第三十七話 霧の回廊への道
一 宿場町の少女
一日歩いて、街道沿いの宿場町に入った。
宿の掲示板に、一枚の依頼書が貼られていた。
「緊急依頼:《霧の回廊》に消えた調査隊の捜索。報酬は最高額。ただし、依頼を受けた冒険者が全員帰ってこない。現在、引き受け手なし」
ヴィナが言った。「……霧の回廊。カインが言っていた場所だ」
アルクは掲示板を見た。「消えた調査隊」
そのとき、掲示板の近くで泣く女性をリィナが見つけた。
「お願いです……! 誰か、主人を助けに行ってください……!」
「主人が、霧の回廊の調査隊に参加して——もう、三週間戻ってこないんです……!」
女性の名は、ミア。
宿の一室で、全員が話を聞いた。
「主人のドルフは、魔法研究者です」ミアは言った。「帝国の動きを調べるために、三週間前に霧の回廊へ調査隊と一緒に入りました。でも——誰も、戻ってこなくて」
「調査隊は何人だったか」カインが聞いた。
「五人です。主人と、冒険者の方が四人。Bランクの冒険者さんばかりで、腕が立つ方たちでした。それでも——」
「霧の回廊は、それほど危険なのか」ガドルが言った。
「入った者が戻らない、という話は以前から聞いていました」ミアは言った。「でも主人は、どうしても調べなければならないと言って」
カインが、地図を広げた。「霧の回廊は——ここです。ルーエから北東に二日ほど。山と山の間の、細長い谷地形です。年中霧が立ち込めていて、内部の様子がわからない」
「魔物の集積地がある、と言っていたな」アルクは言った。
「はい。父の情報では、帝国が何かを建設している、とも。詳細は不明です」
ミアが、涙をぬぐいながら言った。「……主人を、助けていただけますか。主人は、ただの研究者で、戦えません。きっと今も、どこかで生きているはずなんです」
「わかった」アルクは言った。「行ってみる」
「アルクさん!!」ネッサが言った。
「一人で決めてしまったが」アルクは言った。「みんな、どうだ」
「もちろん、行く」ヴィナが言った。
「異論なし」ガドルが言った。
「データが取れそうで、楽しみです」リィナが言った。
「俺の盾が役に立つ場所がありそうだ」バルガが言った。
「あたしも!!」ネッサが言った。
「よし」アルクはミアを見た。「待っていてくれ。必ず、主人を連れて帰る」
ミアが、深く頭を下げた。
二 霧の回廊へ
翌朝、七人は霧の回廊へ向かった。
二日かけて、回廊の入口に着いた。
山と山の間に、細い通路のような地形が続いている。幅は広いところで五十メートルほど。両側は切り立った岩壁だ。そして——その入口から、白い霧が濃く漂っていた。
「……ここが霧の回廊か」ヴィナが言った。
「魔力を帯びた霧です」リィナが杖を構えた。「霧牙の森と似ていますが、密度が段違いです。魔力探知が、うまく機能しないかもしれない」
「ルミ、何か感じるか」アルクが言った。
ルミが、光の粒になってアルクの前に浮かんだ。しばらく、霧の方向を見た。
「……強い魔力が、奥の方にある」ルミは言った。「でも、何かに覆われていて、はっきりわからない。——あたしの回復の光が、この霧の中では弱まる気がする。注意して」
「わかった」アルクは言った。「全員、バルガを先頭に、固まって進む。視界が悪い分、散らばらないように」
「了解だ」バルガが大盾を構えた。「俺が前に出る。何が来ても、まず俺が受け止める」
「頼む」
全員が、霧の中へ踏み込んだ。
三 霧の中の罠
五分も歩かないうちに、視界が十メートル以下になった。
足音が、霧に吸われるように消える。声も、すぐそばの人間にしか届かない気がした。
「……気持ち悪い霧だ」ネッサが言った。小声で。
「魔力で意図的に作られた霧だ」リィナが言った。
「自然のものじゃない。誰かが、維持している」
「帝国か」ヴィナが言った。
「あるいは、帝国が設置した装置が自動で生成しているか」
アルクは、付与を全員にかけながら歩いた。「感覚を鋭く」——アルファの力が、全員の知覚を少し上げた。
カインが、地図を見ながら言った。「この霧の中では方向感覚が狂います。印をつけながら進みましょう」カインは木の幹に小さな傷をつけながら歩いた。
三十分ほど進んだとき。
バルガが、突然立ち止まった。
「……何かいる」バルガは低く言った。「前方。霧の中」
全員が、動きを止めた。
霧の中から、低い音が聞こえた。
複数体。囲んでいる。
「包囲された」ヴィナが言った。
「バルガ」アルクは言った。「前を頼む。ヴィナ、右。ガドル、左。リィナ、後方を牽制。ネッサ、コレンをスタンバイ。カイン、俺の隣で情報収集を」
「わかった」
霧の中から、魔物が現れた。
人型の魔物だった。高さは二メートルほど。体が黒い霧でできているように見える。固体なのか、気体なのか、わからない。
《霧鬼》——霧の中に潜む上位の魔物だ。ヴォルタの森で出た霧鬼の長と、同じ系統。でも今回は、数が多い。七体は見える。
「また霧鬼か」ヴィナが言った。「でも、前回より動きが速い」
「霧の中が、こいつらのホームだ」ガドルが言った。「こっちが不利だ」
「でも——」アルクは言った。「前回よりも、俺たちも強い」
アルクが、アルファの力を借りて全員に付与をかけた。「霧の中でも、見えるように。感じるように」——知覚の付与だ。霧の中でも、魔物の気配が少し掴みやすくなる。
「これは——」ヴィナが言った。「霧越しに、動きが見える気がする」
「付与で、感覚を上げた。完全じゃないが、何もないよりはいい」
「十分だ」ヴィナが剣を構えた。「行くぞ」
四 霧鬼との戦いと、ルミの新たな力
バルガが、前線で盾を構えた。霧鬼が、次々と突進してくる。
バルガは、その全てを盾で受け止めた。ルミの回復の光が盾に纏わりついているので、衝撃が和らいでいる。
「来い!」バルガが叫んだ。「全部、俺が受ける!」
バルガの後ろから、ヴィナとガドルが攻撃する。でも——霧鬼は体が霧でできているため、剣が通りにくい。
「斬れない……!」ヴィナが言った。「刃が、すり抜ける」
「霧鬼は、魔力の塊が本体だ」リィナが言った。「物理攻撃が通りにくい。魔法が有効だが——この霧の中で、精密な雷撃は難しい」
「どうする」ガドルが言った。
「ルミ!」アルクは言った。「霧鬼の魔力の糸、乱せるか。前にCランクの魔物でやったやつ」
「やってみる」ルミは、光の粒の状態から、小鳥の姿になった。「でも、今回は数が多い。一体ずつしかできない。——でも」ルミは少し間を置いた。「今日、試したいことがある」
「なんだ」
「回復の光を、広範囲に散らす」ルミは言った。「霧に向かって、広く放つ。霧鬼の魔力の糸を、一気に乱せるかもしれない」
「消耗が激しくなるんじゃないか」
「なる」ルミははっきりと言った。「でも、今がやり時だと思う」
アルクは頷いた。「やってくれ」
ルミが、翼を大きく広げた。今まで見た中で一番大きく。
白い光が、ルミの体から爆発的に広がった。霧の中に、光が散らばった。まるで、無数の光の粒が霧の中を飛んでいくようだった。
光が、霧鬼たちに当たった。
七体の霧鬼が、同時に動きを乱した。体を構成する霧が、ばらばらになった。霧鬼たちが、苦しむように揺れた。
「今だ!!」アルクが叫んだ。「アルファ、リィナに全力で!」
『——いくで!!』
アルクがリィナに付与をかけた。リィナの杖が輝いた。
「《雷霆網》!!」
雷が、広がった。動きを乱された霧鬼たちを、一気に薙ぎ払った。
七体の霧鬼が、消えた。
霧が、少し薄くなった。
ルミが、アルクの肩にふわりと降りた。小鳥の姿で、翼を垂らしている。
「……消耗した」ルミは言った。「でも、できた」
「無理をさせた」アルクは言った。
「ううん」ルミは言った。「あたしが、やりたかった。広範囲に光を散らすのは——初めてだったけど、できた」
「よくやった」アルクは言った。
「ルミ、すごかったです!!」ネッサが言った。
「えへへ」ルミが小さく笑った。
「……照れてない」
「まだ何も言ってないですよ!!」ネッサが笑った。




