第五十六話 魔核を解放する技術と、ライナの動揺
一 実戦テスト
数日後、リィナとランスの共同研究が、実戦テストの段階に入った。
ヴォルタ近郊に、操られたCランクの魔物が現れたという報告があった。
「試す機会だ」リィナは言った。
「失敗したら、暴走する可能性がある」アルクは言った。「バルガ、その場合は頼む」
「任せろ」バルガが大盾を構えた。
魔物は、黒い目をした中型の熊型魔物だった。本来は人里には来ない種類だが、魔核で操られて街道に出てきていた。
「あの魔物の魔核に、特定の周波数の魔力をぶつける」ランスは言った。「リィナさんが魔力を生成して、アルクさんが付与で周波数を精密に調整する。——タイミングは一致させないといけない」
「わかった」アルクは言った。「リィナ、俺の付与に合わせてくれ。お前の魔力の流れを感じながら、周波数を調整する」
「はい」リィナは杖を構えた。
アルクが、アルファの力を借りてリィナに付与をかけた。
今回は強化ではなく——「精密に」という付与。魔力の量を上げるのではなく、質を変える。周波数を、ランスが指定した値に合わせる。
「……感じる」リィナは言った。「いつもの魔力と違う。もっと細かく、精密な流れになっている」
「今だ、リィナ」ランスが言った。
リィナが、細い光を放った。魔物の頭部——魔核がある場所に向けて。
魔物が、たじろいだ。
そして——黒い目が、少しだけ変わった。
赤みが、消えていく。
「……効いている!!」ランスが言った。「魔核が反応している!!」
魔物の目が、完全に黒から元の茶色に戻った。
魔物が、ぼんやりと周囲を見渡した。自分がどこにいるかわからない様子だった。それから——森の方向に、走っていった。
「……逃げた。暴走しなかった」ヴィナが言った。
「解放された」ランスは言った。目が輝いていた。「魔核が無効化されて、元の本能が戻った。魔物は、本来の場所に帰ろうとした」
「できた……!!」リィナが言った。「帝国の魔物を、戦わずに解放できた!!」
「付与で周波数を調整することが、鍵だった」ランスは言った。「普通の魔術師では、この精密さが出せない。——賦活師がいるからこそ、できる技術だ」
「これが使えれば」カインは言った。「帝国の魔物軍団を、一体ずつ無力化できる可能性がある」
「時間はかかる」リィナは言った。「一体ずつだから、大軍相手には向かない。でも——特定の強い個体を無力化するには、有効だ。Sランク魔物の魔核を無効化できれば、戦わずに倒せる」
「帝国の切り札を、切る前に解除できる」アルクは言った。
二 帝国側で何かが起きている
その夜、カインに父からの通信が届いた。
「父が、帝国内部の情報を掴みました」カインは言った。
「なんだ」
「四将の中で——意見の対立が起きているようだ、と」カインは言った。「詳細は不明だが、ヴァルゴの儀式を急ぐ方針に対して、異論を唱えている者がいるらしい」
「異論?」
「賦活師を消すことで世界が壊れることを——受け入れられない者が、帝国内にいるということかもしれない」ランスが言った。「帝国の人間全員が、権力のためなら世界を犠牲にしていいと思っているわけではないはずだ」
「その異論を唱えているのが、誰かはわかるか?」ヴィナが言った。
「……わからない」カインは言った。「でも——父は、こう付け加えています。『帝国のある高位の人物が、賦活師を消すことの代償について、内部で問題提起をしている。ヴァルゴは、その人物を危険視している』」
全員が、同じことを思ったはずだ。
でも、誰も口にしなかった。
三 ライナが再び現れた
翌日の夕暮れ、ヴォルタの城壁の外に、一人で立っている人物がいた。
青いマントのライナだった。
今回は、アルクが一人で外を歩いていて、偶然見つけた。
ライナはアルクに気づいたが——逃げなかった。
「また、忠告か」アルクは言った。
「今日は——忠告ではない」ライナは言った。声が、いつもより少し低かった。
「では何だ」
「……一つ、確認したいことがある」ライナは言った。「賦活師を消すと、世界の魔力が澱む。それを、お前は知っているか」
「今日、知った」アルクは言った。
「帝国の上層部は——全員が知っている」ライナは言った。「知っていて、消そうとしている」
「それを、お前はどう思っている」
ライナは、しばらく黙った。
「……帝国の方針に従うのが、私の役目だ」ライナは言った。
「それが答えか?」
「……私の個人的な考えは、関係ない」
「そうは聞こえなかった」アルクは言った。「お前は今——俺に確認しに来た。知っているか、と。なぜ確認しに来た?」
ライナが、アルクを見た。長い沈黙があった。
「……知っていなければ、教えようと思っていた」ライナは言った。「それだけだ」
「なぜ、俺に教える必要がある。俺は帝国の敵だ」
「それは——」ライナは言いかけて、止めた。「次に会うときは、戦場だ。——そのつもりでいろ」
ライナが、踵を返した。
「ライナ」アルクは呼んだ。
ライナが止まった。
「世界が壊れることを、コストとして受け入れろと
——誰かに言われているのか」
ライナは答えなかった。
でも——マントの端が、わずかに揺れた。
それだけで、アルクには十分だった。
「俺は——どんな事情があっても、世界を守ることを諦めない」アルクは言った。「一人の命も、コストとは思わない。帝国の兵士も、操られた魔物も——本当は、誰も犠牲にしたくない」
ライナは、振り返らなかった。
「……その言葉が、嘘でないなら」ライナは言った。非常に小さな声で。「——厄介な話だ」
そのまま、消えた。
四 アルクが一人で考えること
その夜、屋敷の窓から外の白い光を見ながら、アルクは考えていた。
ルミが隣に止まった。
「あの人……ライナ、に会った後のアルクは、いつも少しだけ、複雑な顔をする」
「そうか」
「どんな人だと思った?」ルミは言った。
「……まだわからない」アルクは言った。「でも——帝国の方針に、全部同意しているわけじゃないと思う。かといって、裏切る気配もない。ただ——何かを、抱えている」
「会うたびに、少しずつ違う気がする」ルミは言った。「最初の会談より、今日の方が——近かった気がした。気配が」
「近かった?」
「感情的に」ルミは言った。「最初は、氷みたいに閉じていた。でも今日は——少しだけ、隙間があった気がした」
「それが何を意味するかは、わからない」アルクは言った。
「うん」ルミは言った。「でも——あたしは、あの人を敵だとは感じていない。敵ではないとも言えないけど」
「難しい存在だ」
「うん」ルミは言った。「でも、難しい人の方が——アルクには、向いてると思う」
「なぜ」
「アルクは、答えを押しつけない」ルミは言った。「ただそばに立つ。それが、あの人には必要な気がする」
アルクは、しばらく黙っていた。
「ルミ」
「なに」
「お前は、鋭いな」
「えへへ」ルミは言った。
「照れてない」
「何も言ってない」
「……でも、なんか照れた」
アルクは笑った。




