第三十話 二人の決意と、新しい絆
一 ヴリトラ戦の振り返り
ヴリトラを倒した夜、リィナが手帳を広げて、アルクに質問を始めた。
「アルクさん、今日の戦いで、一つはっきりさせたいことがあります」リィナは真剣だった。「あなたの付与の仕組みです」
「仕組み?」
「ええ。今日、あなたは私の魔力を増幅した。ヴィナさんの剣を強化した。コレンを変身させた。——でも、その全てに、アルファが関わっていましたよね」
アルクは少し考えた。
「……そうだ」アルクは言った。「正確に言うと、俺は一人では付与ができない」
「やはり」リィナがペンを止めた。「詳しく聞かせてください」
「付与の力は、アルファのものだ」アルクは言った。「俺は、その力を引き出して、対象に届けているだけだ。アルファが力の源で、俺がそれを使う。二つで一つ、と言えばいいか」
「では——アルファが覚醒する前、霧丘で霧蜘蛛に『退け』と思ったとき、ヴィナさんの動きが速くなったときは?」
「あのときは、アルファがまだ眠っていた」アルクは言った。「でも、力の一部が——漏れ出ていた、という感じだ。俺が意識すると、眠っているアルファの力がわずかに反応した。本人も気づかないまま」
「なるほど」リィナが書き込んだ。「アルファが目覚める前は、無意識下で微弱に漏れていた力を、あなたが手探りで使っていた。アルファが覚醒したことで、その力が本格的に使えるようになった——そういうことですね」
「そうだ」
『そういうことや!!』アルファが、くるくると回った。『うちが付与の本体や!! アルクは、うちの力を使う達人や!!』
「達人かどうかはわからないが」アルクは言った。
「では、ルミは?」リィナが聞いた。
「ルミは、回復と空間の力の源だ」アルクは言った。「俺が回復するときは、ルミの力を使っている。亜空間も、ルミの力だ」
「つまり——」リィナが整理した。「あなたは、複数の守り手の力を引き出して使う存在。守り手それぞれが、異なる力の源。あなたは、それを統合して行使する。——賦活師とは、そういう存在なんですね」
「そうみたいだ」アルクは言った。「俺一人では、何もできない。守り手がいて、初めて力になる」
「だから——」ルミが、小鳥の姿でアルクの肩に止まった。「あたしたちは、いつもアルクのそばにいる」
『せやで!! うちらがおらんと、アルクはただの荷運りや!!』
「それは事実だが、もう少し言い方が」アルクは言った。
『褒めとるんやで!! うちらが必要やってことや!!』
リィナが手帳を閉じた。「よくわかりました。これは重要な情報です。あなたの力は、守り手の数と覚醒度に比例して増える。守り手が全員目覚めたとき——あなたは、計り知れない力を持つことになる」
テーブルが、少し静かになった。
「でも、今はまだ二人だ」アルクは言った。「ルミとアルファ。焦らず、一つずつだ」
二 ガドルとリィナの申し出
その夜、バルガが正式に仲間入りを申し出た後、ガドルとリィナが残った。
「アルク」ガドルが言った。「俺たちからも、話がある」
「なんだ」
「俺たちは、北の調査を引き受けて、お前たちと一度別れた」ガドルは言った。「でも、調査の途中で気づいた。魔物の異常出没の中心が、北から西へ——お前たちが向かった方向へ移動していると。だから、追ってきた。
「それは知っている」アルクは言った。「礼を言う、追ってきてくれて」
「礼はいい」ガドルは少し間を置いた。「それより——俺たちは今まで、お前たちと『臨時の協力関係』だった。霧牙の森を一緒に調査したが、正式に仲間になったわけじゃなかった」
「そうだったな」
「だから、改めて言いたい」ガドルは真剣な顔をした。「俺たちを、正式にパーティに入れてくれ」
アルクは少し驚いた。「臨時じゃなく、正式に、か」
「ああ」ガドルは言った。「今日のヴリトラ戦で、確信した。お前の付与を受けて戦うのは——楽しい。久しぶりに、生きてる実感がある。俺は長い間、これというものを探していた。やっと見つけた気がする」
「私も」リィナが言った。「賦活師の研究は、私の人生のテーマになりました。でも——それだけじゃない。あなたたちといると、毎日が発見の連続です。退屈しない。だから、一緒にいたい」
「データ目的じゃないんですね!」ネッサが横から言った。
「半分はデータ目的です」リィナは真顔で言った。「でも、もう半分は——仲間といたいから。それじゃ、だめですか」
「だめじゃないです!!」ネッサが言った。「すごく嬉しいです!!」
アルクは、ガドルとリィナを見た。それから笑った。
「こちらこそ、よろしく頼む」アルクは手を差し出した。
ガドルが、その手を力強く握った。リィナとも握手をした。
「これで、正式に七人だな」ガドルが言った。
「賑やかになりますね!!」ネッサが言った。
「賑やかすぎないか心配だが」アルクは言った。
『賑やかな方がええやろ!!』アルファが回った。
「お前が一番賑やかだ」アルクは言った。
『せやろ!!』
「褒めてない」
三 祝いの食卓
翌日の夜、宿の食堂で、ささやかな祝いの席が設けられた。
バルガの仲間入りと、ガドル・リィナの正式加入。三人を祝う席だ。
「今日は特別な日だ」アルクは言った。「だから、特別なものを出す。——ルミ、頼めるか」
「うん」ルミが、光の粒になってアルクの手に集まった。
亜空間の扉が、ふわりと開いた。アルクが意識を向ける。祝いの席にふさわしい、豪華なもの。前世の記憶を辿る。
湯気が立った。
まず現れたのは、きつね色の唐揚げの山。揚げたての香ばしい匂いが立ち上る。表面はカリッと、中から肉汁が滲んでいる。
次に、彩り豊かなちらし寿司。酢飯の上に錦糸卵の黄色、海老の赤、絹さやの緑が散って、宝石箱のようだった。
それから、豆腐とわかめの味噌汁。湯気と一緒に、優しい香りが漂う。
そして、デザートにいちごのショートケーキ。真っ白なクリームの上に、つやつやのいちごが乗っている。スポンジは、ふわふわで軽い。
最後に、果実をしぼった甘い飲み物が全員分。
バルガが、固まった。
「な——なんだ、これは」バルガが声を震わせた。「布から、料理が……しかも、見たこともない料理が……」
「賦活師の、空間の力です!!」ネッサが嬉しそうに言った。「すごいでしょう!!」
「すごいなんてものじゃない」バルガが目を丸くした。
バルガが、恐る恐る唐揚げを一つ食べた。動きが止まった。
「……うまい」絞り出すように言った。「外はカリッと、中は肉汁が溢れる。こんなにうまいものが、この世にあるのか」
「あるんですよ!!」ネッサが言った。
ガドルが唐揚げを三つまとめて口に入れた。「これは、いくらでも食えるな……!」
「食べ過ぎるなよ」リィナが言った。でも彼女もちらし寿司を一口食べて、目を見開いた。「……この酢飯の酸味、絶妙です。具材との調和が完璧で——」
「リィナさん、分析しながら食べてる!!」ネッサが笑った。
ヴィナが味噌汁を一口飲んだ。「……落ち着く」静かに言った。「派手なものもいいが、こういうのが一番ほっとする」
ルミ、アルファ、コレンには、専用の小皿が用意された。
ルミは味噌汁を少し飲んだ。「……あったかい。あたし、これ好き」
アルファは、ショートケーキのクリームに飛び込んだ。
『——あまっ!!! ふわふわや!!! 天国か!!!』
「飛び込むな」アルクが言った。
『これは飛び込むしかない!!!』
コレンは唐揚げの匂いを嗅いで、嬉しそうに尻尾を揺らした。ネッサが小さく切り分けてやった。
バルガが、ショートケーキを食べた。少し間があった。
「……これは、平和の味だな」バルガが静かに言った。
「平和の味?」ネッサが言った。
「戦場では、こんなものは食べられない」バルガは言った。「こういうものを食べられるのは、平和だからだ。守るべきものが、ここにある」
テーブルが、少し静かになった。
「いいこと言いますね、バルガさん」ネッサが言った。
「柄にもないことを言った」バルガは照れた。
アルクは、その光景を見渡した。七人と、守り手たち。賑やかな食卓。
ヴォルタで一人荷運びをしていた頃には、想像もできなかった光景だった。




