第六十二話 ランスの発見と、ライナからの手紙
一 ランスの研究成果
翌日、ランスが興奮した様子で全員を集めた。
「重要な発見をした」ランスは言った。「魔核解放の技術を、さらに発展させた研究だ」
「どんな発見だ」アルクは言った。
「魔核解放を受けた魔物を、一定期間観察した」ランスは言った。「すると——解放された後、魔物の行動に変化が見られた」
「変化?」
「解放された魔物は、帝国の兵士に近づかなくなった。そして——アルクさんに近づこうとした個体が、複数いた」
「俺に?」
「賦活師の魔力は、世界の魔力の澱みを浄化する」ランスは言った。「その浄化の力が——解放された魔物にとって、心地いいものとして感じられるのかもしれない。つまり——」
「魔物が、自発的にアルクの周辺に集まってくる可能性がある?」ヴィナが言った。
「理論上は」ランスは言った。「もちろん、全ての魔物がそうなるわけじゃない。でも——賦活師が存在する場所では、魔物の異常発生が抑制される。それは以前から言っていた。さらに、解放された魔物は脅威にならないどころか、アルクさんの周囲を守ろうとする可能性がある」
「それは——」カインは言った。「賦活師が世界の楔である、という話の延長線上にある。」
「帝国が魔物を使って攻めてきても——解放した瞬間に、その魔物がアルクを守る側に回る可能性がある。そうでなくとも、賦活師の存在自体が魔物にとっても安心できる場所になり、人の脅威にならなくなる。」リィナは言った。目が輝いていた。「これは——すごい意味がある」
「でも、現時点では理論だ」ランスは言った。
二 届いた手紙
その日の午後、ヴォルタの宿屋に、一通の手紙が届いた。
差出人の名前が、なかった。
封蝋に、青い鳥の紋様があった。
「……青いマント」ヴィナが言った。
「ライナからか」カインが言った。
アルクが、手紙を開いた。
短い文章だった。
『賦活師へ。お前に伝えたいことがある。伝えるべきか、長い間迷っていた。でも——先の戦いの後、迷うことをやめた。ヴォルタ東の丘。三日後の夜明け。一人で来い。仲間を連れてくるな。これは罠ではない。証明する手段を持たないが——』
全員が、手紙を見た。
「罠だ」ヴィナが即座に言った。
「罠かもしれない」カインも言った。
「一人で、というのが、怪しい」ガドルは言った。
「でも——ライナは今まで、二度、忠告をくれた」
アルクは言った。「その忠告は、どちらも本物だった」
「三度目は罠かもしれない」ヴィナは言った。「孤立させようとしている可能性がある。封印石の儀式の条件を——」
「わかっている」アルクは言った。
「でも」
「でも?」
「ルミ」アルクは言った。「今日の手紙の気配を、感じるか」
ルミが、手紙を見た。少し間を置いた。「……恐れている気配がする。でも、決意もある。どちらも、本物に感じる」
「恐れている?」ネッサが言った。
「罠を仕掛ける側の気配じゃない」ルミは言った。
「何かを、覚悟して書いた気配がする」
「俺は行く」アルクは言った。
「一人では行かせない」ヴィナが言った。きっぱりと。
「でも、一人で来い、と——」
「隠れて付いていく」ヴィナは言った。「お前が知らなければ、一人で来たことになる。ライナには見えない場所に潜む。何かあれば、即座に動く」
「……それは、ずるくないか」アルクは言った。
「お前の安全の方が、大事だ」ヴィナは言った。
「あたしも行きます!!」ネッサが言った。
「数が増えると、隠れられない」ヴィナは言った。
「じゃあ、みんなで遠くに待機!! 何かあれば飛んでいきます!!」
「それでいい」バルガが言った。「全員で近くに待機する。アルクが一人で会う。何かあれば、全力で動く」
「アルク、それでいいか」ヴィナは言った。
「……わかった」アルクは言った。「ただ——何もなければ、ライナの話を最後まで聞く。それだけは約束してくれ」
「わかった」ヴィナは言った。「——ただし、変な動きがあれば、俺が飛び込む」
「それは、一人で来い、という条件が——」
「そこはお前が折れろ」ヴィナは言った。
三 三日間の準備
三日間、全員が様々なことをした。
ランスは魔核解放の研究を続けた。リィナが隣で記録をつけた。
「ランスさん、一つ聞いていいですか」リィナは言った。
「なんだい」
「ランスさんは——なぜ、帝国に関わろうと思ったのですか」
「関わりたかったわけじゃない」ランスは言った。
「ただ、魔核という技術が——正しく使われていないと、ずっと思っていた。魔物を傷つけるために使う技術ではない。本来は、魔物と人間が共存するための技術として、開発できるはずだった」
「魔物と共存?」
「魔物も、賦活師の楔によって守られた世界の一部だ」ランスは言った。「人間だけの世界ではない。
——だから、魔物を一方的に消すのではなく、解放する技術を作りたかった」
「それが、今の魔核解放技術に繋がった」
「そうだ」ランスは言った。「遠回りをしたが
——ここに辿り着いた」
リィナが、手帳を閉じた。「……ランスさんのような研究者が、もっといれば」
「いるよ」ランスは言った。「ただ、声を上げにくい状況があるだけで。——あなたも、そういう研究者になれる」
「……そうなれるか、わかりません」リィナは言った。「でも、なりたいとは思います」
「十分だ」ランスは言った。「なりたいと思うことが、最初の一歩だ」
四 前夜の屋敷
三日目の夜、屋敷で夕食を取った。
アルクが風呂敷を広げた。
今夜は——ちゃんこ鍋にした。鶏肉、豆腐、ごぼう、白菜、こんにゃく。力がつく、ずっしりとした鍋だ。
「ちゃんこ!?」ネッサが言った。「なんですかそれ!?」
「相撲取りが食べる料理だ。力をつけるための鍋だ」
「相撲取り!?」
「前の世界の——強い体を作り心と技と体で競い合う競技をする人たちだ」
「なんか面白い世界ですね前の世界は!!」
鍋を囲みながら、各自が話した。
ガドルがミニチュア斧の話をした。「今、棚に飾っている。いい感じだ」
「キラが作ったものは、消えないのか」カインが言った。
「消えない」ルミは言った。「最初の頃の複製は、すぐ消えていた。でも最近は、形を保てるようになってきた。成長している」
キラが、アルクの手の中でゆっくりと揺れた。ちゃんこ鍋の湯気を不思議そうに見ていた。
「キラ、今日は何か出したいものがあるか」アルクは言った。
キラが、小さな手を上げた。
「亜空間から、出したいものがある?」
キラが、ゆっくり頷いた。
「ルミ、開けてくれ」
ルミが亜空間を開いた。
キラが、小さな手を差し込んだ。
出てきたのは——一枚の、古い地図だった。羊皮紙に描かれた、大陸の地図。いくつかの場所に、印がついている。
「……これは」カインが地図を見た。「大陸全体の地図だ。でも——この印は何だろう」
「ランスさん、見てもらえますか」アルクは言った。
「ふむ」ランスが地図を見た。しばらく黙った。「……この印の場所は——魔力の澱みが特に強い場所に対応している気がする。私が調査していたデータと、一致する」
「魔力の澱みの地図、か」アルクは言った。
「キラが、これを出したかった理由は?」
キラが、アルクを見た。それから地図を見た。小さな手で、一か所を指した。
ヴォルタの近く——霧牙の森——だった。
「キラは——その場所と、地図の関係を、伝えたかったのか」カインは言った。「封印石は、魔力の澱みが強いと、効果が増幅される。ヴァルゴは、それを知っていた」
「逆に言えば」リィナが言った。「魔力の澱みを浄化すれば——これまでに設置されている封印石の効果を、弱められる?」
「理論上は」ランスは言った。「賦活師の浄化の力で、澱みが消えれば——封印石が効果を得ていた基盤が失われる」
「つまり——アルクが強くなるほど、すでに設置された封印石も弱まる可能性がある」カインは言った。
「キラが、それを教えてくれた」アルクは言った。キラに向かって「ありがとう」と言った。
キラが、体をゆらゆらさせた。
「頭いいな、キラ」ネッサが言った。
キラが、またゆらゆらした。今度は、少し得意げに見えた。




