第三十五話 父の言葉と、アルクの防御
一 カインの父からの手紙
翌朝、アルクたちがルーエの宿で朝食を取っていると、カインが食堂に入ってきた。
顔色が、よくなかった。
「父から、続きが届きました」カインは言った。「昨夜の内容の、詳細です」
全員が手を止めた。
「読んでくれ」アルクは言った。
——『黒鉄帝国の祖先が賦活師を消したのは、単純な恐怖からだった。全ての守り手が目覚めた賦活師は、世界の理そのものに触れる力を得る。生かすも殺すも、癒すも壊すも、理論上は可能になる。帝国の祖先は、その力を持つ者が自分たちの敵になることを恐れた』」
「世界の理に触れる力……」ヴィナが言った。
「でも、賦活師は——悪いことには使わない」ネッサが言った。「アルクさんがそんなことするわけないじゃないですか!」
「帝国は、そう思わなかった」カインは続けた。「父はこう言っています。——『賦活師が与え続ける存在である限り、その力が悪用されることはない。でも、帝国はそれを信じない。力ある者は、必ず力を振るうと思っている。だから消そうとする』」
「……力を信じない者が、力を恐れる」ガドルが言った。「よくある話だ」
「『最後の守り手が目覚める前に、賦活師に力をつけさせるな。それが帝国の方針だ。彼らは今、アルクを監視している。そして——機が熟したと判断したとき、全力で動く』」だそうです。
食堂が静まった。
アルクは、手のひらを見た。ルミが、肩の上で翼をたたんでいた。アルファが、珍しく静かにしていた。
「……監視されているのか」バルガが言った。
「ヴォルタを出た頃から、ずっとだと思います」カインは言った。「警告文も、東区の火事も——全部、帝国の息がかかっていた可能性がある」
「では」アルクは言った。「俺たちに必要なことは、二つだ」
「なんだ」ヴィナが言った。
「一つは——情報を集め続けること。帝国の動きと、守り手の謎を」アルクは言った。「もう一つは——俺自身が、もっと強くなること。付与だけでなく、自分でも戦えるように」
「賛成だ」ガドルが言った。
「俺も同意する」バルガが言った。
「では、今日も特訓ですね!!」ネッサが明るく言った。
その一言で、場の空気が少し柔らかくなった。
二 アルクの防御スキル
午後、郊外の広場でアルクは特訓をしていた。
《賦与撃》は、少しずつ使えるようになってきた。短剣に付与のエネルギーを込めて放出する、アルクのオリジナルスキル。まだ威力は低いが、形にはなってきた。
でも、アルクには、もう一つ試したいことがあった。
「ルミ」アルクは言った。「防御の守り手が、いつも俺を守ってくれている」
「うん」ルミは言った。
「あの守り手の力の、一部——俺が意識的に使えないか」
ルミが、少し間を置いた。
「……難しい」ルミは言った。「あの子は、まだ眠ってる。眠ったまま、自動的に働いてる。だから、あなたが直接操ることはできない」
「でも——あの光が弾いたとき、俺の意思と、少し連動している気がした。炎の中で梁が落ちたとき、俺が『守れ』と思ったら、あの光が出た」
「……それは、あの子が感じ取ってる」ルミは言った。「あなたが強く念じたとき、反応してる。眠ってるけど、あなたの気持ちには敏感だよ」
「なら——意識的に念じれば、もう少し制御できるかもしれない」
「危険じゃないか?」アルファが言った。珍しく、慎重だった。「あの子に無理をさせたら——」
「無理はさせない」アルクは言った。「ほんの少し、試す。それだけだ」
アルクは、目を閉じた。
体の奥に意識を向ける。ルミの温もり。アルファの熱さ。そして——もう一つ。静かに、でも確かに脈打っている気配。防御の守り手。
「守ってくれ」とは、言わない。それはいつも、自動的にやってくれている。
代わりに——「俺も、一緒に守る」と、思った。
その瞬間。
アルクの体の周りで、銀色の光が、薄く広がった。
バルガが、訓練用の木剣でアルクに向かって打ち込んできた。打ち合わせていた通りだ。
木剣が、アルクに触れた瞬間——銀色の光が、衝撃を和らげた。完全には防げなかったが、明らかにダメージが減った。
「……できた」アルクは言った。
「今のは、自分でやったのか?」バルガが言った。
「半分は、守り手の子がやってくれた。でも——俺が意識した分、反応が早かった気がする」アルクは言った。「完全な制御じゃない。でも、コツが掴めた気がする」
ルミが、アルクの肩に降りた。「……あの子が、答えてくれた」ルミは言った。「眠ってるのに、アルクの気持ちに応えようとした」
「健気な子だな」アルクは言った。
「うん」ルミは言った。「だから——あまり頼りすぎないで。今は、あたしとアルファで守る。あの子には、本当に必要なときまで、眠っていてほしい」
「わかった」アルクは頷いた。「でも、このスキルは練習する。防御の守り手と、俺の意思を繋ぐ練習だ。本当のときに、すぐ動けるように」
「……それはいい」ルミは言った。「一緒に練習しよう」
三 夕暮れの会話
特訓を終えた夕暮れ、ヴィナがアルクの隣に来た。
「お前、また無茶をしたか」ヴィナは言った。
「無茶じゃない。少しずつだ」
「防御の守り手に、意識的に働きかけようとしていたのは見ていた」ヴィナは言った。「あの子は、まだ眠っているんだろう」
「そうだ」
「眠っている子に、頼るのか」
「頼るというより——俺が、その子の隣に立つ練習だ」アルクは言った。「その子が守ってくれるのを待つのではなく、俺自身が守る意思を持つ。それを練習している」
ヴィナは、しばらく黙っていた。
「……お前は、変なところで前世の治癒師らしい一面が出てくるのだな」ヴィナは言った。
「そうか?」
「病人を待たせるんじゃなくて、病人のそばに立って、一緒に考える。そういう治癒師だったんだろう」
アルクは少し驚いた。「……なぜそう思う」
「お前の動き方が、そういう動き方だから」ヴィナは言った。「仲間が攻撃するのを待って付与をかけるんじゃなくて、仲間の動きを先読みして、先に準備をしている。常に、仲間のそばにいる」
「……そういう医師だった、かもしれない」アルクは思った。
「いい治癒師だったんだろうな」ヴィナは、珍しく柔らかい声で言った。
アルクは、ヴィナを見た。夕日を受けた横顔が、いつもより穏やかだった。
「ヴィナ」アルクは言った。「前世の記憶を、俺はあまり話さないが」
「ああ」
「治癒師……医師という呼び方だが、よく思っていたことがある」アルクは言った。「一人では何もできない、と。病人も、同僚も——みんながいて、初めて誰かを助けられる」
「今と同じだな」ヴィナは言った。
「そうだ」アルクは言った。「だから——ヴィナたちがいてくれて、本当に助かっている」
ヴィナは少し黙った。それから言った。
「……そういうことを、さらっと言うな」
「本当のことだから」
「わかってる」ヴィナは、前を向いた。頬が、少し赤い。「……あたしも、お前がいて、助かっている。それだけだ」
ルミが、アルクの肩でぱたぱたと翼を揺らした。嬉しそうだった。
四 ネッサの新しい夢
その夜、ネッサがアルクのところに来た。
「アルクさん、少し聞いてもいいですか」ネッサは言った。
「なんだ」
「あたし、もっと強くなりたいんです」ネッサは言った。「コレンとの協力技も、もっと種類を増やしたくて。白銀の守炎は、炎系の技ですよね。でも——もっと違う技も、使えるようになれないかな、と」
「どんな技を想像している」
「えっとですね!」ネッサは目を輝かせた。「炎だけじゃなくて、たとえばコレンが仲間を包んで、盾みたいになったり。あるいは、コレンの炎で相手の動きを封じたり。もっといろんなことができると思うんです、本来は」
「召喚師としての力が、まだ開ききっていない、ということか」
「そうだと思います! でも、どうしたらいいか——」ネッサは少し困った顔をした。「リィナさんみたいに、魔法の理論はわからなくて。コレンとの絆を、もっと深めれば、できる気がするんですけど」
ルミが、ネッサを見た。「コレンと、もっと話してみて」ルミは言った。
「え?」
「コレンは、今のネッサより、できることがずっと多い」ルミは言った。「でも、ネッサが気づいていないだけ。コレンに——何がしたいか、聞いてみて」
「コレンに……聞く?」ネッサは、膝の上のコレンを見た。「コレン、何がしたい?」
コレンが、ネッサを見た。そして——ゆっくりと、立ち上がった。
コレンが、ネッサの胸の前に来て、前足でネッサの胸をとん、と叩いた。
「胸?」
もう一度、とん、と叩いた。
「……ネッサの中、ってこと?」ネッサは言った。「あたしとコレンの——絆の中に、まだ眠ってるものがある、ってこと?」
コレンが、ぴょん、と跳ねた。
「そういうことか……!」ネッサは目を輝かせた。「コレン、これからもっとたくさんお話ししようね!!」
コレンが、嬉しそうに尻尾を揺らした。
「それと」アルクは言った。「いつだったか——召喚師専用の、特別な装備があると聞いたことがある」
「召喚師専用の装備!?」ネッサが前のめりになった。
「遺跡や古い宝物庫に眠っている、というのが、カインの父からの文献にあった」アルクは言った。「賦活師が賦活師専用の力を持つように——召喚師には、召喚師の秘宝がある、と」
「秘宝!!」ネッサが言った。「あたし、絶対手に入れたいです!!」
「いつか、旅の中で見つかるかもしれない」アルクは言った。「その時のために、今は絆を深めておくといい」
「はい!!」ネッサは、コレンをぎゅっと抱いた。「コレン、一緒に強くなろうね!!」
コレンが、ぴょん、と跳ねた。




