第六十八話 脱出と、ライナの覚悟
一 脱出
城塞の廊下を、全員で駆けた。
ライナが先頭に立った。「裏手の排水路から出るつもりか? 別のルートがある。俺が知っている」
「案内してくれ」アルクは言った。
ライナが、慣れた足取りで廊下を進んだ。途中で兵士と鉢合わせしたが——ライナが自ら前に出た。剣を抜いて、素早く無力化した。
「殺さないのですね!」ネッサが言った。
「——お前たちの影響だ」ライナは言った。振り返らずに。
「ライナさん!!」ネッサが小声で言った。
「静かにしろ」ヴィナが言った。でも口の端が上がっていた。
ライナが案内した出口は、城塞の北側の古い扉だった。鍵がかかっていたが、ライナが合鍵を持っていた。
「軟禁されている間に、見取り図を頭に入れた」ライナは言った。「いつか脱出が必要になると思っていた」
「準備していたのか」
「……お前が来ると、なんとなく思っていた」ライナは言った。少し間を置いて。「——理由はわからないが」
外に出た。
正面では、バルガとガドルが引きつけ作戦を展開していた。《鉄壁の号令》の轟音が聞こえる。
「あれは?」ライナが言った。
「仲間だ」アルクは言った。「合図を送る」
ルミが、光を上に向けて点滅させた。合図だ。
しばらくして、バルガとガドルが合流した。全員で、城塞から離れた。
二 追手と、ライナの力
城塞から二キロほど離れたところで、追手が来た。
帝国の騎馬部隊、二十人。
「追いつかれる」ガドルが言った。
「戦う」ヴィナが言った。
「俺が引き受ける」バルガが大盾を構えた。
「——俺も戦う」ライナが言った。
「ライナ、体力は?」アルクは言った。
「軟禁されていただけだ。消耗はしていない」ライナは剣を抜いた。「——お前の仲間として動くわけではない。ただ、今は同じ方向を向いているだけだ」
「それで十分だ」アルクは言った。
「アルク」ライナは言った。「付与、かけてくれるか」
「かける」
アルクがライナに付与をかけた。「速く、鋭く」
——アルファの力が乗った。
ライナの動きが、明らかに変わった。
騎馬部隊が迫ってくる。ライナが前に出た。
その動きは——今まで見た誰とも違った。剣と魔法を同時に使う、複合的な戦い方だ。剣で一人を無力化しながら、魔法で馬の足を止める。
「……付与を受けると、こういう感覚か」ライナは戦いながら言った。「初めてだ」
「どうだ」アルクは言った。
「——悪くない」ライナは言った。
「《閃光斬》!!」ヴィナが、別の一団に向けて技を放った。
バルガと ガドルが前衛で引きつける。リィナの《雷霆網》が広がる。ネッサのコレンが炎で道を開く。
五分で、追手を全員無力化した。
「……強い仲間だ」ライナは言った。剣を収めながら。
「お前も強い」アルクは言った。
「帝国の中で、生き残るために磨いた力だ」ライナは言った。「——褒め言葉として、受け取っておく」
三 夜営、ライナとの会話
安全な場所で野営した。
屋敷の扉を開いた。全員が中に入った。ライナも、初めて入った。
「……なんだ、ここは」ライナが言った。
「ルミが作った場所だ」アルクは言った。「安全で、回復できる」
「亜空間の中に——こんな場所が」ライナは言った。無表情のまま、でも目が少し動いていた。
「——驚いた」
「驚いた、と言うんですね、ライナさんも!!」ネッサが言った。
「当たり前だ。人間だ」ライナは言った。
「なんかそのセリフ、好きです!!」
「……お前は、不思議な娘だな」ライナは言った。
「よく言われます!!」
夕食は、アルクが風呂敷から出した。
今夜は——おでんにした。大根、こんにゃく、卵、ちくわ、じゃがいも。出汁がよく染みた、温かい鍋だ。
「これは……」ライナが、器を受け取って見た。「食べ物か」
「食べ物だ。温かい」アルクは言った。
ライナが、大根を一口食べた。
動きが、止まった。
「……汁が、中まで染みている」ライナは言った。
「こんな食べ物が、あるのか」
「おでんだ。前の世界の料理だ」アルクは言った。
「前の世界……お前は、別の世界から来たのか」
「そうらしい」
「賦活師は——女神が選ぶ存在だと、帝国でも記録がある」ライナは言った。「別の世界から連れてくる、という話も」
「知っているのか」
「知識として持っている。でも——本物と会ったのは、お前が初めてだ」
ライナが、もう一口食べた。
「……うまい」ライナは言った。
「よかった」
「——なぜ、お前は敵にまで飯を食わせる」ライナは言った。「俺は、まだ帝国の人間だ。完全に、お前たちの仲間ではない」
「今夜、同じ場所にいる」アルクは言った。「それだけで十分だ」
ライナは、しばらく黙っておでんを食べた。
「——お前は、変な男だ」ライナは言った。
「よく言われる」アルクは言った。
「褒めていない」
「知っている」
「……褒めているかもしれない」ライナは言った。視線を器に落として。
四 ヴィナとネッサの、夜の話
食事の後、ライナが早めに部屋に引き取った。
食堂に、ヴィナとネッサとアルクが残った。
「——ライナ、意外と普通の人ですね」ネッサが言った。
「普通ではないだろ」ヴィナが言った。「帝国の四将だ」
「でも、おでんで驚いてたし!! 褒めてるかもって言ってたし!!」
「……そうだな」ヴィナは言った。「複雑な事情を持つ人間が、複雑なままでいる。それは——わかる気がする」
「ヴィナさんも、三年間一人でいたから?」ネッサは言った。
「そうかもしれない」ヴィナは言った。
しばらく、三人で沈黙があった。
ネッサが「アルクさん」と言った。
「なんだ」
「今日——ライナさんを助けに行くって言ったとき、即答だったじゃないですか」ネッサは言った。
「困っている人がいれば手を伸ばす、って。
——わたしは、そういうアルクさんが好きです」
「ネッサ——」
「これは告白じゃないです!!」ネッサは言った。顔が赤い。「ただの感想です!! でも、言いたかったから言いました!!」
「……ありがとう」アルクは言った。
「もうっ!! そんな素直に受け取らないでください!!」
ヴィナが、静かに言った。「——あたしも、そう思っている」
「ヴィナさん!!」ネッサが言った。
「感想として」ヴィナは言った。「ネッサと同じように」
「あたしと同じ気持ちを!!」
「同じとは言っていない」ヴィナは言った。少し顔が赤い。「似た部分がある、と言っただけだ」
「似た部分が!!」
「うるさい、寝ろ」
「でも!!」
「寝ろ!!」
アルクが、二人を見た。
「——ありがとう、二人とも」
アルクが笑った。ルミが、肩でぱたぱたと翼を揺らした。




