第七十二話 無双の刃、還る力
一 三つの脅威
合成魔獣ティアマト型が、三つの頭を、同時に振り上げた。
炎の頭が、火球を吐く。雷の頭が、稲妻を放つ。毒の頭が、紫の霧を撒く。
三方向から、別々の属性が、同時に襲いかかった。
「散開!!」アルクが叫んだ。
「リィナ、雷はお前だ!!」アルクは言った。「《雷霆網》で、相殺できるか!!」
「やってみます!!」リィナが杖を掲げた。「《雷霆網》——!」
青い雷の網が、敵の稲妻とぶつかり、相殺した。
「炎は——コレン!!」ネッサが言った。「コレン、炎は炎で受けて!!」
コレンが、白銀の守炎で、火球を受け止めた。炎が、炎を呑み込む。
「毒は、あたしが断つ」ヴィナが、前に出た。「《双閃》——!」
二連の閃光が、毒の霧を切り裂いた。風圧で、毒が散らされる。
「三属性を、三人で分担した……!!」カインが、後方で指揮を執りながら言った。「いける——!」
「だが、それだけでは終わらん」ドルガが言った。
ティアマトの三つの頭が、今度は——一点に、束ねた。
炎、雷、毒が、混ざり合い、一つの巨大な複合属性の砲撃となって、アルクたちの中央——カインへ向かった。
「カイン!!」アルクが叫んだ。
カインは、後方支援役だ。前衛のような防御力はない。間に合わない——。
「させない!!」
バルガが、割り込んだ。大盾を、斜めに構えた。
「《流転の盾》——!」
以前は「名前がない」と言っていた、受け流しの技。今は、名がある。
バルガは、複合属性の砲撃を、正面で受けず——斜めに受け流した。砲撃が、盾の表面を滑り、空へと逸れていく。
「バルガ、技に名前をつけたのか!!」ガドルが言った。
「この前、つけた」バルガは言った。盾を構え直しながら。「——カインは、傷一つない。それでいい」
「助かった、バルガ」カインは言った。
「礼は後だ」バルガは言った。「次が来る」
二 還る力
ドルガが、滅鉄槌を振り上げた。
「貴様らの連携は、見事だ」ドルガは言った。「だが——連携で防いでいる間、賦活師本人は、何もできていない。お前を狙えば——終わる」
ドルガが、地を蹴った。巨体が、アルクへ向かって突進した。滅鉄槌が、振り下ろされる。
澱みを吸って増幅された一撃。直撃すれば、ただでは済まない。
「アルク——!」ヴィナが叫んだ。
だが、アルクは、退かなかった。
リフレインを、構えた。
そして——自分に、付与をかけた。
「《自己付与・全開》」
与え続けてきた力が、返ってくる。今まで仲間に注いだ膨大な付与が、アルク自身に還流した。
体が、燃えるように力を帯びた。今までの——数倍。十倍に近い。
アルクは、滅鉄槌を、リフレインで受け止めた。
轟音。
だが——吹き飛ばなかった。
アルクは、一歩も退かず、滅鉄槌を、刃で受け止めていた。
「……馬鹿な」ドルガが、目を見開いた。「俺の滅鉄槌を——受け止めただと?」
「ドルガ」アルクは言った。「お前の攻撃は、強い。でも——」
リフレインの刃が、輝いた。
「受けた力は、返す」
《還元》。
アルクが受け止めた滅鉄槌の衝撃が、リフレインを通って、アルクの力に変換された。そして——その力を、刃に乗せて、返した。
アルクが、リフレインを振り抜いた。
ドルガが、後方へ吹き飛んだ。自分の放った一撃の力を、そのまま返されて。
谷の壁に叩きつけられ、鎧が砕けた。
「……ぐ……!!」ドルガが、よろめきながら立ち上がった。「これが——賦活師の、完成に近づいた力か……!!」
「与えたものが、返ってくる」アルクは言った。リフレインを構え直した。「俺は、ずっと与えてきた。仲間に。世界に。——その全部が、今、返ってきている」
「無双だ……!!」ネッサが、思わず叫んだ。「アルクさん、ドルガを一撃で……!!」
三 コレンと、守り手の奥義
ドルガが膝をついた隙に、ティアマトが再び動いた。
三つの頭が、今度は別々に——アルクと、ヴィナと、ネッサを、同時に狙った。
「数で押してくる!!」リィナが言った。
「キラ!!」アルクは言った。「ルミの光を、複製して広げられるか!! 白嶺のときみたいに!!」
キラが、アルクの肩で、頷いた。
だが——今回は、ルミの光だけではなかった。
「コレン!! 一緒に!!」ネッサが言った。喚魂環が輝く。「ルミの光と、コレンの炎を——キラに複製してもらう!!」
「《守護の焔衣》を、複製するの!?」リィナが言った。
「やってみます!!」
ルミが回復の光を放つ。コレンが炎を纏わせる。二つが融合し——《守護の焔衣》が生まれた。炎の鎧。石化も毒も防ぐ守りの衣。
キラが、その《守護の焔衣》に、小さな両手で触れた。
そして——複製した。一着が、二着に。二着が、四着に。
炎の鎧が、全員の体を包んだ。
「全員に、守護の焔衣が……!!」カインが言った。
ティアマトの三属性が、全員に当たった。だが——炎の鎧が、毒を弾き、炎を吸収し、雷を逸らした。
「効かない……!!」ネッサが言った。「コレンと、ルミと、キラの——三人の協力奥義……!!」
「《焔衣繚乱》」ルミが、名を告げた。「みんなの力が、一つになった」
守りを固めた今、反撃の番だった。
「リィナ!!」アルクは言った。「ティアマトの魔核は、三つの頭が繋がる胸の中心だ!! 《嵐の瞬獄雷》で、貫けるか!!」
「一発で仕留めます!!」リィナが杖を構えた。アルファの制御が入る。雷が、極限まで圧縮されていく。「——アルファ、お願い!!」
『——任せとき!! 今日のうちは、絶好調や!!』
リィナの杖に、白い閃光が凝縮した。
「《嵐の瞬獄雷》——!」
白い雷が、ティアマトの胸の中心に突き刺さった。
内部で、炸裂した。
三つの頭を繋いでいた魔核が、内側から砕けた。
ティアマトが、崩れ落ちた。三体の魔物に分かれて——魔核を失った魔物たちは、ぼんやりと我に返り、谷の外へと逃げていった。解放されて。
「……やった」ネッサが言った。「みんなで、やった!!」
四 ドルガの撤退と、芽生える絆
ドルガが、砕けた鎧で、立ち上がった。
「……今日は、退く」ドルガは言った。「合成魔獣も、滅鉄槌も——通用しなかった。お前は、強くなりすぎた」
「ドルガ」アルクは言った。「一つ聞く。お前は——なぜ、帝国のために戦う」
ドルガは、しばらく黙っていた。
「……俺は、力押しの武人だ」ドルガは言った。「考えるのは、苦手だ。命じられたことを、やる。それだけだ。——だが」
「だが?」
「お前を見ていると」ドルガは言った。「俺の力の使い方は、これでよかったのかと——少し、思う」
それだけ言って、ドルガは谷の奥へ消えていった。
「……あいつも」ヴィナが言った。「ライナと、同じ目をしていた」
「帝国の人間が、みんな悪人なわけじゃない」アルクは言った。「ただ——間違った方向を、向かされているだけだ」
ライナが、谷の岩陰から出てきた。今回の戦いには、加わらなかった。離れて、見ていた。
「……お前は、変わった」ライナは、アルクに言った。「前に会ったときより、ずっと強い。あの剣の力か」
「剣だけじゃない」アルクは言った。「みんなが、強くなった。俺一人じゃない」
ライナは、リフレインを見つめた。
「……ロスの剣か」ライナは言った。「帝国の記録で、見たことがある。賦活師が次代に遺した剣。
——本当に、存在したのか」
「存在した」アルクは言った。「ロスは、二百年後の俺のために、力を遺してくれていた」
「……」ライナは、何か言いかけて——やめた。
そして、ぽつりと言った。
「俺には——遺してくれる者など、いなかった」
その声が、いつもより、少しだけ、寂しげだった。
ネッサが、すっと近づいた。
「ライナさん」ネッサは言った。「これからは、いますよ」
「……何?」
「これから、ライナさんに、いろいろ遺してくれる人が、いっぱいできます」ネッサは、にっこり笑った。「あたしたちとか!!」
ライナは、ネッサを見た。
「……お前は」ライナは言った。「本当に、不思議な娘だな」
「よく言われます!!」
五 屋敷の夜、にまにまの食卓
その夜、屋敷の扉を開いた。
屋敷は、また少し変わっていた。今度は——食堂の天井が高くなり、大きな窓が増えていた。窓の外の白い光が、いつもより柔らかい。
「窓が増えてる!!」ネッサが言った。
「灯の谷の浄化で、あたしの力が伸びたから」ルミは言った。少し誇らしげに。「屋敷も、明るくなった」
夕食は、お祝いだった。
大きな寄せ鍋。鶏肉、白身魚、海老、白菜、春菊、豆腐、きのこ。出汁がたっぷり染みている。締めには、雑炊。
それに、唐揚げの大皿。だし巻き玉子(ネッサの自信作)。
デザートは、栗きんとんと、抹茶のロールケーキ。
飲み物は、温かい甘酒と、冷たい麦茶。
「いただきます!!」全員が言った。
リフレインで無双したアルクの隣に、ヴィナとネッサが、左右から座った。
「アルク」ヴィナが言った。「今日の剣——見事だった。お前が前線で戦う姿を、初めて見た気がする」
「ヴィナさんも、双閃かっこよかったです!!」ネッサが言った。「二回斬るやつ!!」
「あたしも、負けていられないからな」ヴィナは言った。「アルクが前に出るなら——あたしは、その隣で戦う」
「あたしは後ろから支えます!!」ネッサが言った。「焔狐顕現で、みんなを守ります!!」
「ネッサの焔狐、大きくて立派だったぞ」アルクは言った。
「ほんとですか!?」ネッサが、ぱあっと顔を輝かせた。「えへへ!! アルクさんに褒められた!!」
ヴィナが、ちらりとネッサを見た。少し、悔しそうに。それから、アルクに言った。
「……あたしも、褒めろ」
「ヴィナも、双閃、見事だった」アルクは言った。
「うむ」ヴィナは言った。満足げに。耳が、少し赤い。
「ヴィナさん、催促した!!」ネッサが言った。「ずるいです!!」
「催促ではない。要求だ」
「同じです!!」
「違う」
ガドルが、唐揚げを頬張りながら、にやにやしていた。「……いいねえ、若いっていうのは」
「ガドルさん、何にやにやしてるんですか!!」ネッサが言った。
「何も」ガドルは言った。「ただ——飯が、うまい」
バルガが、静かに頷いた。「同意する」
ヴィナとネッサは、目が合うと、ふっと笑った。
二人は、ライバルだ。同じ人を想っている。でも
——三年間一人だったヴィナと、ギルドの帳簿の前から世界に飛び出したネッサは、お互いを、嫌いになれなかった。
「ネッサ」ヴィナが、小声で言った。
「なんですか」
「……お前のだし巻き、うまい。ずるいくらいに」
「ヴィナさん……!!」ネッサが、じーんとした顔をした。「あたしも、ヴィナさんのこと、応援……は、しないですけど!! 負けないですけど!! でも、大好きです!!」
「ああ」ヴィナは言った。「あたしもだ。——負けないが」
二人が、同時に、アルクを見た。
アルクは、寄せ鍋を食べていた。
「……なんだ」アルクは言った。
「「なんでもない!!」」二人が、同時に言った。
アルファが、栗きんとんに飛び込んだ。
『——あまっ!! ほくほくや!! なんやこの黄色いの!! 最高や!!』
「飛び込むな」アルクは言った。
『これは飛び込む価値が——』
「毎回それを言っているな」
『毎回そう思うからや!!』
キラは、リフレインの鞘の上に、ちょこんと座っていた。剣を、気に入ったらしい。小さな手で、鞘を撫でている。
「キラ、リフレインが好きか」アルクは言った。
キラが、ゆらゆらと体を揺らした。それから
——小さな手で、ミニチュアのリフレインを複製して、得意げに掲げた。
「複製した!!」ネッサが言った。「ちっちゃいリフレイン!! かわいい!!」
「ガドルのミニチュア斧の隣に、飾れるな」バルガが言った。
「……俺の棚に、また仲間が増える」ガドルが、嬉しそうに言った。
ライナは、いつものように、少し離れた席にいた。でも——今夜は、壁際ではなく、テーブルの端に座っていた。
一歩、近づいていた。
六 深まる気配
食事が終わり、全員が部屋に引き取った後。
アルクは、屋敷の窓辺に、リフレインを抱えて座っていた。
ルミが、肩に降りた。
「アルク」ルミは言った。「……今日、また感じた」
「奥の気配か」
「うん」ルミは言った。「灯の谷を浄化したとき
——亜空間の、すごく奥で、また震えた。前より、はっきり。——まるで、目を覚まそうとしているみたいに」
「キラじゃない、別の守り手」アルクは言った。
「たぶん」ルミは言った。「でも——不思議なの。その気配は、アルクが『誰かと繋がる』ほど、強くなる気がする。ライナと打ち解けたり——ヴィナやネッサと笑ったり。そういうとき、奥の気配が、応える」
「繋がるほど、目を覚ます……」アルクは言った。
「縁、みたいな」ルミは言った。「人と人を、繋ぐ力。——そんな気がする。でも、まだわからない」
アルクは、リフレインを見た。刃が、淡く光っている。
ロスが遺した剣。二百年後の自分への、贈り物。
「俺も、いつか——誰かに、遺せるだろうか」アルクは言った。
「もう、遺してるよ」ルミは言った。「みんなの中に。ライナの中にも、少しずつ」
その時。
部屋の扉が、ノックされた。
カインだった。だが——今夜は、緊急の顔ではなかった。むしろ、困惑していた。
「アルク」カインは言った。「父から、通信が来た。緊急ではない。でも——奇妙だ」
「教えてくれ」
「『ヴァルゴが、しばらく動きを止めた。帝国全体が、不気味なほど静かだ。——だが、一つだけ、不可解な命令が出ている。“ライナを、泳がせろ”と』」
アルクは、眉を寄せた。
「泳がせる?」
「ヴァルゴは、ライナの離反を知っている」カインは言った。「知っていて——追わせていない。なぜか」
二人とも、答えが出なかった。
だが——アルクの心の奥で、あの違和感が、また小さく疼いた。
ヴァルゴは、嘘をつかない。
「仲間の中に、鍵がある」——その言葉は、消えていない。
そして、ヴァルゴは今、ライナを、わざと泳がせている。
まるで——ライナが、いずれ自分のもとへ「鍵」を運んでくると、知っているかのように。
アルクは、その考えを、まだ誰にも言わなかった。
ライナを信じたい。その気持ちが、確信を、押しとどめていた。




