第五十七話 情報網の再編と、屋敷の成長
一 カインへの心配
翌朝、屋敷のテーブルで、ランスが重要な話をした。
「賦活師が世界の楔である、という話の続きがある」
「まだあるのか」
「ある。——賦活師が消えると、世界は壊れ始める。でも」ランスは言った。「賦活師が完成形になると——逆のことが起きる」
「逆?」
「完成した賦活師の周囲では、魔力の澱みが急速に浄化される」ランスは言った。「二百年分の澱みが、少しずつ解消されていく。魔物の異常発生が収まる。土地が豊かになる。——帝国がそれを恐れているのは、権力のためだけじゃない」
「もう一つの理由があるのか」
「完成した賦活師の浄化の力が広がれば
——帝国が支配している、魔力で汚染された土地も、浄化される可能性がある」ランスは言った。「帝国は、汚染された土地を『魔力資源』として利用している。魔核の原料も、操作魔法の触媒も、全部汚染された魔力から作る。それが浄化されれば
——帝国の軍事力の根幹が、崩れる」
全員が、静まった。
「つまり」ヴィナが言った。「アルクが完成すれば
——戦わなくても、帝国の力が弱まる可能性がある」
「そういうことだ」ランスは言った。「だから帝国は、必死になっている。儀式を急いでいる。
——完成される前に、消さなければならない」
「そして」
アルクは言った。「ライナは、それを知っている」
「おそらく」ランスは言った。「知っていて
——それでも、帝国の側にいる」
ルミが、アルクの肩でぱたぱたと翼を揺らした。
「あの人には、どういう事情があるんだろう……」ルミは言った。
誰も、答えられなかった。
ある朝、カインが符を使い終えた後、顔色が悪かった。
ネッサが気づいた。「カインさん、大丈夫ですか!! 顔が青いです!!」
「少し、消耗した」カインは言った。「父からの通信が……最近、頻度が上がっていたから」
「ランスさん、これは体に影響が出ているんですか?」アルクは言った。
ランスが、カインを診た。「……魔力通信符の使いすぎだ。一回ごとの消耗は小さくても、積み重なると魔力の枯渇が起きる。——カインさん、しばらくは父上への通信を止めなさい」
「でも、情報が——」
「情報がなければ戦えない、と思っているだろう」ランスは言った。「でも、あなた自身が倒れたら、それこそ困る。お父上も同様だ」
カインが、しばらく黙った。「……父に、最後の通信を一度だけさせてください。しばらく連絡できないことを伝える。それ以降は、別の手段を使います」
「それでいい」アルクは言った。「カインの父さんには、本当に助けてもらってきた。これ以上負担をかけたくない」
「父は——喜んでいます」カインは言った。「賦活師の研究は、父の人生のテーマだった。お前たちを支援することが、生きがいになっていると言っていた。だから、止めると言っても聞かないかもしれないが」
「止めてもらう」アルクは言った。「カインも、父さんも、両方大切だ。本当に必要な時だけたのむ」
カインが、少し目を赤くした。「……わかりました」
二 情報網の再編
カインの父との直接通信が止まってからも、情報は入ってくるようになった。
ゴウダが各地のギルドに声をかけ始めたことで、冒険者たちのネットワークが情報を運んでくれた。
「今朝、東の港町のギルドから報告が来た」ゴウダが灰爪亭で言った。「帝国の偵察部隊が、東の沿岸部に現れているらしい。規模は小さいが、海路からの動きも警戒が必要だ」
「王都のイリア殿下からも、昨日文書が届きました」カインは言った。「王都の騎士団が、帝国の動きを追っている。沿岸の要塞に動きがあると」
「ランスさんの研究者コネクションは?」リィナが言った。
「同僚の研究者から、帝国の魔法研究に新しい動きがあると聞きました」ランスは言った。「儀式に必要な魔力量の計算が、完成に近づいているという話が出回っています」
「複数の情報源から、帝国が準備を急いでいることがわかる」アルクは言った。「でも——方向が複数ある。海路からの動きと、陸路からの動き。どちらが本命かはまだわからない」
「陽動の可能性もある」ヴィナは言った。「片方で俺たちを引き付けて、もう片方で儀式の準備をする」
「だから——全部を守ろうとするより、俺たちが強くなる方が重要だ」アルクは言った。「情報は集める。でも、振り回されない」
三 屋敷の変化
その夜、屋敷に戻ったとき、変化に気づいた。
テーブルが、大きくなっていた。
「……大きくなってる」ネッサが言った。
「うん」ルミは言った。少し得意そうに。「あたしの力が、少し伸びた。屋敷も、少し広くなった」
「寝室も増えたのか?」ヴィナが言った。
「増えた」ルミは言った。「七人分、ちゃんと個室が。それと——お風呂が入った」
「お風呂!!!」ネッサが叫んだ。「お風呂があるんですか!!!」
「入れる」ルミは言った。「あたしの力で温度を保つ。ずっと温かいまま」
「最高!!!」ネッサが飛び跳ねた。
バルガが、自分の個室を確認しに行った。しばらくして戻ってきた。「……ベッドが、俺の体格に合わせて大きくなっている」
「ルミ、みんなの体格を覚えていたのか」アルクは言った。
「覚えてる」ルミは言った。「ガドルさんの部屋は天井が高くなってる。バルガさんのベッドは大きく。リィナさんの部屋に、小さな書斎を作った」
「私の部屋に!?」リィナが言った。「見てきます!!」
リィナが駆けていった。すぐに戻ってきた。「本棚と、机と、魔力ランプが……!! 完璧な書斎です!!」
「リィナが喜んでいる」ガドルが言った。「珍しい」
「珍しくありません!!」リィナが言った。「ただ、適切に評価しているだけです!!」
「ルミ、ありがとう」アルクは言った。
「えへへ」ルミは言った。翼をぱたぱたさせた。「みんなが、ここを好きになってくれると——嬉しい。ここは、あたしが守る場所だから」
「最高の守り手だ」アルクは言った。
「……それ言われると」ルミは言った。
「照れてない」
「何も言ってない」
「でも、言いそうだったから!!」
四 ネッサ、台所に立つ
翌朝、台所から香ばしい匂いがした。
アルクが行くと、ネッサが真剣な顔で鍋を見ていた。
「何を作っているんだ?」
「味噌汁!!」ネッサは言った。「アルクさんの風呂敷から出てきたやつを参考に、この世界の食材で似たものを作ろうとして!!」
「どうだ」
「難しいです!!」ネッサは言った。「出汁が出ない!! アルクさんの味噌汁には、なんか深い味がありますよね!! あれって何ですか!!」
「昆布と鰹節というもので出汁を取っている。この世界には昆布に近い海藻があるから——」
「教えてください!!」
しばらく、二人で台所に立った。
アルクが手順を教えて、ネッサが真剣に覚えた。
「こう?」
「もう少し火を弱く」
「こう?」
「そうだ。よくできている」
「褒められた!!」
完成した味噌汁を、全員に出した。
ヴィナが一口飲んだ。「……うまい」
「本当ですか!!」ネッサが飛び跳ねた。
「本当だ」ヴィナは言った。「アルクのものとは少し違う。でも——ネッサが作ったとわかる味がする」
「ネッサが作ったとわかる味!?」ネッサが言った。
「温かい味だ」ヴィナは言った。「お前らしい」
ネッサが、目を潤ませた。「……ヴィナさん、なんかいいこと言いますね!!」
「たまには言う」ヴィナは言った。「たまには、な」
アルクが、一口飲んだ。「おいしい。ちゃんと出汁が出ている」
「アルクさん!!」ネッサが言った。「言ってたじゃないですか、食べてみたいって!! 覚えてくれてたんですね!!」
「覚えていた」
「……もう!!」ネッサが言った。顔が赤い。「そういうこと言うから!!」
ヴィナが、静かにもう一口飲んだ。その横顔が、少しだけ柔らかかった。




