第五十四話 広まる噂と、新たな集まり
一 ヴォルタに戻る道
霧牙の森から引き上げながら、全員が静かだった。
ヴァルゴ。二百年生きている男。ロスを直接消した男。
「どのくらいの強さだと思う?」ゴウダが言った。
「測れなかった」ヴィナは言った。「あの場で戦いにならなかったから。でも——気配だけで、今まで感じたことのない重さがあった」
「ドルガより上か?」
「段違いだと思う」リィナは言った。「杖から漏れ出している魔力の量が、ドルガの比ではなかった。二百年間、力を磨き続けた存在だ。——でも、今日は本気ではなかった」
「偵察だった、ということか」カインは言った。「俺たちの現状を把握した。そして儀式の準備を急ぐと言った」
「時間がなくなってきた」アルクは言った。
「でも——キラが動いた」ネッサが言った。少し明るい声で。「初めて、ちゃんと戦いで役に立った!!」
キラは、アルクの手の中でまだいた。今日は、ずっと長く出ていられていた。
小さな手が、アルクの指をぎゅっと握ったまま離さない。
「キラ、疲れたか」アルクは言った。
キラが、小さくゆっくり頭を振った。首を振ったのかどうか、まだぼんやりしているが——「まだ大丈夫」という感じだった。
「頑張ったな」アルクは言った。
キラの小さな手が、もう少し強く握った。
「……ルミの光の複製か。あれが、キラの最初の実戦だった」ルミは言った。「あたしの力を借りてくれた。嬉しかった」
「先輩として、どうだった?」アルクは言った。
「……キラは、真面目だと思う」ルミは言った。「無茶はしない。できることをできる範囲でやる。——あたしと、少し似てる」
『——うちとは真逆やな!!』アルファが言った。
「そうだね」ルミは言った。
『それは認めるけど!! うちかてちゃんとやる時はやるで!!』
「知ってる」ルミは言った。「あなたが一番頑張ってる時は、いつも誰かのためにだよ」
アルファが、珍しく静かになった。
『……なんか、恥ずかしいこと言うなや、先輩』
二 冒険者登録の余波
ヴォルタに戻ると、灰爪亭の前に人が集まっていた。
見知らぬ冒険者たちだ。五人、十人——二十人近くが、ギルドの前でざわめいている。
「なんだ、これは」ガドルが言った。
「アルクの冒険者登録が、各地のギルドに通達されたんです」タークが外に出てきて言った。「鑑定不能・Bランク・ヴォルタのギルド所属——という情報が流れて。ヴリトラを倒した、バジリスクキングを倒した、帝国の軍勢を退けた、という話も一緒に」
「それで、集まった?」
「賦活師という名前も広まった。知る者は知っている言葉だ」タークは言った。「——直接会いたいという者たちが来た。中には遠くから数日かけて来た者もいる」
「なぜ」
「賦活師に付与してもらいたいという者。賦活師の存在を確かめたいという者。——そして」タークは少し間を置いた。「帝国と戦いたい、という者」
アルクは、集まった人々を見た。
様々な顔があった。若い冒険者。老いた剣士。商人のような男。傷を負った女性冒険者。
「……話を聞こう」アルクは言った。
三 帝国への怒り
灰爪亭の食堂に全員が集まった。
一人の男が、前に出てきた。四十代、体格がいい。腕に、古い傷跡がいくつもある。
「俺は北の港町の冒険者だ、バーグという」男は言った。「一年前——俺の街が、魔物に襲われた。後でわかったことだが、帝国が魔核を埋め込んだ魔物を、俺たちの街に向けて放ったんだ」
「……それで?」
「街の仲間が、七人死んだ」バーグは言った。「俺の娘も、一人。魔物に殺された」
食堂が、静まった。
「俺は帝国に復讐したい、という気持ちだけで動いていた」バーグは続けた。「でも——賦活師がいると聞いて。俺は復讐ではなく、守るために戦いたいと思い直した。娘が死んで、もう守れなかった。でも——まだ守れるものがある」
「一緒に行動したい、ということか」アルクは言った。
「そうだ。力になれるかはわからない。でも——何かしたい」
次に、若い女性が前に出た。二十代。弓を背負っている。
「あたしはセナ。東の山岳地帯から来ました。あそこも、魔物の異常出没で苦しんでいます。でも、ギルドに人手がなくて——帝国に対抗できる誰かを、ずっと探していた」
さらに、老いた魔術師が手を挙げた。「私はランス。王都の研究者を辞めて、フリーになった老人だ。魔核制御術の研究をしている。帝国のその技術に、対抗する方法を考えている。——賦活師の付与と組み合わせれば、魔核を外から無効化できるかもしれない。一緒に研究させてほしい」
「魔核を無効化できるの?」リィナが前のめりになった。
「理論段階だ。でも——可能性はある」
アルクは、全員を見渡した。
「今すぐ、全員をパーティに加える、ということはできない」アルクは言った。「俺たちには、俺たちの仲間がいる。でも——協力はできる。情報を共有する。力が必要なときに頼ってほしい。俺たちも、力が必要なときは頼る」
「それで十分だ」バーグは言った。
「では——まず、魔核の研究を聞かせてくれ」アルクはランスを見た。「それは、帝国の根本的な力を弱める話だ。重要だ」
四 魔核の研究と、新たな可能性
その夜、ランスとリィナが話し合いを始めた。全員が聞いた。
「魔核制御術の仕組みは——魔物の脳の中にある魔核という器官に、特定の周波数の魔力を持つ水晶を埋め込む」ランスは言った。「その水晶が、魔物の魔力の流れを帝国の命令系統に繋ぐ。単純に言えば、魔物の脳をハイジャックする技術だ」
「外から無効化するには?」リィナが言った。
「魔核の水晶は、特定の周波数の魔力に弱い。その周波数の魔力をぶつければ、水晶が共鳴して壊れる。でも——その周波数を正確に生成するのが難しい。普通の魔術師では、精度が足りない」
「アルクさんの付与が使えるんじゃないですか?」ネッサが言った。
「そうだ」ランスは言った。「賦活師の付与は、魔力の質を変える力がある。もし付与で、私の魔法の周波数を精密にコントロールできれば——魔核を外から壊せる可能性がある」
「つまり——魔核を壊して、制御を解除すれば」アルクは言った。「帝国の魔物は、ただの魔物に戻る」
「そうだ。あるいは、苦しみから解放されるかもしれない」ランスは言った。「魔核を埋め込まれた魔物は、痛みを感じながら強制的に動かされている。——哀れな存在だ」
「魔物を解放する、か」バルガが言った。静かに。
「俺は、ずっと魔物を倒すことしか考えていなかった。でも——そういう見方もあるのか」
「帝国が本当の敵で、魔物は被害者でもある」アルクは言った。「戦い方が、変わるかもしれない」
「試してみましょう」リィナは言った。「ランスさん、一緒に研究させてください」
「喜んで」ランスは言った。「——賦活師と魔術師の組み合わせが、帝国の最大の武器を無効化できるかもしれない。それは、この戦いの流れを変える」
五 夜の屋敷、少しだけ前へ
その夜、全員が屋敷で休んだ。
ゴウダも初めて屋敷に入って「信じられない」と言った後、暖炉の前で深く眠った。
アルクが、屋敷の廊下を歩いていると、ネッサが台所で何かをしていた。
「何をしているんだ?」
「あ!! アルクさん!!」ネッサが振り返った。
「屋敷の台所が使えるか試してました!! 前の世界の料理、あたしも作れるかなって思って!!」
「作れるのか?」
「難しいですね……!!」ネッサは言った。「アルクさんの風呂敷が出してくれるのとは、全然違う。やっぱりアルクさんは特別なんですよ!!」
「ネッサが作ったものも食べてみたいな」アルクは言った。
「え——」ネッサが、固まった。
「俺が出すものばかりだから。ネッサが作ったものを、食べてみたい」
「……っ!!」ネッサが顔を赤くした。「わかりました!! 練習します!! いつか絶対!!」
「楽しみにしてる」
「っも——!! もう!!」ネッサが言った。「そういうこと言うから!!」
「何かした?」
「したんです!! おやすみなさい!!」
ネッサが台所から飛び出していった。
少し後、廊下でヴィナに会った。
「また、ネッサを困らせたか」ヴィナは言った。
「困らせたつもりはなかった」
「だから、鈍いと言っている」ヴィナは言った。それから、少し間を置いた。「——アルク。一つだけ言っておく」
「なんだ」
「あたしは——お前のそういうところが、嫌いではない」ヴィナは言った。「鈍くて、でも一言一言が重くて。意図せず人の心を動かす」
「ヴィナ——」
「それだけだ」ヴィナは言った。「言いたかっただけだ。おやすみ」
ヴィナが、部屋に入った。
アルクは廊下に一人残って、しばらく動けなかった。
ルミが肩に降りた。「……アルク」
「なんだ」
「今度は、ちゃんと気づいたか」
「……気づいた」
「よかった」ルミは言った。「でも、どうするかは——ゆっくり考えて」
「ああ」
「ただ」ルミは言った。「どちらも、大切にしてあげて」
「わかった」
「それから——」ルミは少し間を置いた。「あたしのことも、忘れないで」
「忘れない」アルクは言った。「誰が増えても」
「……うん」ルミは言った。「知ってる。でも、たまに言いたくなる」




