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⭐️底辺から始める、与えるだけの無双伝⭐️ ~知らないうちに守られていました~  作者: わっぱるぅ


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第四話 風呂敷と、この世界にないもの

一 ルミの力

 夜。アルクの借りている宿の一室に、ヴィナが来た。

 狭い部屋だった。ベッドと小さな机。窓から港の明かりが見える。ヴィナは部屋の隅に立って、腕を組んだ。

「で、進展って何だ」

「これ」

 アルクは空中に手を伸ばし、引いた。布が、するりと出てきた。


 ヴィナが目を細めた。「……今、どこから出した」

「わからない。でも、ここから出てくる気がした」アルクは手を空中で示した。「空間の中に、いろいろあるみたいで」

「空間……?」ヴィナは眉を上げた。「空間魔法か。それも鑑定不能の一部か」

「そうかもしれない。これがルミの力だと思う」

「ルミ?」

 アルクが肩のあたりを示すと、そこにふわふわと浮いていたルミが、ぴょこ、とヴィナに向かって跳ねた。

 ヴィナが、目を見開いた。

「……今、見えた」

「今夜はよく見えるみたいだ。俺と慣れてきたのかもしれない」

 ヴィナはじっとルミを見つめた。ルミはヴィナの視線を受けて、少し恥ずかしそうに(たぶん)アルクの陰に隠れた。

「……かわいいな」

「だろ」

「認めてるのか」

「認めてる」

 ヴィナが、少し口の端を上げた。アルクが初めて見る表情だった。

「それで、その布で何をするんだ」

「これを見てくれ」

 アルクは布を広げた。


二 こんな味、食べたことがない!

「何を食べたい」とアルクは言った。

「は?」

「何でもいい。この世界の料理で」

 ヴィナは怪訝な顔をしたが、「……肉のシチューでも出るのか」と言った。

 アルクは布の上に意識を向けた。シチュー。でもこの世界のシチューは何度か食べたことがある。どうせ出るなら。

 前世の記憶から引っ張った。もっと色鮮やかで、複雑な旨味のあるもの。

 湯気が上がった。

 布の上に現れたのは、深い赤褐色のスープに大きな肉の塊と根菜が沈んだ料理だった。横に、薄く焼いたパンが添えられている。

 ヴィナが、固まった。

「……なんだこれ」

「食べてみてくれ」

「いや、まず何だって聞いてる。色がおかしい。このどす黒い赤は何の色だ。毒か」

「毒じゃない」

「なんで断言できる」

「俺が作ったから」

「お前が作ったんじゃなくて布から出てきたんだろうが」

 言い返せなかった。


 ヴィナは恐る恐るスプーンを取り、スープをひとくち飲んだ。

 動きが止まった。

「……」

「どうだ」

「……何だ、これ」ヴィナの声が、少し変わった。「なんで、こんな……深い。肉の味だけじゃなくて、何か別のものが重なってて……甘いのに、苦くて、香ばしくて」

「それはトマトと赤ワインで煮込んだ――」アルクは途中で止めた。「この世界にない食材だな」

「当たり前だ。こんな味、食べたことがない」ヴィナは肉を一口食べた。「っ」

「どうした」

「……ほろほろと崩れた。どうやったらこんな風に」

 ヴィナは黙って食べ続けた。横のパンを千切り、スープに浸して食べた。目が、だんだん大きくなっていく。

「……なんだこれ」ヴィナは三回目の「なんだこれ」を言った。「パンに染みたら、また味が変わった。パンがスープを吸って……何これ、どうなってるんだ」

「普通の食べ方だぞ、それ」

「普通じゃない。あたしの知ってる料理と全然違う」

 ルミが、器の縁でぴょこぴょこ跳ねた。自分の手柄を喜ぶように。

「お前も食べたいのか」とアルクが言うと、ルミは激しく跳ねた。

「食べれないだろ」

 ルミがしゅんとした(ように見えた)。


三 アルクのこと

 食べ終わって、器がすうっと消えた。布だけが残る。

 ヴィナはしばらく黙っていた。それから、静かに言った。

「アルク。あたし、お前のことを調べたい」

「調べる?」

「鑑定台が壊れた理由。ルミの正体。賦活師って言葉の意味。この世界のどこかに、お前の力を知ってる奴がいるはずだ」

 アルクは静かに聞いていた。

「王都に、古い文献を調べる権限を持つ知り合いがいる。あたしと一緒に来てほしい」

「……なんで、そこまでしてくれる」

 ヴィナは少し間を置いた。

「昨日、あんたが来てくれなかったら、あたしは死んでた」ぶっきらぼうに言った。「それだけだ」

「それだけ?」

「……あと、あの料理をまた食べたい」

 アルクは思わず笑った。

「正直だな」

「うるさい」ヴィナは顔を逸らした。「とにかく、来るか来ないか」

 アルクは少し考えた。

 ルミが、ぴょんぴょんと激しく跳ねた。「行け」と言っているらしい。

「……わかった。行く」

「そうか」ヴィナは立ち上がった。「明後日の朝、ギルド前で。遅れるな」


 ドアに向かいかけて、ヴィナが止まった。振り返らずに言った。

「……あのシチュー。また食べさせてもらえるか。旅の途中で」

「ああ」

「わかった」

 ドアが閉まった。

 アルクはルミを見た。ルミが、嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。

「お前、なんか満足そうだな」

 ぴょん。

「……そうか」


四 旅立ち

 翌朝。

 アルクは決めた。

 灰爪亭に行き、タークを捕まえた。

「少し、席を外してもいいか」

 タークは眉を上げた。「雑用はどうする」

「ネッサさんに、他の人に頼んでほしいと伝えてある」

「どこへ行く」

「ヴィナさんと、王都の方に少し」

 タークはしばらくアルクを見ていた。それから、ため息をついた。

「……好きにしろ。どうせお前は戻ってくる。どこへ行っても、最終的には荷運びに戻ってくるような顔をしてる」

「そうかもしれない」

「馬鹿にして言ってるんじゃない」タークは珍しく視線を逸らした。「赤牙隊の件は、聞いた。お前が行かなかったら、全員死んでた。それだけだ」

 アルクは少し驚いた。タークが直接的な言葉を言うのは初めてだった。

「……ありがとう」

「礼はいらない。さっさと行け」


 アルクが出ていこうとすると、ネッサが追いかけてきた。

「アルクさん」

「なに」

「これ」ネッサは小さな包みを差し出した。「携帯食です。道中、何も食べずにいそうで」

 アルクはその包みを受け取った。ずっしりと重い。

「ありがとう」

「……気をつけて」ネッサは俯いた。「絶対、帰ってきてください」

 アルクは頷いた。


 ギルドを出ると、ヴィナが入口で待っていた。アルクが持っている包みを見て、目を細めた。

「ネッサか」

「ああ」

「あの子、お前のことが好きだぞ」

「そういう話は関係ない」

「そうか」ヴィナは歩き出した。でも口の端が、かすかに上がっていた。「まあ、わからんでもないけどな」

「……どういう意味だ」

「別に」

 アルクは首を傾けたが、追及はやめた。

 肩のあたりで、ルミがきらり、と光った。


 ◇ ◇ ◇

 ――そのとき、ヴォルタの街の東の外れ。

 廃屋の陰に、一人の男が立っていた。フードを深く被り、顔が見えない。ただ、その目だけが、アルクとヴィナの後ろ姿を追っていた。

「……やはり、いたか」

 低い声だった。

「《賦活師》。この時代に」

 男はゆっくりと、もう一人に向かって言った。フードの影から、もう一つの気配がする。

「報告しろ。《盟主》に。――眠れる守り手が、目を覚まし始めた」

 その言葉は、朝の風に溶けた。

 アルクは気づかない。ヴィナも気づかない。

 ただ、ルミだけが――一瞬、光を強くした。

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