第五十二話 キラの片鱗と、合体技の進化
一 朝の屋敷
屋敷の中で、初めて全員が一泊した。
起きると、全員の顔が違った。疲れが、完全に取れている。
「……すごい」バルガが言った。「一晩で、体が完全に回復した。怪我の痛みも消えた」
「ルミの屋敷は、回復効果があるのか?」ガドルが言った。
「意識して入れた」ルミは言った。「ここはあたしの場所だから。あたしの力が、空間全体に満ちている。いるだけで、少しずつ回復する」
「宿よりずっといい!!」ネッサが言った。
「これからは、戦いの後にここで休める」アルクは言った。「体力の回復が、格段に早くなる」
「戦術的にも大きい」ヴィナは言った。「夜営中に攻撃される心配もない」
「あたしが守る場所だから、外から誰も入れない」ルミははっきりと言った。「完全に安全だ」
コレンが、朝から機嫌よく屋敷を走り回っていた。アルファが、屋敷の窓枠に浮かんで外の白い光を見ていた。
『——ここ、好きやわ』アルファが言った。『なんか、落ち着く』
「珍しい」ルミが言った。「アルファが落ち着いてる」
『うちかて、落ち着くときもある!!』
「ないよ」
『ある!!』
二 キラ、もう少し見えた
朝食の準備をしていたとき、四番目の気配が動いた。
アルクが感じて、手のひらを上に向けた。
ふわり、と何かが手のひらに降りた。
重さが、ある。前回のような「一瞬光が見えた」レベルではない。
全員が、そっとアルクの手のひらを覗き込んだ。
そこにいたのは——小さな生き物だった。
手のひらに収まるくらいの大きさ。全身が白い産毛に覆われていて、小さな翼が二枚、背中にある。丸い目が、アルクを見上げていた。首のあたりに、虹色に輝くたてがみのようなものが薄く見える。尻尾は細くて、先端が光っている。
そして——両前足に、小さな手がついていた。人間の赤ちゃんの手のように、五本の指が。
「……かわいい」ネッサが言った。声が、震えていた。
「かわいい……!!」
「声を出すな、驚かせる」ヴィナが小声で言った。でも、ヴィナ自身も、目を見開いていた。
生き物が、アルクの手のひらの上で、小さな手を一度、ぎゅっと握った。
「……キラ、か」アルクは言った。言葉が、自然に出た。「光を複製する者」
生き物が、アルクを見た。
それから——消えた。また、気配に戻った。
「……また消えた」ガドルが言った。
「疲れたんだと思う」ルミは言った。「でも——今日は、ずっと長く出ていた。少しずつ、強くなってる」
「手があった」カインは言った。「小さいけど、確かに。五本指だ」
「複製の力を持つなら——手があれば、操作が細かくできる」リィナは言った。手帳に書きながら。「単なる複製より、応用範囲が広がる。具体的には——」
「後で分析してくれ」アルクは言った。でも、笑っていた。
「キラ……!! かわいかった!!!」ネッサが言った。「また出てきてくれるかな!!」
「少しずつ」ルミは言った。「時間がかかるけど、確実に成長してる」
三 合体技の新バリエーション
午後、郊外で合体技の訓練をした。
喚魂環を着けたネッサが、コレンと直接意思疎通しながら、新しい技を試す。
「今日は、三つ試したい」ネッサは言った。
「言ってくれ」アルクは言った。
「一つ目——コレンの炎を、一点に超集中させる技。《焦点炎》。広く散らすのではなく、一点に全部を込める。ドリルみたいに貫通する炎」
「《嵐の瞬獄雷》の炎版か」リィナが言った。「理論的には、内部破壊も可能だ」
「アルクさんの付与で、コレンの炎の密度を上げてもらえれば」ネッサは言った。
「やってみよう」
アルクがアルファの力でコレンに付与をかけた。「密度を上げろ、一点に」——コレンの炎が、みるみる絞られて、細い光の針のようになった。
コレンが、その針を岩に向けて放った。
岩に、小さな穴が開いた。でも——穴の奥から、岩が崩れていた。貫通して、内側を焼いた。
「できた!!」ネッサが叫んだ。
「二つ目は?」アルクは言った。
「コレンが仲間を包む技。《守護の焔衣》。炎で鎧を作る。石化や毒などの特殊攻撃を防ぐ」
「ルミの回復の光と組み合わせたら?」アルクは言った。
「そう思って!! やってみます!!」
ルミの光とコレンの炎を組み合わせた。全員の体に、白い炎の薄い膜が纏わりついた。
「温かい……!!」ネッサが言った。「コレンが言ってます、これで石化も毒も防げる、って」
「白銀の守炎の防御版か」ヴィナが言った。
「三つ目は——コレンが分散する技。《炎の分身》。コレンが小さく二つに分かれて、二か所同時に攻撃する」
「それは、キラの複製能力と似ているな」カインが言った。
「そう思って、今日試したかったんです!! 喚魂環でコレンと繋がってから、コレンが『自分でも二つになれるかもしれない』って言ってて!!」
「面白い。やってみてくれ」
コレンが、目を閉じた。少し間があって——コレンの体が、ぼんやりと二つに分かれた。
二体のコレン。でも、片方は半透明だった。
「……半分は薄い」ネッサが言った。「コレンが言ってます、まだ不完全だって。でも、方向は合ってる、って」
「十分だ」アルクは言った。「方向が見えれば、あとは鍛えるだけだ」
「キラが成長して複製の力が使えるようになったら——コレンの分身と、キラの複製が合わさって、さらに強くなるかもしれませんね!!」ネッサが言った。
「確実に、そうなる」リィナは言った。「あなた、たまに鋭いですよね」
「たまにって何ですか!! いつも鋭いです!!」
四 ヴォルタの夜、ネッサのひとこと
夜、屋敷で休む前に、ネッサがアルクを呼び止めた。
「アルクさん、少しだけ」ネッサは言った。
「なんだ」
「えっと——」ネッサは少し俯いた。「あたし、ずっと言えなかったことがあって」
「ん?」
「アルクさんって——本当に、気づかないですよね。いろんなこと」ネッサは言った。
「そうかもしれない」アルクは言った。「けど……何のことだ?」
「ヴィナさんも、あたしも——」ネッサは言いかけて、止めた。「いや、やっぱりいいです!!」
「やめるのか」
「やめます!! でも!!」ネッサは顔を上げた。「一つだけ言わせてください」
「なんだ」
「アルクさんがいてくれて——よかったです。本当に」ネッサは言った。「前は、ずっとギルドの帳簿を付けてて、外の世界を旅の人たちの話で想像するだけで。でも今は——こんなに遠くまで来て、すごい仲間がいて、コレンと本当に話せるようになって。全部、アルクさんがいなかったら、なかったことだから」
「ネッサが来てくれたから、俺たちも助かった」アルクは言った。「一人じゃなかった分、何度も乗り越えられた」
「それ、言えるんですよね、さらっと」ネッサは言った。「ずるいですよ、ほんと」
「ずるいか?」
「ずるいです!!」ネッサは言った。顔が赤かった。「おやすみなさい!!」
ネッサが、足早に自分の部屋に入っていった。
アルクはしばらくその場に立っていた。
廊下の角で、ヴィナが壁に寄りかかっていた。
「聞いていたのか」アルクは言った。
「偶然だ」ヴィナは言った。目を逸らしながら。「……鈍い男だな、お前は」
「よく言われる」
「自覚しろ」ヴィナは言った。「自覚して——ちゃんと考えろ。いつかは答えを出さないといけない」
ヴィナは自分の部屋に入った。
ルミが、アルクの肩に降りてきた。
「……アルク」ルミは言った。
「なんだ」
「二人とも、ちゃんと伝えてるよ」ルミは言った。「あとは、アルクが気づくだけ」
「……わかってる」アルクは言った。
「え、わかってるの?」ルミが言った。少し驚いた顔で。
「なんとなく」
「なんとなく!?」
「どうすればいいか、わからないだけだ」
「……鈍い」ルミは言った。「でも、鈍くないのか。複雑だね」
「そうだ」アルクは言った。「複雑だ」




