第三十八話 霧の奥の謎と、思わぬ再会
一 回廊の奥へ
霧鬼を退けた後、全員で奥へ進んだ。
バルガが前線を守り、カインが方向を確認しながら、ゆっくりと進む。リィナが魔力探知を続けた。
「……奥に、大きな反応があります」リィナが言った。「建造物のような魔力。人工的に作られたものです」
「帝国の施設か」ヴィナが言った。
「おそらく」
三十分ほど進むと、霧が薄くなった。
開けた場所に出た。
そこには、石造りの建物が建っていた。廃墟ではない。新しい建物だ。黒い石材で作られた、小規模な要塞のような構造。入口に、黒鉄帝国の紋章が刻まれていた。
「帝国の施設だ」カインが言った。「間違いない」
「中に、ドルフがいるかもしれない」ネッサが言った。
「警備がいる」ヴィナが言った。「建物の周囲に、兵士が複数。それと、操られた魔物も」
「作戦を立てる」アルクは言った。
二 施設への潜入
作戦はシンプルだった。
バルガとガドルが正面から囮になって兵士の注意を引く。その間に、ヴィナとアルクが側面から施設に入る。ネッサとリィナは後方で支援。カインは監視。
「囮役、任せてくれ」バルガが言った。「俺の盾があれば、何人来ても問題ない」
「頼む」アルクは言った。「無理はするなよ」
「わかっている」バルガは言った。「でも、俺が壁になれば——お前たちが動ける。それが、俺の仕事だ」
作戦が動いた。
バルガとガドルが、正面で声を上げた。兵士たちが集まってくる。バルガが大盾を構えて、十人以上の兵士の攻撃を一手に受け止めた。
アルクがバルガに付与をかけた。「揺るがず、堅く」——バルガの体が、地面に根を張ったように動かなくなる。どんな攻撃も、受け止める。
「これだ!!」バルガが叫んだ。「来い!! 全員相手にしてやる!!」
その隙に、ヴィナとアルクが側面の壁を乗り越えた。
施設の内部は、薄暗かった。石の廊下が続いている。
「どっちだ」ヴィナが言った。
「ルミ、感じるか」アルクは言った。
ルミが、まだ消耗しているが、そっと光を放った。「……右。人間の気配が」
右の廊下を進むと、鉄格子の部屋があった。その中に、男が一人、座っていた。
四十代の、疲れた顔の男。でも、目が生きていた。
「ドルフさん?」アルクは言った。
男が顔を上げた。「……誰だ」
「ミアさんに頼まれて来た」アルクは言った。「ミアさんが、待っています」
ドルフの目に、光が戻った。「ミアが……!」
「早く出ましょう」
ヴィナが鉄格子の鍵を探した。アルクが格子に手を当てた。「これも、試す」アルファの力を、格子に向けて解放した。《賦与放》——付与のエネルギーが、格子を直撃した。格子が、大きく変形して、外れた。
「……お前、格子を壊したぞ」ヴィナが言った。
「結果的に」アルクは言った。
「いい使い方だ」
三 撤退と、ドルフの情報
ドルフを連れて、施設を出た。
バルガとガドルは、まだ兵士たちを引きつけていた。アルクが合図を送ると、二人は素早く離脱した。
全員で、霧の回廊を駆け抜けた。カインが印をつけた道を、逆に辿る。
回廊の出口を抜けたとき、全員が息をついた。
「……助かった」ドルフが言った。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「ミアさんに言ってくれ」アルクは言った。
「ああ」ドルフは頷いた。「……でも、君たちに伝えなければならないことがある」
「なんだ」
「あの施設で、見た」ドルフは言った。「帝国が、霧の回廊に作っているもの——それは、魔物を大量に培養するための装置だ」
「培養?」カインが言った。
「人工的に魔物を増やし、操る装置だ。すでに稼働している。霧の回廊に充満している霧も、その装置が生成している。霧鬼も、自然の魔物ではなく——帝国が作り出した人工の魔物だ」
全員が、静まった。
「規模は?」リィナが聞いた。
「今はまだ小規模だ」ドルフは言った。「でも、一ヶ月後には——数百体の操られた魔物が、霧の回廊から解き放たれるという計画があった。聞いてしまったんだ、兵士たちの会話を」
「数百体……!」ネッサが言った。
「それを止めるには、装置を壊すしかない」ドルフは言った。「でも、施設の奥深くにある。俺には、どこにあるかわからなかった」
アルクは、霧の回廊の入口を見た。
「また入る必要があるかもしれない」アルクは言った。
「今すぐじゃなくていい」ヴィナが言った。「情報と準備が必要だ」
「そうだな」アルクは言った。「まずは、ドルフさんをミアさんのところへ届けよう」
四 思わぬ再会
宿場町に戻ると、ミアが宿の前で待っていた。
ドルフの姿を見た瞬間、ミアが駆け出した。
「あなた!!」
「ミア……!」
二人が、抱き合った。ミアが泣いていた。ドルフも、目を赤くしていた。
「心配かけた」ドルフが言った。「本当に、すまなかった」
「生きていてくれれば、それで——」ミアは泣きながら言った。
全員が、少し離れてその場面を見ていた。
「よかったですね!!」ネッサが言った。涙目だ。
「お前が一番泣きそうだな」ガドルが言った。
「だって!! よかったじゃないですか!!」
「そうだな」バルガが静かに言った。「よかった」
そのとき。
宿場町の通りの向こうから、一台の馬車が来た。王家の紋章——でも、ルーエのものではない。
アルクは、その紋章を見て、記憶を辿った。
「あれは——」
馬車の扉が開いた。
出てきたのは、栗色の髪の若い女性だった。旅装束。鋭い目と、穏やかな口元。
イリア・クロシア王女だった。
イリアが、アルクたちを見た。少し目を見開いた。それから——微笑んだ。
「奇遇ですね」イリアは言った。「こんなところで、また会えるとは」
「殿下」アルクは言った。
「なぜここに」
「帝国の動きが、急に活発になったので」イリアは言った。「直接、情報収集に動くことにしました。——ちょうどよかった。あなたたちに、伝えたいことがあります」
「ルーエで会ってから、かなり経ちましたね」ネッサが言った。「でも、殿下がここにいるということは——」
「王都でも、動きがあったのか」カインが言った。
「はい」イリアは真剣な顔になった。
「父が——少し、回復しています。そして、目覚めた父が最初に言ったのが——賦活師のことでした」
全員が、アルクを見た。
「父は、賦活師に会いたいと言っています」イリアは言った。「そして——賦活師にしか、話せないことがある、と」
アルクは、ルミを見た。ルミが、翼をぱたぱたさせた。
「話しましょう」アルクは言った。「聞きたいことが、俺たちにもある」
イリアは頷いた。
「では——少し、時間をもらえますか。旅の話を、したい。それと」イリアは少し表情を緩めた。
「ネッサさん、お久しぶりです。また、お話ししたかった」
「殿下!!」ネッサが嬉しそうに言った。「あたしのこと、覚えていてくださったんですか!!」
「もちろん」イリアは笑った。「素直な方は、印象に残ります」
「えへへ!!」
ヴィナが、小さく笑った。




