⭐️第四十九話⭐️ 総力の合奏、魔核を撃て!!
一 行方不明の二つ目
移送は成功した。
北の迂回路を使ったことで、街道の罠を回避できた。封印石の容器は、王都の地下金庫に無事に収まった。
でも——その夜、カインに父からの通信が届いた。
「……父が、霧の回廊の施設について、新しい情報を掴みました」カインは言った。
「なんだ」
「施設は、俺たちが装置を壊した後、帝国が再建を始めています。そして——地下のさらに深い場所に、二つ目の封印石が保管されていた。でも」
カインは、続きを言うのをためらった。
「どうした」
「二つ目の封印石が——消えた。施設のどこにも、ない。父が調べた結果、施設から移送された形跡があります。目的地は——不明」
全員が静まった。
「帝国が、二つ目を動かした」ヴィナが言った。
「どこかに、設置しようとしている可能性があります」カインは言った。
アルクは、体の奥を意識した。防御の守り手の気配。今も静かに脈打っている。
一つ目の封印石が設置されて、すでに三割削られている。
二つ目が設置されたら——。
「探す」アルクは言った。「設置される前に、見つける」
ルミが、アルクの肩で強く光った。
アルファが、静かに言った。
『——アルク、急いだ方がええ。うちらには時間がない』
カインからの報告を聞いた翌朝、全員で会議を開いた。
「整理しよう」アルクは言った。「封印石は三つある。一つ目は、霧牙の森の深部にすでに設置されている。俺の守り手が、今も侵食され続けている」
「三割削られている」ルミは言った。静かに。
「二つ目が、問題だ」アルクは続けた。「霧の回廊の施設の地下にあったはずが、帝国が移送した。今どこにあるか、わからない」
「三つ目は?」ネッサが言った。
「ルーエで、バジリスクキングのそばで見つけた容器入りのもの。未設置の状態だったから回収できた。今は王都の地下金庫にある」カインは言った。
「つまり今は……一つ設置、一つ行方不明、一つ王都で保管中、という状況だ」ヴィナは言った。
「そうだ」アルクは言った。「二つ目が設置されると——」
「守り手の侵食が、一つ目の倍以上のスピードで進む」ルミは言った。声が、少し重かった。「あの子——防御の守り手——が、今より相当しんどくなる。今は三割削られながらも全力で頑張っている。二つ目が設置されたら、六割以上削られる計算になる」
「残り四割で、守り続けられるか?」アルクは言った。
「……できると思う。でも」ルミは翼を少し下げた。「余裕がなくなる。今より、守り手への負担が格段に上がる」
「二つ目を探して、設置される前に阻止する必要がある」アルクは言った。
「でも——どこにあるかがわからない」リィナが言った。「手がかりがない」
そのとき、カインの符が光った。父からの通信だ。
カインが読み上げた。「『二つ目の封印石の行き先が、わかった。大陸の南部——古代の地下遺跡《深淵の間》に、帝国の部隊が向かっているという情報が入った。深淵の間は、魔力の流れが特殊な場所で、封印石の効果が増幅される可能性がある。もし、そこに設置されると——通常の三倍の侵食速度になる』」
「さ、さ、さ、さっ、さっ、さっっ、三倍……!!」ネッサが言った。
「急ぐ必要がある」アルクは即座に言った。
二 深淵の間へ
南部への旅は、三日かかった。
大陸南部の岩山地帯。その地下深くに、古代の遺跡が眠っているという。
入口は、岩壁に刻まれた古い扉だった。魔力で封じられていたが、ルミの力で開いた。
「……暗い」ネッサが言った。
「松明を出す」アルクは言った。亜空間から松明を複数取り出した。
「ここに、帝国の部隊が来ているのか」ガドルが言った。
「足跡がある」ヴィナが地面を見た。「複数人、最近通った」
「急ごう」
地下を進むと、遺跡は想像以上に広かった。石の回廊が続き、古い文字が壁に刻まれている。
「これは……」カインが壁の文字を見た。「賦活師の言語だ。二百年前より、さらに古い。もっと昔の賦活師が、ここに何かを残した」
「後で読む」アルクは言った。「今は前へ」
遺跡の中心部に近づくにつれて、魔力の気配が濃くなった。
そして——声が聞こえた。
複数の人間の声。帝国の部隊だ。
三 地の底の戦い
中心部の広間に出た。
そこに、帝国の部隊が二十人。そして——その中央に、見慣れない人物が立っていた。
四十代の男。白衣を着て、眼鏡をかけている。目が爛々と輝いていて、どこか狂気じみている。
「《セラフ》か」ヴィナが言った。
「四将の二番。魔核師の長」リィナは言った。「来ていた」
セラフが振り返った。アルクたちを見て——笑った。
「来たか、賦活師。ちょうどよかった。今まさに、設置しようとしていたところだ」
セラフの手に、黒い石が握られていた。二つ目の封印石だ。
「渡してくれ」アルクは言った。
「渡す?」セラフは言った。楽しそうに。「バカか。それはできない。これは、私の研究の集大成だ。百年かけて開発した反守り手結晶——これを設置すれば、あの防御の守り手が弱まる。そうすれば、ようやく賦活師の体を解析できる。守り手という存在の構造を、私は研究したくてたまらない」
「守り手を——研究する?」アルクは言った。
「そうだ」セラフは言った。「帝国の方針は、賦活師を消すこと。だが、私の目的は消すことではない。守り手という未知の存在を、解剖して理解すること。——消した後の守り手の残滓を分析するのでも、十分だがね」
「解剖……!」ルミが、アルクの肩で身を固くした。
「設置させない」アルクは言った。
「止めてみるといい」セラフは兵士たちに手を振った。「それと——今日は、特別なものを用意した」
広間の奥の扉が開いた。
現れたのは、巨大な魔物だった。
全身が黒い甲殻に覆われた、蠍の魔物。体長七メートル以上。尾の先の針が、紫色に輝いている。六本の腕にそれぞれ鎌がついていた。
「《黒鉄蠍》」リィナが言った。「Sランク。尾の毒針は、触れただけで即死級の毒が入る。甲殻は——ほぼ全ての攻撃を弾く」
「魔核が入っているのか」アルクは言った。
「もちろん」セラフは言った。「私の最高傑作だ。さあ——賦活師、お前の守り手たちが、どこまで頑張れるか見せてもらおう」
四 黒鉄蠍、絶望の甲殻
黒鉄蠍が、動いた。
体長七メートルの黒い甲殻が、地を擦って迫る。六本の鎌が、それぞれ別の生き物のように蠢いた。
「バルガ!!」アルクが叫んだ。
「来い——!!」バルガが前に出た。大盾を構え、腹の底から《鉄壁の号令》を放った。
ゴォォォン——!!
魂を揺さぶる圧力が、広間を満たした。本来なら、どんな魔物も恐怖で足を止める一撃。
だが——黒鉄蠍は、止まらなかった。一歩も。
「魂への圧力が、効かない!?」バルガが目を見開いた。
「魔核で制御されているからだ!!」リィナが叫んだ。「本能的な恐怖を、人工的に消されている……!! あれは、怖れを知らない兵器だ!!」
黒鉄蠍の鎌が、横薙ぎに振られた。バルガが盾を斜めに構え、刃を受け流す。鎌が盾の表面を滑り、横へと逸れた。
「受け流した……!!」バルガが体勢を立て直した。「正面で受けず、逃がす……! これなら、保つ……!!」
その隙に、ヴィナが側面から斬り込んだ。
「《閃光斬》——!!」
光の軌跡が、黒鉄蠍の脚の付け根に走る。
だが——刃が、甲殻に弾かれた。火花が散り、傷一つつかない。
「……っ、硬い!!」ヴィナが舌打ちした。「これは、今までのどんな魔物とも違う……!!」
「ガドル、関節を狙え!!」アルクが叫んだ。「甲殻の継ぎ目なら——!!」
「おうよ!!」ガドルが回転を始めた。アルクが付与を乗せる。「速く、重く!!」
「《豪風斬》ォ!!」
遠心力を乗せた斧が、黒鉄蠍の脚の関節に叩き込まれた。
ガキィン、という硬質な音。脚が、わずかにぐらつく——が、折れない。
「関節すら、硬いのか……!! しかも、目が回る……!!」ガドルがよろめいた。
その隙を、黒鉄蠍は見逃さなかった。尾が跳ね、紫に輝く毒針が、よろめいたガドルめがけて飛ぶ。
「ガドル!!」
間に合わない。その時——きらきら、と銀の光が、ガドルの傍らで弾けた。
アルクが、ガドルへ手を伸ばし、念じていた。「守ってくれ、ガドルを」。自分のためでなく、仲間のために、防御の守り手の力を初めて“向けた”。薄い銀の光が滑り込み、毒針を弾く。針が壁に突き刺さった。
「……助かった」ガドルが汗を拭った。「お前の守りが、俺にまで届くのか」
「届かせた。だが、長くは無理だ」アルクは言った。「あの子の力は、本来、俺を守るためのものだ」
「十分だ」バルガが言った。「アルク、お前は付与と守りに専念しろ。前は、俺たちが支える」
五 喚魂環の覚醒と、一度目の勝機
戦況は、好転しなかった。
黒鉄蠍の甲殻は、ヴィナの《閃光斬》もガドルの 《豪風斬》も弾く。バルガは受け流しで凌ぐが、毒針の雨はやまない。
「リィナ!!」アルクが叫んだ。「《嵐の瞬獄雷》で、内部から破壊できるか!!」
「やってみます!!」リィナが杖を構え、雷を一点に超圧縮し始める。
だが——《嵐の瞬獄雷》は、圧縮に時間がかかる。黒鉄蠍の八つの目が、その「動かない標的」を捉えた。尾がしなり、毒針がリィナへ。
「リィナ!!」ネッサが絶叫した。
ヴィナが飛び込み、剣で毒針を弾く。だが、弾いた針の先端が、リィナの左腕をかすった。
「っ——毒が……腕が、痺れて……!!」リィナの顔が歪み、圧縮していた雷が霧散した。
「ルミ!!」アルクが叫んだ。
「行く!!」ルミが飛び、リィナの腕に白い回復光を当てる。毒の侵食が、目に見えて遅くなった。
だが、黒鉄蠍は止まらない。鎌が、毒針が、四方から襲いかかる。アルクは全員に付与を巡らせながら、戦況を見た。甲殻は破れない。毒針は防ぎきれない。《嵐の瞬獄雷》は撃つ前に潰される。
——詰んでいる。
「セラフ……お前は、これを見て楽しんでいるのか」アルクは、奥で笑う魔核師を睨んだ。
「ああ、楽しいとも」セラフは眼鏡を押し上げた。「もっと足掻け。お前たちの限界が、見たい」
その瞬間——アルクの体の奥で、四番目の気配が、今までにない強い脈動を放った。
「ルミ……!! 四番目が、動いてる!!」
「わかる……!! アルク、亜空間を開いて!! 今すぐ!!」
アルクが亜空間を開いた。奥から、金属製の彫刻が施された箱が浮かび上がる。その箱を押し出すように、薄い光の中に、小さな手の輪郭が二本——四番目だ。眠ったまま、必死に箱を押し出している。
箱が開いた。透き通った素材の腕輪。底に、古い言語の紙片。
「カイン、読めるか!!」
「『召喚師へ』」カインが、戦いの最中、声を張り上げた。「『これは《喚魂環》——召喚師専用の伝説の装備。着けた召喚師は、召喚獣と魂で直接繋がり、その力を数倍引き出す。ただし、使い手が覚悟を決めたときにしか、真の力は発揮されない』」
「ネッサ!! 着けろ!!」アルクが叫んだ。「お前とコレンなら、できる。覚悟を、決めろ!!」
ネッサの目が揺れた。リィナが毒に苦しみ、皆が削られていく。その光景を見て——ネッサの目に、火が灯った。
「……やります」ネッサが、腕輪を左腕に着けた。 「あたしが、みんなを、助ける!!」
腕輪が、光った。コレンが、白銀の光を深くまとった。
「コレン……!! 気持ちが、全部伝わってくる……!!」ネッサが目を見開いた。「コレン!! あの甲殻の弱点を教えて!! 炎の獣のあなたなら、感じ取れるはず!!」
ネッサが目を閉じ、コレンと魂で繋がる。一秒、二秒——目が、かっと開いた。
「——わかった!! 甲殻は物理も魔法も弾く。でも、熱だけは逃がせない!! 継続的に熱を当て続ければ、内側が膨張して継ぎ目が開く!! 一瞬じゃダメ、当て続けるの!!」
「継続的に、熱を……!!」リィナが、痺れる腕を押さえて立ち上がった。「コレンが継ぎ目をこじ開ける。その一点に、私の雷をねじ込む……!!」
「毒針は、あたしが全部弾く」ヴィナが剣を構え直した。手首の状態異常無効ブレスレットが淡く光る。 「この腕輪がある限り、毒も麻痺も効かない。リィナ、お前は雷だけに集中しろ。あたしを、信じろ」
「作戦を組む!!」アルクが全員を見渡した。「バルガは受け流しで黒鉄蠍を縫い止めろ。ガドルは脚を鈍らせろ。コレンはネッサの指示で熱を当て続ける。ヴィナはリィナの盾になる。リィナは継ぎ目が開いた瞬間に撃ち込む。ネッサが——司令塔だ。コレンと繋がったお前にしか、継ぎ目の瞬間はわからない!!」
「あたしが……!! わかりました!!」ネッサが拳を握った。
「行くぞ——!!」
戦場が、動いた。
バルガが黒鉄蠍を受け流しで縫い止める。ガドルが脚を叩いて鈍らせる。コレンが《白銀の守炎》で甲殻の一点を炙り続ける。ヴィナが、降り注ぐ毒針の雨を、ただの一本もリィナに届かせない。
「効かない!! あんたの毒は、あたしには何一つ効かない!!」
その守りの中で、リィナが雷を圧縮していく。アルクが杖に手を添え、付与を注ぐ。紫電が、太陽のように凝縮する。
「もっと、一点に……!! コレン、右の第三継ぎ目!!」ネッサが叫んだ。
甲殻が、じわじわと赤熱していく。そして——ぴき、と音を立てて。
「——今ッ!! リィナさん、右の第三、撃って——ッ!!」
「《嵐の瞬獄雷》——ッ!!」
アルクの付与を呑み込んだ極限の紫電が、開いたばかりの継ぎ目へ突き刺さった。黒鉄蠍の体内で——爆ぜる。
ドゥンッ——!!
甲殻が、内側からめくれ上がった。黒鉄蠍が、痙攣し——崩れ落ちる。
「やった……!!」ネッサが叫んだ。
だが。
六 セラフの介入と、蠍の復活
「——いや、まだだ」リィナが、青ざめた。「魔核を、直接破壊できていない……!! 甲殻は割ったけど、核は、まだ——」
「素晴らしい連携だった」
セラフの声が、広間に響いた。
見ると、セラフが、奇妙な装置を掲げていた。黒い水晶が埋め込まれた、杖のようなもの。その水晶が、毒々しい光を放っている。
「だが——私の最高傑作は、この程度では終わらない」セラフが、装置を黒鉄蠍へ向けた。「魔核に、二重の制御を仕込んでおいた。一度壊れかけても——こうして、再起動できる」
崩れ落ちたはずの黒鉄蠍が、びくり、と痙攣した。
めくれ上がった甲殻の隙間から、黒い瘴気が噴き出す。瘴気が、砕けた甲殻を覆い、修復していく。割れた継ぎ目が、塞がれていく。
「そんな……!!」ネッサが息を呑んだ。「修復してる……!! あんなに頑張って割ったのに……!!」
黒鉄蠍が、立ち上がった。先ほどよりも、甲殻が黒く、瘴気をまとって。八つの目が、より深い紫に染まる。
「強化、された……!?」ヴィナが呻いた。
「魔核を破壊する前に、再起動された」リィナが、絶望に声を震わせた。「しかも——瘴気で、甲殻が補強されています。さっきの熱の手は、もう、通じないかもしれない……!!」
黒鉄蠍が、咆哮した。広間が、震えた。
そして——反撃が、始まった。
六本の鎌が、暴風のように振るわれた。バルガが受け流そうとするが、瘴気をまとった鎌は、軌道が読めない。一本が、バルガの肩を裂いた。
「ぐ……っ!!」バルガが膝をついた。
毒針が、雨のように降り注ぐ。ヴィナが弾くが、数が多すぎる。一本が、ガドルの脚に突き刺さった。
「があっ……!!」ガドルが倒れた。
ルミが回復に走るが、傷の数が、回復の速度を上回る。
「ルミさん、ガドルさんとバルガさんを——!!」ネッサが叫んだ。
「手が、足りない……!!」ルミが悲鳴を上げた。
黒鉄蠍の尾が、リィナを狙った。ヴィナが庇って弾くが、その隙に、別の鎌がヴィナの背を打った。
「ヴィナ!!」
ヴィナが、吹き飛ばされた。壁に叩きつけられ、ずるずると崩れ落ちる。状態異常は防げても、物理の衝撃は防げない。
「あたし、は……っ」ヴィナが、血を吐いた。「まだ……立てる……」
だが、立ち上がれない。
黒鉄蠍が、瘴気の鎌を、次々と振るう。バルガ、ガドル、ヴィナ、リィナ——次々と、地に伏していく。
全員が、瀕死だった。
アルクは、付与を巡らせ、防御の守り手を仲間に向け、必死に支えていた。だが——一人で、五人を守りきれない。一人を守れば、別の一人に鎌が届く。
「アルクさん……!!」ネッサが、コレンを抱いて、震えていた。
「セラフ……!!」アルクが、魔核師を睨んだ。
「いい顔だ」セラフは、恍惚としていた。「絶望に染まる賦活師の顔……! ああ、これも記録しておかねば。守り手は、主が絶望したとき、どう振る舞う? それも、観察対象だ」
黒鉄蠍の鎌が、今度はアルク自身へ振り下ろされた。
銀の光が弾け、防御の守り手が受け止める。だが——瘴気をまとった鎌の重さに、銀の光が、軋んだ。
「……っ」
アルクは、踏みとどまった。
倒れた仲間たちを、見渡した。バルガ。ガドル。ヴィナ。リィナ。皆、傷つき、それでも、こちらを見ている。諦めていない目で。
そして、肩のルミを。手のひらの奥の四番目を。傍らのアルファを。
「……ルミ」アルクは、静かに言った。「お前の力を、全部、貸してくれ」
「アルク……?」
「俺一人じゃ、五人を守れない。回復も、間に合わない」アルクは言った。「でも——お前の回復の力と、俺の付与を、限界まで重ねたら。みんなを、一度に、立ち上がらせられないか」
ルミの目が、見開かれた。
「……できる」ルミが言った。「あたしの回復光を、最大に。アルクの付与で、それを全員に、同時に届ける。——やったことないけど。でも、できる!!」
「やろう」アルクは言った。「みんなを、もう一度、立たせる」
七 復活、そして一進一退
アルクが、両手を広げた。
ルミが、アルクの頭上で、翼を最大に広げた。今まで見たことのない、眩い白光が、ルミから溢れ出す。
アルクは、その光を、自らの付与で増幅した。アルファの力が、橙に燃える。白と橙が混ざり合い——黄金の光となって、広間に降り注いだ。
「——《与える》ッ!!」
黄金の光が、倒れた仲間たち全員に、一斉に降り注いだ。
バルガの肩の傷が、塞がる。ガドルの脚から、毒針が押し出され、傷が癒える。ヴィナの体に、力が戻る。リィナの腕の痺れが、消えていく。
そして——傷が癒えるだけではなかった。アルクの付与が、回復と同時に、全員の力を底上げした。
「……体が、軽い」バルガが、立ち上がった。「いや——軽いどころか、力が、漲ってくる」
「傷が治って、しかも強くなってる……!!」ガドルが、斧を担ぎ直した。「これが、賦活師の回復か……!!」
ヴィナが、壁から身を起こした。剣を握り直す。その瞳に、炎が戻っていた。
「……まだ、終わってない」ヴィナが言った。「あの蠍、もう一度、叩き斬る」
「データを、取り直します」リィナが、杖を構えた。「瘴気で補強された甲殻——でも、必ず、弱点はある。今度は、私が見つける」
全員が、立ち上がった。
黄金の光の中で、アルクたちと一匹が、再び、隊列を組んだ。
「セラフ」アルクは、まっすぐ前を見た。「お前は、絶望したときの守り手を見たいと言ったな。——見せてやる。俺の守り手が、何のためにいるのか」
「……ほう」セラフの眼鏡が、光った。「面白い。再起動した私の傑作と、復活したお前たち。——どちらが上か、見せてもらおう」
黒鉄蠍が、咆哮した。瘴気の鎌が、襲いかかる。
だが、今度は——違った。
「バルガ!!」アルクが叫んだ。
「おう!!」バルガが、前に出た。傷が癒え、付与で強化された体で、瘴気の鎌を、真正面から受け流す。今度は、軌道が読める。一本、二本、三本——全ての鎌を、横へ逃がす。「読めるぞ……! 体が、強くなったぶん、目も追いつく……!!」
「ガドル、今だ!!」
「《豪風斬》——全開ッ!!」ガドルの斧が、唸りを上げた。付与で強化された一撃が、黒鉄蠍の脚の関節に叩き込まれる。今度は——ガキッ、と、脚が一本、折れた。「折れた……!! 目も、回ってねえ……!! 調子いいぞ!!」
黒鉄蠍が、よろめいた。
「ヴィナ!!」
「行く——!!」ヴィナが、地を蹴った。付与で速度が跳ね上がる。状態異常無効ブレスレットを輝かせ、毒針の雨を突っ切って、黒鉄蠍の懐へ。「《閃光斬》——ッ!!」
光の軌跡が、瘴気の甲殻に走った。
今度は——浅く、斬り裂いた。
「甲殻に、傷が……!!」ネッサが叫んだ。
「瘴気で補強されても、付与で強化された今のあたしの斬撃は、通る……!!」ヴィナが叫んだ。「でも、まだ浅い……! もっと、深く——!!」
黒鉄蠍が、反撃に転じた。残った鎌が、ヴィナへ殺到する。
「ヴィナ、下がれ!!」アルクが、防御の守り手をヴィナへ向けた。銀の光が、鎌を弾く。「コレン、ヴィナを援護!!」
コレンが、白銀の炎で、黒鉄蠍の顔面を炙った。蠍が、ひるむ。
一進一退。
黒鉄蠍の瘴気が、傷を修復しようとする。だが、その速度より速く、アルクたちが削っていく。攻めて、守って、また攻めて。広間が、技と光と咆哮で、満たされた。
だが——黒鉄蠍も、ただでは退かなかった。
蠍が、八つの目を、一斉に光らせた。
「来る……! 何か、大技が——!!」リィナが叫んだ。
黒鉄蠍の全身から、瘴気が噴き出し、渦を巻いた。瘴気が、無数の棘となって、広間全体に——四方八方へ、放たれた。
「全方位攻撃……!!」
逃げ場が、ない。
八 魔力の限界と、指輪の輝き
アルクは、咄嗟に判断した。
防御の守り手だけでは、全方位は守れない。ルミの回復光を、防御に回す。アルファの力で、全員に防御の付与を。
「ルミ、防御光を全員に!! アルファ、付与を全開!!」
黄金と銀の光が、仲間たちを包んだ。瘴気の棘が、その光に弾かれ、突き刺さる前に砕ける。
全員を、守りきった。
だが——その代償は、大きかった。
「……っ」アルクが、膝をついた。
全方位を守るために、魔力を、一気に注ぎ込んだ。アルファの力を借りても、底を、つきかけていた。視界が、ぐらりと揺れる。
「アルクさん!!」ネッサが叫んだ。
「アルク、魔力が……!!」ルミが、青ざめた。「使いすぎ……! このままじゃ、あなたが——!!」
付与が、途切れかけた。強化されていた仲間たちの力が、下がり始める。
黒鉄蠍が、その隙を突いて、再び迫る。
「アルクの付与が、切れる……!!」バルガが焦った。「このままでは——!!」
アルクは、霞む意識の中で、懐に手を伸ばした。
指に、冷たい感触。ロスが遺した、魔力全回復の指輪。一日に一度だけ、使える切り札。
「……まだだ」アルクは、歯を食いしばった。「ここで、倒れてたまるか」
指輪に、意識を集中する。
指輪が——青白く、輝いた。
次の瞬間。
空っぽだったアルクの体に、魔力が、奔流のように、流れ込んだ。
枯れかけた泉が、満ちる。霞んでいた視界が、晴れる。膝が、力を取り戻す。
「——魔力が、戻った……!!」アルクが、立ち上がった。今までで、最も濃い力が、全身に漲っていた。「ロス……! ありがとう……! お前の力で、もう一度、戦える……!!」
「アルクの魔力が、満タンに……!!」ルミが、歓喜の声を上げた。「しかも——さっきより、もっと、力が溢れてる!!」
「ここからだ」アルクは、両手に橙の光を集めた。「全員——もう一度、行くぞ!! 今度こそ、あの蠍を、終わらせる!!」
九 総力の合奏、魔核を撃て
復活したアルクの付与が、再び、全員に漲った。今度は、先ほどよりも遥かに濃い。
「すごい……! 力が、さっきの倍は……!!」ガドルが、目を見張った。
「リィナ!!」アルクが叫んだ。「瘴気の甲殻——熱では、もう開かない。なら、どうする!!」
「……一点突破です」リィナが、杖を構えた。「瘴気は、甲殻全体を覆って補強している。でも——魔核のある中心部だけは、瘴気の流れが、薄い。さっきヴィナさんが斬った傷、あそこが起点になる!! あの一点に、全員の攻撃を集中させて、こじ開ける……!!」
「ヴィナの斬った傷を、起点に——!!」アルクが頷いた。「コレン、ネッサ!! あの傷口に、熱を集中!! ヴィナ、ガドル、さらに斬り込んで広げろ!! バルガは蠍の動きを止める!! リィナは、最後の一撃を圧縮しろ!!」
「あたしが、タイミングを合わせます!!」ネッサが、コレンと繋がった。「みんなを、一つにする!!」
総力戦が、始まった。
バルガが、黒鉄蠍の正面に立ちはだかった。付与で強化された大盾が、瘴気の鎌を、ことごとく受け流す。「動くな……! ここから、一歩も、動かさん……!!」蠍を、完全に、縫い止める。
ガドルが、ヴィナの斬った傷へ、《豪風斬》を叩き込んだ。「広げてやる……! ぬぅん——!!」遠心力の刃が、傷口を、こじ開ける。
ヴィナが、その傷へ、《閃光斬》を重ねた。「あたしの斬撃で、さらに深く——!!」光の刃が、瘴気を裂き、甲殻の奥を覗かせる。
コレンが、その一点に、白銀の炎を注いだ。ネッサが、コレンと繋がり、寸分の狂いもなく、熱を導く。「コレン、もっと熱く……! あと、少し……!!」
傷口の奥に——黒鉄蠍の、魔核が、見えた。毒々しく脈打つ、黒い結晶。
「魔核が、見えた……!!」リィナが、雷を圧縮しながら叫んだ。「アルクさん、付与を……! 私の全てを、あの核に……!!」
「乗せる——!!」アルクが、リィナの杖に両手を添えた。
魔力全回復の指輪で満たされた、ありったけの魔力。アルファの力。賦活師の、与える力。その全てを、リィナの雷へ、注ぎ込む。
「俺の力を、全部持っていけ、リィナ……! お前の雷で、終わらせろ……!!」
リィナの杖の先で、紫電が、白く、白く、白く——光の核となって、凝縮していく。広間が震え、石が砕け、世界が白に呑まれる。
黒鉄蠍が、最期の力を振り絞り、全方位の瘴気を再び放とうとした。
「させない!!」ヴィナが、傷口に剣を突き立て、瘴気の流れをこじ開け続ける。
「俺が、止める!!」バルガが、盾で蠍の頭部を抑え込む。
「ネッサ——!!」アルクが叫んだ。
ネッサが、コレンと繋がったまま、世界が止まったように感じた。傷口の奥の魔核が、無防備に、晒される、その一瞬を。
「——今ッ!!」ネッサが、ありったけの声で叫んだ。「リィナさん、魔核が剥き出し!! 撃って——ッ!!」
「これで、終わりです——《嵐の瞬獄雷》、最大出力ゥ——ッ!!」
リィナの絶叫と共に、アルクの全魔力を呑み込んだ、世界を裂く紫電が、放たれた。
それは、光の楔となって、ヴィナの斬り開いた傷口を貫き、ガドルの広げた裂け目を通り、コレンの炙った一点を抜けて——黒鉄蠍の、魔核に、直撃した。
毒々しい黒の結晶が、白い雷光に呑まれ——砕け散った。
ドゴォォォン——!!
黒鉄蠍の体内で、魔核が、完全に破壊された。瘴気が、霧散する。再起動の術が、断ち切られる。
七メートルの巨体が、二度と再起動することなく——崩れ落ちた。
今度こそ、完全に、動かなくなった。
広間に、静寂が、降りた。
黄金の光の名残が、きらきらと舞っていた。
「……やった」ネッサが、コレンを抱きしめ、涙を溢れさせた。「今度こそ……やった……!! みんなで……!!」
コレンが、ネッサの頬に、顔を擦り寄せた。
ヴィナが、剣を下ろし、肩で息をした。「……しぶとい蠍だった」呟いて、口の端を上げる。「だが——あたしたちの方が、しぶとかった」
ガドルが、斧を担いで、豪快に笑った。「目も回らなかったぞ! 成長したろ、俺!?」
「最後だけです」リィナが、杖にすがりながら、ふっと笑った。「……でも、いいデータが、取れました。瘴気補強型の魔核破壊——貴重な記録です」
バルガが、無傷の大盾を背に戻し、静かに頷いた。「全員、生きている。それが、何よりだ。ドワルフに感謝だな」
アルクは、魔力全回復の指輪を、そっと撫でた。
「ロス……」アルクは、小さく呟いた。「お前の遺してくれた力が、みんなを守った。ありがとう」
そして、肩のルミと、手のひらの四番目を見た。
「ルミ、お前の回復光がなかったら、みんなを立たせられなかった。四番目……お前が喚魂環を出してくれたから、ネッサが繋がれた。——全員の力で、勝った」
ルミが、ぱたぱたと翼を揺らした。「……みんな、すごかった」ルミは言った。「アルクも。あたしも、頑張った」
「ああ。お前が、一番頑張った」
「……えへへ」ルミが、顔を翼で隠した。「照れてない」
「何も言ってない」
その光景を、セラフが、呆然と見つめていた。
「……魔核の、二重制御を破られた」セラフの声が、震えていた。「再起動した傑作を、さらに上回る連携で……瀕死から、復活して……ありえない……ありえない、が——」
セラフの唇が、わなないた。それは、恐怖ではなく、歓喜だった。
「素晴らしい……素晴らしいぞ、賦活師ッ!!」セラフが、両手を広げた。「絶望から、なぜ立ち上がれた!? あの黄金の光は何だ!? 守り手の回復と、賦活師の付与の融合か!? ああ、知りたい……! 暴きたい……! お前たちの繋がりの、その全てを——ッ!!」
「——渡してもらうぞ、セラフ」
いつの間にか、アルクがセラフの眼前に立っていた。背後には、バルガが回り込んでいる。逃げ場は、ない。
セラフの手には、まだ、二つ目の封印石が握られていた。
「観念しろ」バルガが、低く言った。
セラフは、アルクと、その仲間たちを見回した。そして——ゆっくりと、封印石を差し出した。
「……いいだろう。今日は、渡そう」セラフは、奇妙なほど穏やかに笑った。「これだけのものを見せてもらった。実りある一日だった。次の研究テーマが、また増えた」
アルクは、封印石を受け取った。ルミが、即座に光で包む。
「賦活師。お前たちの“繋がり”——それが、私の新しい観察対象だ」セラフは、後退しながら言った。その目は、最後まで爛々と輝いていた。「次は、どんな響き合いを見せてくれる? ああ、楽しみだ……実に、楽しみだ……ッ!!」
「次の研究は、させない」アルクは言った。
「さて、どうかな」セラフは、兵士とともに、闇の奥へと消えていった。
その背中が見えなくなるまで、誰も、油断を解かなかった。




