第六十四話 ヴァルゴの怒りと、帝国の新しい手
一 帝国の反応
三日後、カインに父からの通信が届いた。
「父から——帝国内部で、騒ぎが起きているようです」カインは言った。「二つ目の封印石の紛失が発覚した。ヴァルゴが激怒しているという話が漏れてきている」
「ライナは、大丈夫でしょうか?」ネッサが言った。
「今のところ、ライナへの疑いは表面化していないようです」カインは言った。「でも——捜索が始まった。帝国の工作員が各地に散った」
「俺たちを、探しているのか」
「石を探している、というのが表向きだ」カインは言った。「でも——実質的には、俺たちを追っている」
「ヴァルゴが直接動くか?」ヴィナが言った。
「わかりません。でも——父の情報では、帝国が新しい作戦を立てているという話が出ている」
「新しい作戦?」
「詳細は不明だ」カインは言った。「でも——従来の封印石に頼らない方法を、検討しているかもしれないと」
「封印石に頼らない方法?」リィナが言った。「儀式には封印石が必要なのでは?」
「そこが気になる」カインは言った。
「ランスさん、何か知っているか」アルクは言った。
「……一つ、可能性がある」ランスは言った。「封印石は、守り手の力を弱めるための道具だ。でも——守り手の力が弱まるのは、他の方法でもできる。たとえば——賦活師本人が、極限まで消耗した状態になれば、守り手の力も低下する」
「つまり——封印石なしに、俺を極限まで追い詰めれば、儀式ができる?」
「理論上は」ランスは言った。「ただし、封印石より確実性が低い。封印石があれば、じわじわと守り手を弱めることができるが——消耗による弱体化は、回復すれば戻る」
「でも——封印石が足りない今、帝国がその方向を検討するなら」
「大規模な攻撃を、短期間に続ける可能性がある」リィナは言った。「回復する間もなく、連続で叩く」
「それに対抗するには——屋敷がある」ヴィナが言った。「屋敷の中では、完全に回復できる。ルミが守る場所だから、外から誰も入れない」
「そうだ」アルクは言った。「屋敷があれば、消耗しても回復できる。連続攻撃への対抗策になる」
「ルミ」アルクは言った。
「わかってる」ルミは言った。「屋敷を、もっと強くする。あたしが守る力を、今以上に高める」
「無理はするな」
「無理じゃない」ルミは言った。「やりたい。あたしが守れる場所を——もっと、みんなに安心してもらえる場所にしたい」
二 屋敷、さらなる進化
その夜、屋敷に戻ると、また変わっていた。
今回は、廊下が広くなっていた。天井が高くなって、照明が増えていた。
そして——食堂の奥に、新しい部屋が増えていた。
「新しい部屋!?」ネッサが言った。
覗くと、広い訓練場だった。石造りの床と壁。的が設置されている。魔力を帯びた照明が、明るく照らしている。
「屋敷の中に、訓練場ができた!?」ガドルが言った。
「ルミが作ったのか」バルガが言った。
「うん」ルミは言った。「屋敷の外で訓練すると、帝国に見られるリスクがある。だから——中でできるようにした」
「ルミ、天才だ」リィナが言った。
「えへへ」ルミは言った。
「照れてない」
「何も言ってない」アルクは言った。
「でも、言いそうだったから!!」
「毎回同じことを言っているな」
「毎回言いたくなるんだもん!!」
ガドルが早速、訓練場に入って斧を振った。「……広い。思い切り振れる」
「天井も高いですね!!」ネッサが言った。「コレンも練習できる!!」
コレンが、嬉しそうに訓練場に飛び込んだ。小さな炎を出して、ぐるぐると走り回った。
「コレン、嬉しそう!!」ネッサが笑った。
「ここなら、夜中でも訓練できる」ヴィナが言った。「帝国の工作員が来ていても、気にせず動ける」
「ルミ、本当にありがとう」アルクは言った。
「えへへ」ルミは言った。「アルクに感謝されると——嬉しい」
「いつも助けられている」
「あたしは——アルクのそばにいるだけで、嬉しい」ルミは言った。「それが、あたしの役目だから」
「役目だけじゃないだろ」
「……役目以上の、何かも」ルミは言った。翼を少し広げた。「——それは、言わなくてもわかってるでしょ」
「わかっている」アルクは言った。「ルミが、いてくれてよかった」
ルミが、ぱたぱたと翼を揺らした。
「……照れてない」
「何も言ってない」
「言った!! 今言った!!」
三 訓練場での夜
その夜、全員が訓練場に集まった。
アルクとヴィナが、付与をかけながらの剣の練習をした。
アルファがヴィナに付与をかける。ヴィナの《閃光斬》が一段鋭くなる。
「もっとかけてくれ」ヴィナは言った。
「お前の体が壊れる」アルクは言った。
「壊れない」
「自分でそう言う人間が、一番危ない」
「……お前は、過保護だ」ヴィナは言った。
「前の世界からの習性だ」
「前の世界では、体を治す専門家だったんだろ」ヴィナは言った。「ならば——わたしの限界を、一番よく知っているはずだ。俺が壊れない範囲で、最大をかけてくれ」
「……わかった。ただし、少しでも危ないと感じたらすぐ止める」
「それでいい」
アルクが、ヴィナの体を慎重に見ながら付与をかけた。「精密に」——アルファが、丁寧に調整した。
ヴィナが、剣を振った。
《閃光斬》が、訓練場の的を両断した。
「……これくらいが、今の限界だ」ヴィナは言った。
「そうだな」アルクは言った。「でも、以前より確実に伸びている」
「お前と訓練を続けているからだ」ヴィナは言った。「——一つ、聞いていいか」
「なんだ」
「ライナとの話で、お前は『困っている人がいれば手を伸ばす』と言った」ヴィナは言った。「それは——誰に対しても言えることか」
「そうだ」
「敵にも?」
「困っているなら、敵も関係ない」
ヴィナは、剣を鞘に収めた。しばらく黙っていた。
「——お前に、最初に会ったとき」ヴィナは言った。「霧牙の森で、あたしは死にかけていた。お前が来た。ランク外の荷運びが、武器も満足に持たずに、来た」
「そうだったな」
「あのとき——なぜ来たと思った」ヴィナは言った。「誰かが困っているから、来た。それだけだったんだろ」
「そうだ」
「あたしは最初——その理由が信じられなかった」ヴィナは言った。「でも今は、信じている。——それだけじゃないかもしれないとも、思っているが」
「それだけじゃない部分は?」
ヴィナが、アルクを見た。少し間があった。
「……今は言わない」ヴィナは言った。「言えるようになったら、言う」
「待つ」
「……馬鹿だな、お前は」ヴィナは言った。「待つ、と即座に言う男がいるか」
「待てるから言った」
「……そういうところが」ヴィナは言った。声が、少し小さくなった。
「——嫌いじゃない」
四 ネッサの決意
訓練場の隅で、ネッサがコレンと話していた。
喚魂環で、直接つながりながら。
「コレン」ネッサは言った。「あたし、今日ヴィナさんとアルクさんの話、聞こえちゃってた」
コレンが、ネッサを見た。
「聞こえちゃいけなかったとは思うけど——なんか、ヴィナさんの気持ち、わかる……」ネッサは言った。「あたしも、同じ気持ちがあるから」
コレンが、ネッサの手をぺろりと舐めた。
「……コレンも、あたしの気持ち、知ってるよね」ネッサは言った。
コレンが、ぴょん、と跳ねた。知っている、というように。
「どうしたらいいと思う?」
コレンが、アルクの方向を見た。それから、ネッサを見た。
「……真っ直ぐに、か」ネッサは言った。「コレンは、シンプルだね」
コレンが、また跳ねた。
「うん」ネッサは言った。「あたしもそうする。全部終わったら——ちゃんと、伝える。今は、全力で隣にいる。それだけでいいの」
コレンが、ネッサの頬に顔を寄せた。
「ありがとう、コレン」ネッサは言った。「——よし!! 明日も、頑張ります!!」
元気よく立ち上がった。




