第六十五話 安堵と、忍び寄る影
一 束の間の平和
翌朝、ランスが興奮した様子で全員を呼んだ。
「大変だ——いや、大変ではない。大きな発見だ」
「どうした」
「キラが昨夜、あるものを複製した」ランスは言った。「あの地図を——複製した」
「地図を?」
「完全に同じ地図が、二枚になった。一枚は最初の地図。もう一枚は——複製した後に、少し変化した」
「変化?」
ランスが、変化した地図を広げた。
いくつかの印が、新しく加わっていた。
大陸各地に——七つの印。
「これは」カインが言った。「魔力の澱みの地図に、新しい印が加わっている。でも——この印は、澱みではない。澱みとは逆の、澱みが特に集まる場所を示している」
「特に集まる場所?」
「そして」ランスは言った。「調べたところ、ずっと昔は賦活師の浄化に反応して、特に清浄な場所だったことが分かった。二百年前に賦活師が消されたあと、元々清浄な場所だっただけに一層澱みが集まった。
そして、その七か所の中心に—— ヴォルタがある」
「どういう意味だ」
ルミが、アルクの肩で言った。
「……わかった気がする」ルミは言った。「この七か所に——アルクが順番に行けば」
「魔力の澱みを、より意図的に浄化できる」ランスは言った。「そして——澱みが消えれば、設置されている封印石の効果も弱まる」
「封印石を壊さなくても」カインは言った。「澱みを浄化することで、封印石の力を削れる」
キラが、地図を小さな手で持って、アルクを見た。
「……行けばいい、ということか」アルクは言った。
キラが、ゆっくりと頷いた。
ライナから石を受け取って、五日が経った。
帝国の工作員が各地に散ったという情報はあるが、直接的な攻撃はない。
アルクたちは、その間に七か所の浄化の旅の準備を進めていた。
「キラが出した地図を整理しました」カインは言った。「七か所の清浄な場所——ヴォルタを中心に、大陸の各方角に散らばっています。ヴォルタがアルクさんの原点、賦活師として目覚めた場所だからこそ、ここが起点になっているんだと思います」
「地図の中心がヴォルタなのは、そういう理由か」アルクは言った。
「おそらく」カインは言った。「七か所を巡ることで、大陸全体の魔力の澱みを浄化できる。そして澱みが消えれば、設置された封印石の効果も弱まる」
「封印石を直接壊せなくても、効果を削れる」ヴィナが言った。
「しかも」ランスが言った。「澱みの浄化は、アルクさんの力が増すほど早くなる。守り手が増えるほど、浄化の速度も上がる」
「つまり——旅しながら強くなり、同時に封印石を弱める」リィナが言った。「二つのことが同時に進む」
「キラが、いい手を見つけてくれた」アルクは言った。
キラが、アルクの手のひらの上で、小さな手をぎゅっと握った。
「ところで」ネッサが言った。「ライナから渡された石——今は、どこにあるんですか?」
「ルミが光で包んで、亜空間の安全な場所に」アルクは言った。
「亜空間に入れられないはずでは?」リィナが言った。
「石自体は、ルミの光で完全に覆われているから、亜空間との直接接触がない状態だ」ルミは言った。「だから入れられる。でも——これが崩れると、亜空間が侵食される危険があるから、ずっと光を維持しないといけない」
「消耗が大きいのでは?」カインが言った。
「慣れてきた」ルミは言った。「——大丈夫」
「無理をするなよ」アルクは言った。
「無理じゃない」ルミは言った。「あたしが守る。ずっと」
二 屋敷での夜——ガドルの意外な才能
その夜、屋敷の食堂で夕食を取った後、ガドルが突然言った。
「俺、歌える」
全員が、ガドルを見た。
「なんだと」バルガが言った。
「歌が得意だ」ガドルは言った。「傭兵時代に、夜営で歌を歌って仲間の士気を上げていた。——聞くか?」
「聞く!!」ネッサが即座に言った。
「わたしも……聞こう」とヴィナは言った。
「ヴィナさんが聞くって言った!!」ネッサが言った。
ガドルが、立ち上がった。咳払いをした。
そして——深みのある、よく通る声で歌い始めた。
この世界の古い歌だった。旅人の歌で、遠い故郷を想う内容だった。
全員が、静かに聞いた。
ルミが、アルクの肩で翼をたたんで、じっと聞いていた。
歌が終わった。
「……うまい」ヴィナが言った。
「ありがとう」ガドルが言った。照れた様子もなく。
「ガドルさん、なんでそんな才能を隠してたんですか!!」ネッサが言った。
「隠してない。聞かれなかっただけだ」
「じゃあ、毎晩歌ってください!!」
「毎晩は疲れる」
「じゃあ、週に三回!!」
「週に一回だ」
「……わかった、二回だ」
バルガが、静かに言った。「俺は楽器が弾ける」
全員が、バルガを見た。
「……竪琴だ。若い頃に習った」
「バルガさんまで!!」ネッサが言った。
「ガドルが歌う間、伴奏できる」
「最高!!!」
三 ルミの違和感
その夜遅く。
全員が眠りについた後、ルミがアルクの枕元で、光の粒の状態で静かに揺れていた。
アルクが気づいた。
「ルミ、どうかしたのか?」
「……少し、気になることがある」ルミは言った。
「なんだ」
「あの石」ルミは言った。「ライナから受け取った、二つ目の封印石のこと」
「何が気になる」
「ずっと光で包んでいるんだけど——」ルミは言った。「なんか、変な感じがする。本物の封印石なら、もっと強い抵抗があるはずなんだけど——包んでいる感触が、なんか……薄い」
「薄い?」
「本物の反守り手結晶は、あたしの光と激しく反発する。でも——あの石は、反発が弱い。なんか、おとなしすぎる」
「それは——」アルクは言った。嫌な予感がした。
「確認できるか?」
「してみる」ルミは言った。
ルミが、光の粒から小鳥の姿になった。翼を広げて、亜空間の石に向けて光を強くした。
しばらく間があった。
「……アルク」ルミは言った。声が、低くなっていた。
「なんだ」
「あの石——」ルミは言った。「本物じゃない気がする」
四 夜明けの緊急会議
全員を起こした。
深夜の食堂に、眠そうな顔の全員が集まった。
「ルミが、石に違和感を感じた」アルクは言った。
「反守り手結晶としての抵抗が、弱すぎると」
「偽物、ということか」カインが言った。目が覚めた顔になった。
「確認する方法は?」リィナが言った。
「ランスさんなら、わかるか?」アルクは言った。
「……見せてもらえるか」ランスは言った。
ルミが、亜空間から石を出した。光で包んだまま、ランスの前に浮かべた。
ランスが、じっと石を観察した。魔力測定の器具を取り出した。測定した。
しばらくして——ランスが、顔を上げた。
「……精巧な偽物だ」ランスは言った。「魔力の構造を見ると——表面だけ反守り手結晶の性質を持たせてある。でも、内部は全く別の素材だ。ルミさんの直感は、正しかった」
「つまり」ヴィナが言った。「本物の二つ目は——」
「まだ、帝国が持っている」カインは言った。
「ヴァルゴが激怒しているという情報も——演技だった可能性がある」
「俺たちに、安心させるための罠だ」アルクは言った。
「ライナは——」ネッサが言った。「知っていたのか?」
「おそらく知らなかった」ルミは言った。「ライナの気配は、あのとき本物だった。覚悟して渡していた。——騙されていたのは、ライナも同じだ」
「ヴァルゴが——ライナを道具として使った」バルガが言った。静かに、でも怒りを滲ませて。
「問題は」リィナは言った。「本物の二つ目が、今どこにあるかだ。設置されていなければまだいい。でも——」
「帝国が偽物を使って、俺たちを安心させた。その間に——」アルクは言った。
「設置が進んでいた可能性がある」カインは言った。
全員が、静まった。
「ルミ」アルクは言った。「防御の守り手の状態は」
「……」ルミは少し間を置いた。「さっきより——侵食が、少し強くなっている気がする」
「さっきより?」
「今まで、じわじわ進んでいたのが——急に少し増えた。——もしかしたら」
「設置された」アルクは言った。
「……かもしれない」ルミは言った。「でも、一つ目と合わせて、まだ五割程度だ。三つ目の海底の石も合わせて、五割強くらい。——あの子は、まだ頑張っている」
「でも、時間がなくなってきた」ヴィナは言った。
「急いで、浄化の旅に出る」アルクは言った。「七か所を巡って、澱みを浄化する。それが今、俺たちにできる最善だ」




