第四十七話 ライナとの交渉、そして封印石の危機
一 前世の話と、仲間の反応
その夜、ルーエのセラン王が全員を王宮に呼んだ。
「一つ、伝えなければならないことがある」セランは言った。「帝国から、使者が来た」
「使者?」アルクは言った。
「明日の夜明けに、代表者同士で話し合いをしたいという要請だ。帝国側の代表は——《ライナ》が来ると言っている」
全員が、息を呑んだ。
「なぜ、いきなり交渉を?」ヴィナが言った。
「わからない」セランは言った。「でも——断れば、全面攻撃に移ると脅しも添えてあった」
「罠の可能性がある」カインが言った。
「可能性は高い」アルクは言った。
でも——ルミが、アルクの肩でぱたぱたと翼を揺らした。
「行った方がいいと思う」ルミは言った。「あの人の気配、まだ消えていない。あたし、あの人のことが——気になってる」
アルファが珍しく静かに言った。
『——うちも、なんか気になる』
アルクは、しばらく考えた。
「行こう」アルクは言った。「ライナと、話してみたい」
翌朝、交渉の準備をしながら、ネッサがふと聞いた。
「アルクさん、前から気になってたんですけど——『前の世界では体を治す専門家だった』って言いますよね。その前の世界って、どんな世界なんですか?」
「……そうだな」アルクは言った。
「——前の世界には、体の仕組みを研究して、病気や怪我を治すことを専門にした者たちがいた。俺は、そういう者として長く働いていた」
「この世界には存在しない道具や、この世界にない料理が出てくるのも、その記憶からだ。なぜ前世の記憶が残っているのかは分からない」
「女神様のおかげだから、じゃないですか?」ネッサは言った。「ルミが言ってましたよね、賦活師は女神様が選んだ人だって」
「そうかもしれない」アルクは言った。「その記憶があるから——誰かが傷ついたとき、どうすれば助けられるかが、なんとなくわかる。それは、役に立っている」
「……それって、すごくロマンチックですね」ネッサは言った。「前の世界で人を助けていた人が、この世界でも人を助けるために来た」
「大げさだ」
「大げさじゃないです!!」
ヴィナが、隣で聞いていた。「……その前の世界の記憶で、料理の作り方も覚えているのか」
「そうだ。食べることも、誰かを助けることも、あの記憶の中にある」
「だから——おにぎりも、鍋も、あんなに詳しく知っているのか」ヴィナは言った。「どこか遠い場所の、本当にあった記憶みたいで——」
「ヴィナ?」
「……なんでもない」ヴィナは視線を逸らした。「行くぞ。交渉の時間だ」
二 ライナとの会談
ルーエ東の門の外、中立地帯に天幕が張られた。
アルク側は、アルク、ヴィナ、カインの三人。それとルミとアルファ。
帝国側は——天幕に入ってきたのは、一人だった。
深い青のマントを羽織った、細身の人物。アルクと同じくらいの年齢か。顔立ちは整っていて、目が鋭い。灰色の髪が、肩のあたりで切り揃えられている。
ライナだった。
ライナは椅子に座る前に、アルクたちを一人ずつ見渡した。最後に、アルクで視線が止まった。
「賦活師、か」ライナは言った。声は低く、感情が読みにくい。「思ったより、普通だな」
「そう言われることが多い」アルクは言った。
「座れ」ライナは言った。命令口調だが、威圧感は薄かった。
全員が椅子に着いた。
「帝国の要求を伝える」ライナは言った。「賦活師は、帝国の管理下に入れ。これが条件だ。そうすれば、ルーエへの攻撃は停止する」
「断る」アルクは即座に言った。
「理由を聞かせろ」
「管理下に入れば、俺の力は帝国のものになる」アルクは言った。「俺の力は——与えるためのものだ。支配するためのものじゃない。帝国の武器になることは、できない」
ライナは、少し間を置いた。「……帝国は、お前を恐れている。賦活師の完成形が、帝国の脅威になると」
「なぜ恐れる?」
「お前が敵になれば、誰も倒せない。だから、管理下に置いて、敵にならないようにしたい」
「俺は、誰の敵にもならない」アルクは言った。「力を悪いことに使うつもりはない。帝国が攻撃してこなければ、俺たちも争わない。それだけだ」
「その言葉を、信じろと?」
「信じるかどうかは、ライナが決めることだ」アルクは言った。「俺は、事実を言っている」
ライナが、アルクを見た。長い沈黙があった。
ルミが、アルクの肩でぱたぱたと翼を揺らした。ライナの方を、じっと見ている。
「……ルミ、どう思う?」アルクはルミに小声で聞いた。
「まだわからない」ルミは小さく言った。「でも——この人、嘘はついていないと思う。言葉は帝国の代弁だけど、目が——少し違う」
「違う?」
「……考えてる。自分で」
「交渉に戻るぞ」ヴィナが小声で言った。
アルクはライナを見た。「条件の交渉はできない。俺が管理下に入ることは、ない。でも——一つだけ、聞かせてもらえるか」
「なんだ」
「帝国は、二百年前に賦活師を消した。その理由を ——本当に、正しいと思っているか」
ライナが、わずかに眉を動かした。
「……帝国の方針だ」ライナは言った。「個人の感情は関係ない」
「関係ないとは言わなかった」アルクは言った。
ライナが、立ち上がった。「交渉は決裂だ。次に会うときは——戦場だ」
ライナが天幕を出た。
でも——出る直前に、一瞬だけ振り返った。
「……一つだけ、忠告しておく」ライナは言った。 「ルーエの王宮に保管した石——あれは、狙われる。備えておけ」
そのまま、消えた。
全員が黙った。
「……なんで、忠告したんだ」ヴィナが言った。
「わからない」アルクは言った。
「敵が、忠告?」カインが言った。
「ルミが言っていた。嘘はついていないと」アルクは言った。
三 封印石容器の危機
ライナの言葉通り、その夜、王宮の神殿石室が襲われた。
帝国の特殊工作部隊が、深夜に潜入した。
警報が鳴り、全員が駆けつけた。
でも——石室に着いたとき、封印石の容器は、まだあった。
工作部隊は、ルーエの騎士団と全員で撃退した。
「……なぜ、ライナは忠告した」ヴィナが言った。
「わからない」アルクは言った。
「でも——あの忠告がなければ、今夜、取られていた可能性が高い」カインが言った。
「ルミ」アルクは言った。「この容器——亜空間には置けないんだったな」
「置けない」ルミははっきりと言った。「封印石は反守り手結晶でできている。あたしの空間魔法に触れると、亜空間が侵食される危険がある。——それに、中の封印石が反応して、かえってあなたの守り手を傷つけるかもしれない」
「じゃあ、どこに隠す?」
「今夜の神殿石室は、もう帝国に場所がバレた」ヴィナが言った。「別の場所を探す必要がある」
「ルーエ国内では、狙われ続ける」バルガが言った。「もっと遠い場所に——」
「王都だ」アルクは言った。「イリア殿下に頼んで、王都の最も厳重な場所に保管してもらう。帝国の工作部隊が王都に潜入するのは、難易度が段違いに高い」
「それがいい」カインは言った。
「イリア殿下への通知は、カインの符でできるか」
「できます」
「頼む」アルクは言った。「そして——俺たちはしばらく、ここに留まる必要がある。封印石の移送が完了するまでは、動けない」




