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第四十六話 初めての四将と、ライナの影

一 グルメの夜——戦いの前に

 ルーエに戻って二日。帝国の動きは一時的に止まっていた。

 おそらく、次の手を準備している。


 そんな夜、アルクは風呂敷を広げた。

「今日は——みんなに、好きなものを食べてもらいたい」アルクは言った。

「好きなもの!!」ネッサが前のめりになった。「前に言ったじゃないですか、リクエストできるって!」

「ああ。今日は、それをやろう」


「じゃあ!!」ネッサが手を上げた。「クリームたっぷりのパスタが食べたいです!! 麺が好きで!」

「わかった」


「あたしは——」ヴィナが少し考えた。「温かい鍋。体が温まるもの」

「寒かったのか?」

「……少し、緊張しているから。体が冷える気がする」ヴィナは珍しく正直に言った。


「バルガは?」

「なんでもいい。多ければ多いほど」


「ガドルは?」

「酒に合うものと、がっつりした肉料理」


「リィナは?」

「甘くて、見た目が面白いもの」


「カインは?」

「上品なものでなくていい。庶民的な——前世の世界の、普通の家庭料理が食べたいです」


 アルクは意識を向けた。全員分のリクエストを、一気に叶える。前世の記憶を辿る。

 湯気が、次々と立った。


 ネッサのために——クリームパスタ。太い麺に、濃厚なクリームソースが絡んでいる。上にベーコンと黒胡椒。


 ヴィナのために——豆乳鍋。白く濁った優しいスープに、白菜、豆腐、鶏肉、きのこ。体に染みる温かさ。


 バルガのために——特大のビーフシチュー。ゴロゴロとした大きな肉が、とろとろに煮込まれている。


 ガドルのために——手羽先の唐揚げと、麦の酒。


 リィナのために——パフェ。抹茶と苺の二色パフェ。上に金箔が一枚乗っていた。


 カインのために——肉じゃが。素朴な煮物だが、前世では誰もが好む家庭の味。


 そして、全員が共通で食べられる——炊き立ての白米。


「……うわあ!!」ネッサが目を輝かせた。「全員分、一気に出た!! しかも全部違う!!」

「それだけ、みんなの好みを覚えた、ということだ」アルクは言った。

「覚えてくれてたんですか!!」ネッサが目を潤ませた。

「一緒にいれば、覚える」


 ヴィナが、豆乳鍋を一口すすった。「……温かい。体の中から、ほぐれる気がする」

「緊張が、ほぐれるといいな」

「……お前は、本当に気づくな」ヴィナは言った。アルクを見た。「いつも」

「医師だったから」

「でも——医師じゃなくても、そういう人だと思う」ヴィナは言った。そのまま視線を鍋に戻した。耳が、少し赤かった。


 ネッサが、そのやりとりを見ていた。クリームパスタを食べる手が、一瞬止まった。それから、にっこり笑って食べ続けた。

 ルミが、ネッサのパスタの横に降りた。

「ルミも食べますか?! クリームですよ!」

「クリーム、好き」ルミは言った。

「どうぞどうぞ!!」

 ルミが一口食べた。「……濃い。でも、おいしい」

『——うちも!!』アルファが叫んだ。

「ネッサに聞け」アルクは言った。

「どうぞどうぞ!!」ネッサが言った。

 アルファが、クリームに飛び込んだ。

『——リッチな味がする!! なんやこれ!!』

「飛び込むなと言ってる」アルクは言った。

『これは飛び込まな損!!』


 バルガが、ビーフシチューを静かに食べていた。「……うまい。こういうのを、戦いの前に食べると——守りたいものが、はっきりする気がする」

「守りたいもの?」

「ああ」バルガは言った。「うまいものを、また食べたい。みんなで。それだけで、十分戦える」

「それは——賦活師として、嬉しい言葉だ」アルクは言った。

「照れるな」バルガは言った。


「照れてない」


「照れてる」


「照れてない!!」ネッサが代わりに言った。「でもアルクさん、そういうとき嬉しそうな顔しますよ!!」


「そうか?」


「そうです!!」


二 翌朝の敵

 翌朝。

 ルーエの東の街道に、帝国の軍勢が現れた。

 でも、今回は魔物の群れではなかった。

 黒い鎧の精鋭兵士が、五十人。そして——その先頭に、一人の人物が立っていた。


 全身を黒い鎧で覆った、大柄な男。兜の上に、二本の角のような飾り。背中に、巨大な鉄槌てつついを背負っている。

 その気配だけで、全員が息を呑んだ。


「……あれが、四将か」ヴィナが言った。

「おそらく《ドルガ》」リィナは言った。「四将の四番。力押しの武人。——でも、Sランク相当の実力者だ。油断はできない」


 ドルガが、前に出た。兜の中から、野太い声が響いた。

「賦活師はどこだ」ドルガは言った。「出てこい。お前を消すために来た」


「俺がアルクだ」アルクは前に出た。


 ドルガは、アルクを見た。しばらく黙っていた。

「……お前が?」ドルガは言った。「小さいな。賦活師というから、もっと大きいかと思っていた」

「大きさは関係ない」

「そうだな」ドルガは言った。「では——始めよう。遠慮はしない」


三 ドルガとの戦い

 ドルガが鉄槌を抜いた。

 人の背丈ほどもある鉄槌を、片手で持ち上げた。


「……あの鉄槌、魔力が込められている」リィナが言った。「叩きつけると、衝撃波が広範囲に広がる。直撃じゃなくても、当たればただでは済まない」

「バルガ、引きつけられるか」アルクは言った。

「やってみる」バルガが前に出た。大盾を構えた。「俺が受け止める」

「バルガ一人では無理だ」ヴィナが言った。「あの力は——」

「アルクが付与をかければ、できる」バルガは言った。「俺を信じてくれ」

「……わかった」


 バルガが、《鉄壁の号令》を放った。


 ゴォォォン——!!


 魂への圧力が広がった。帝国の兵士たちが、バルガに向かってきた。ドルガも、バルガを見た。

「盾使いか」ドルガは言った。「では、その盾ごと壊す」

 ドルガが踏み込んだ。一歩ごとに、地面が揺れた。

 ドルガが鉄槌を振った。

 バルガが盾で受けた。

 轟音が響いた。バルガが、五メートル吹き飛んだ。

「バルガ!!」ネッサが叫んだ。

「大丈夫だ」バルガは立ち上がった。「ルミの光のおかげで、致命傷はない。——でも、力が段違いだ」

「アルク、最大の付与を!!」バルガが叫んだ。

「かけてる!! でも——それでも吹き飛ぶ」アルクは言った。

「もっとかけてくれ!!」

「無理だ。お前の体が壊れる」

「……そうか」バルガは言った。「なら——別の方法を考える」


 バルガが、大盾を地面に立てた。その後ろに体を隠す形で。

「何をするつもりだ」ガドルが言った。

「盾で、受け流す」バルガは言った。「受け止めるのではなく——ドルガの攻撃を、角度をつけて横に逃がす。そうすれば、衝撃の一部を吸収できる」


「やったことがあるのか」


「今考えた」


「今!!」ネッサが言った。


 ドルガが再び踏み込んだ。鉄槌を振った。

 バルガは、盾を斜めに構えた。衝撃を正面で受けるのではなく——斜めに受け流した。

 バルガが、今度は二メートル横に流れた。倒れなかった。

「……できた」バルガは言った。「受け流した」

「それが、お前の新しい技だ」アルクは言った。

「名前はまだない」バルガは言った。「でも——使える」

 バルガが受け流している間に、ヴィナが動いた。

 ヴィナが《閃光斬》を放った。ドルガの鎧に当たったが——弾かれた。

「鎧が硬すぎる……!!」ヴィナが言った。


「リィナ!!」アルクが叫んだ。「鎧の継ぎ目を狙ってくれ!! 付与をかける!!」

「わかった!!」

 アルクがリィナに付与をかけた。リィナの杖が輝いた。雷撃が、ドルガの鎧の継ぎ目——脇の下と膝の裏を、連続で撃ち抜いた。


 ドルガが、わずかに動きを止めた。

「今だ!!」

 コレンが、白銀の守炎をドルガに向けて放った。

 ドルガが後退した。初めて、後ろに下がった。


「……なるほど」ドルガは言った。声に、驚きがあった。「これが、賦活師のいるパーティか。——個々は強くない。でも、合わさると、穴がない」

「引いてくれるのか」アルクは言った。

「今日は偵察だ」ドルガは言った。「お前たちの実力を見に来た。——思ったより、手強い」

 ドルガが、兵士たちに合図した。全員が、整然と撤退を始めた。

ネッサが言った。「追いかけますか!!」

「追わない」アルクは言った。「これは本気ではなかった。消耗させるのが目的だ」

「……冷静だな」ヴィナは言った。

「ドルガ自身が言っていた。偵察だと」


四 ライナの影

 帝国の軍勢が遠ざかっていく中、アルクは霧の向こうを見ていた。

 そのとき——軍勢の後方に、一つの人影が見えた気がした。

 黒い鎧ではない。深い青のマントを羽織った、細身の人物。兜は被っておらず——でも、距離があって、顔はわからない。


 ほんの一瞬。


 でも、その人物が——アルクを見た気がした。


 見た、と思った次の瞬間には、霧の中に消えていた。

「今、誰かいたか?」アルクは言った。

「見えた」ヴィナは言った。「青いマントの。四将の一人か?」

「おそらく」カインは言った。「青いマント——《ライナ》かもしれない。四将の三番だ」

「なぜ、ドルガが前に出て、ライナが後ろで見ていた?」ガドルが言った。

「……わからない」カインは言った。

 ルミが、アルクの肩でぱたぱたと翼を揺らした。「アルク、あの人——見てた。ずっと」ルミは言った。


「俺を見ていたか?」


「うん。ドルガが戦ってる間——ずっと、あなただけを見てた。戦いじゃなくて——あなた自身を、見てた」

「……どういう意味だ」

「わからない」ルミは言った。「でも、不思議な気配がした。敵意じゃなかったような気がする。でも、味方でもない。——なんか、複雑な感じ」


 アルクは、ライナが消えた霧の方向を見た。


 四将。帝国の最高戦力。なのに——戦わずに見ていた。

 何を、考えている?

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