第三十一話 石化のバジリスクと、守る力
一 ルーエ南部の異変
祝いの翌朝、カインが青い顔で食堂に飛び込んできた。
「父から緊急の連絡です」カインは紙を握りしめていた。「盟主の正体について、新しい情報が——」
「待て」アルクは言った。「まず座れ。落ち着いて話せ」
カインが座った。深呼吸をした。
「盟主の正体は、二百年前に賦活師を消した組織の流れを汲んでいるということ。そして今、その組織が大陸の東で力を持っている、ということです。その正体は帝国です。」
「帝国!?」ヴィナが言った。
——彼らはすでに動いている。魔物の異常出没は、彼らの仕業だと」
「魔物を操って、何が目的なんだ」ガドルが言った。
「わかりません」カインは首を振った。「でも、ルーエが狙われているのは確かです。この国に賦活師の記録があるから」
そのとき、宿の外が騒がしくなった。
衛兵が走ってくる。「冒険者の方々! 南の村で——人が、石になっています!」
「石に?」アルクは立ち上がった。
「はい! 村人が、何人も石化していて——魔物の仕業だと!」
全員が、顔を見合わせた。
「石化させる魔物……」リィナが眉をひそめた。「まさか——バジリスクですか」
二 バジリスクの脅威
南の村に急行すると、惨状が広がっていた。
村の広場に、石になった村人が数人、立ち尽くしていた。逃げようとした姿勢のまま、灰色の石像になっている。
「これは……」ネッサが息を呑んだ。「みんな、石に……」
「まだ生きています」リィナが石像に手を当てた。「石化は——完全に死んだわけじゃない。魔力で固められた状態。解除できれば、元に戻る可能性がある」
「解除できるのか」アルクが言った。
「バジリスクを倒せば、魔力が解けるはずです」リィナは言った。「でも——バジリスクは、目を見ると石化する。視線が、武器なんです」
村の奥から、低い音がした。
現れたのは、巨大な蜥蜴だった。全長五メートル。鶏冠のような頭部の飾り、八本の脚、そして——両目が、紫色に光っていた。
《バジリスク》。Aランク上位の魔物。その視線を浴びた者は、石になる。
「目を見るな!!」リィナが叫んだ。「視線を合わせたら、石化する!」
「どうやって戦う」ヴィナが言った。目を逸らしながら剣を構える。
「視線を避けながら接近するしかない」リィナが言った。「でも——目を見ずに戦うのは、至難の業です」
バジリスクが、こちらを見た。紫の視線が走る。
「伏せろ!」ヴィナが叫んだ。
全員が顔を伏せた。紫の光が、頭上を通り過ぎた。後ろの木が、灰色に石化した。
「木が石になった……!」ネッサが震えた。「あれを浴びたら——」
「即、石化だ」バルガが言った。「厄介な相手だな」
三 ルミの活躍——守りの光
バジリスクの視線を避けながら、全員が思案した。
「アルク、付与で全員を強化しても、目を見たら終わりだ」ヴィナが言った。「視線対策がないと、近づけない」
「リィナ、石化を防ぐ方法は」アルクが言った。
「魔力的な障壁があれば——でも、私の魔法は攻撃特化で、防御障壁は苦手です」リィナが言った。
そのとき、ルミが、アルクの肩から飛んだ。
「アルク」ルミが言った。「あたし、やってみたいことがある」
「なんだ」
「回復の光は、傷を治すだけじゃない」ルミは言った。「魔力の乱れを整える力がある。前に、操られた魔物の魔力の糸を乱したでしょう。——その逆もできる気がする。仲間の体に、回復の光を纏わせれば、石化の魔力を打ち消せるかもしれない」
「やれるのか」
「やってみないとわからない」ルミは言った。「でも——たぶん、できる」
「ルミの判断を信じる」アルクは言った。「やってくれ」
ルミが、翼を大きく広げた。
白い光が、ルミの体から放たれた。柔らかく、温かい光。それが——全員の体を包んだ。
全員の肌が、うっすらと白く光った。
「これは……」ヴィナが自分の手を見た。「温かい」
「回復の光を、纏わせた」ルミは言った。「石化の魔力が来ても、この光が打ち消す。——たぶん。でも、長くは保たない。あたしの消耗が激しいから。早く決めて」
「十分だ」アルクは言った。「ルミ、ありがとう」
バジリスクが、再び視線を放った。
紫の光が、ヴィナに当たった。
ヴィナの体が——石化しなかった。白い光が、紫の光を弾いた。
「効いてる……!」ヴィナが言った。「ルミの光が、石化を防いでる!」
「今のうちです!!」ネッサが叫んだ。
四 総力戦と、防御の守り手の予兆
ルミの光に守られて、全員が動いた。
アルクが、アルファの力を借りて全員に付与をかけた。「速く、強く」——ヴィナ、ガドル、バルガの動きが上がる。
ヴィナが、視線を恐れずにバジリスクの懐に飛び込んだ。今までなら目を見るのを避けて動きが鈍ったが、ルミの光があるから、まっすぐに踏み込めた。
「目を狙う!」リィナが叫んだ。「視線さえ潰せば、石化はできなくなる!」
「私が魔法で狙います!」リィナが杖を構えた。「アルクさん、魔力を!」
アルクが、リィナにアルファの付与をかけた。リィナの魔力が増幅される。
リィナが、細い雷撃を放った。バジリスクの右目を、正確に撃ち抜いた。
バジリスクが、悲鳴を上げた。
「左目も!」リィナが続けて雷を放つ。左目も潰した。
バジリスクが、視線を失った。紫の光が、消えた。
「視線が消えた!」ガドルが言った。「これで近づける!」
ガドルとバルガが、左右から斬りかかった。アルクの付与で、攻撃力が跳ね上がっている。バジリスクの鱗を砕き、脚を切り裂く。
バジリスクが暴れた。視線を失って、めくらめっぽうに尾を振り回した。
その尾が——アルクに向かった。
アルクは、付与に集中していて、避けられなかった。
「アルク!!」ネッサが叫んだ。
尾が、アルクに直撃する——その瞬間。
アルクの体の周りで、銀色の光が弾けた。
今までも何度か見た、防御の光。でも今回は——少し違った。光が、いつもより強く、明確だった。
尾が、見えない壁に弾かれた。
バジリスクの巨大な尾が、まるで岩にぶつかったように跳ね返された。
「……今の」アルクは、自分の体を見た。
『——アルク、無事か!?』アルファが言った。
「無事だ」アルクは言った。「でも、今の防御は——いつもより強かった」
ルミが、アルクの肩に飛んできた。「……あの子だ」ルミが言った。
「あの子?」
「防御の守り手」ルミは言った。「ずっと眠ってる、三番目の子。——でも、アルクが危ないとき、無意識に動いてる。あの子は、ずっとアルクを守ってる」
「三番目の守り手……」
「あの子は、特別」ルミは言った。「あたしやアルファみたいに、簡単には目覚めない。でも——アルクを守る力だけは、ずっと働いてる。眠ったまま」
アルクは、自分の体の周りを意識した。確かに——いつも、何かに守られている感覚があった。それが、三番目の守り手。
「ヴィナ!」アルクは叫んだ。「トドメを!」
「わかってる!」
ヴィナが、視線を失ったバジリスクの首めがけて飛び込んだ。アルクが最大の付与をかける。アルファの力が乗る。
ヴィナの剣が、バジリスクの首を貫いた。
バジリスクが、崩れ落ちた。
五 石化の解除
バジリスクが倒れた瞬間、石化していた村人たちの体が、淡く光った。
灰色の石が、少しずつ色を取り戻していく。
「戻ってる……!」ネッサが言った。
石像だった村人たちが、ゆっくりと動き始めた。最初に石化した老人が、目を開けて、自分の手を見た。
「……わしは、どうなって——」
「無事ですよ!」ネッサが駆け寄った。「もう大丈夫です!」
村人たちが、次々と元に戻っていった。家族が抱き合い、子供が泣きながら親に駆け寄った。
アルクは、その光景を見ていた。
「全員、助かったか」アルクは言った。
「はい」リィナが確認した。「石化していた全員が、元に戻りました。後遺症もなさそうです」
ルミが、アルクの肩で、ぐったりとしていた。小鳥の姿で、翼を垂らしている。
「ルミ」アルクは心配した。「大丈夫か」
「……消耗した」ルミは弱々しく言った。「全員に光を纏わせるの、思ったより大変だった。でも——みんな、石化しなかった。よかった」
「無理をさせたな」
「ううん」ルミは言った。「あたしの力が、役に立った。それが——嬉しい」
アルクは、ルミをそっと手のひらに乗せた。
「ありがとう、ルミ」アルクは言った。「お前がいなかったら、誰も近づけなかった」
「えへへ」ルミが、小さく笑った。「アルクに褒められた」
『——ルミ先輩、かっこよかったで!!』アルファが言った。
「アルファに褒められるの、なんか新鮮」ルミが言った。
『うちも、たまには先輩を褒めるんや!!』
「ありがとう、アルファ」
『えへへ!!』
「お前ら、似てきたな」アルクは言った。
『似てへん!!』『似てない』
二人が同時に言った。
アルクは笑った。
六 夜、防御の守り手について
その夜、ルーエの宿で、アルクはルミとアルファに、三番目の守り手について尋ねた。
「防御の守り手は、どんな子なんだ」アルクは言った。
「わからない」ルミは言った。小鳥の姿で、枕元に止まっている。「あたしも、アルファも、あの子の声を聞いたことがない」
『うちも知らん』アルファが言った。『でも——おる、ってことは感じる。ずっと、アルクの周りで働いてる』
「なぜ、目覚めないんだ」
「あの子は——たぶん、一番大変な役目を持ってる」ルミは言った。「あたしは回復。アルファは付与。でも、あの子は——防御。アルクが死なないように、ずっと守り続けてる。だから、休めない。眠ったまま、ずっと働いてる」
「ずっと、働いている」
「うん」ルミは言った。「あたしたちは、覚醒したら姿が出て、話せるようになった。でも、あの子は——働き続けてるから、覚醒する余裕がないんだと思う」
『せやから——』アルファが、珍しく静かに言った。『あの子が目覚めるときは、たぶん、めちゃくちゃ大変なときや。アルクが、ほんまに死にそうなとき。そのときだけ、あの子は全部の力を出す』
アルクは、自分の体の周りを意識した。今も、どこかで、三番目の守り手が働いている。眠ったまま、休まずに、アルクを守り続けている。
「……礼を、言いたいな」アルクは言った。「いつか、あの子が目覚めたら」
「目覚めたら、言ってあげて」ルミは言った。「あの子は、ずっと一人で頑張ってきたから」
「ああ」アルクは言った。「必ず」
窓の外、ルーエの夜空に、星が瞬いていた。
二人——いや、まだ姿を見せない一人を含めて、三人の守り手。
アルクは、自分が一人ではないことを、改めて感じた。




