうです」カインは言った。「父を裏切らせないために、僕を人質にしようとした。——あのとき、あなたたちが助けてくれなければ、僕は今ここにいない。そして父も、僕を救うために姿を現して——消されていたかもしれない」
アルクは、ライナのことを思った。
帝国に、数少ない仲間を残してきたライナ。離反した者の、大切な者。
ヴァルゴは、同じことを、ライナにもするだろう。
「……カイン」アルクは言った。「お前の父さんは、命がけで俺たちに情報を流してくれている。それは
——お前を、もう二度と危険に晒さないためでもあるんだな」
「はい」カインは、少し目を赤くした。「父は、いつも言います。『お前を巻き込んですまない』と。——でも、僕は、巻き込まれてよかったと思っています。父の理想を、僕も継ぎたいから」
「いい親子だ」アルクは言った。
「ありがとうございます」カインは、符をそっとしまった。「父も——いつか、賦活師に直接会いたいと、いつも言っています」
「会える」アルクは言った。「必ず」
三 ライナへの影
その会話を、テーブルの端で、ライナが聞いていた。
黙って、おでんの器を持ったまま。
「……俺と、同じだな」ライナが、ぽつりと言った。
全員が、ライナを見た。
「裏切り者の、大切な者を、道具にする」ライナは言った。「ヴァルゴの、常套手段だ。——俺にも、帝国に残してきた者がいる。数人だが」
「……」
「あいつらが、無事かどうか」ライナは、器を見つめた。「俺が離反したことで、危うくなっていないか。——時々、考える」
「ライナさん……」ネッサが言った。
「だが、戻れば俺が消される」ライナは言った。
「戻らなければ、あいつらが危うい。——どちらにしても、ヴァルゴの掌の上だ」
アルクは、ライナを見た。
「ライナ」アルクは言った。「お前の帝国の仲間も
——いざとなれば、俺たちが助ける」
ライナが、顔を上げた。
「……お前は」ライナは言った。「会ったこともない、帝国の人間まで、助けると言うのか」
「お前の大切な者なら、助ける理由がある」アルクは言った。
ライナは、しばらくアルクを見ていた。それから、視線を器に戻した。
「……本当に、おかしな男だ」ライナは言った。小さく。
「よく言われる」
「だが——」ライナは、少しだけ間を置いた。「その言葉、覚えておく」
四 残る浄化
会話が一段落して、カインが地図を広げた。
「方針を確認したい」カインは言った。「キラの地図によれば、浄化ポイントは残り三か所。次は——大陸南東の《嘆きの古戦場》」
「古戦場?」アルクは言った。
「古い戦争の跡地です」ランスが言った。「澱みが、特に濃い。長い年月、放置されてきた場所だ。
——ここを浄化すれば、南東の地脈が整い、設置済みの封印石の効果が、さらに削れる」
「ルミ、今の侵食は」アルクは言った。
「四割を、切ってる」ルミは言った。「白嶺と灯の谷の浄化で、二つ目の石が、だいぶ弱った。防御の守り手も、息がしやすそう。——でも」
「でも?」
「古戦場は——澱みだけじゃない、気がする」ルミは言った。少し、声を落とした。「魂の、気配がする。たくさんの人が、亡くなった場所だから」
その言葉に、ヴィナが、わずかに反応した。
首元の首飾りに、無意識に手をやっていた。
亡き仲間の、形見。
アルクは、それに気づいた。だが、何も言わなかった。
「行こう」アルクは言った。「嘆きの古戦場へ」




