第二十九話 再会と、Sランクの脅威
一 広場の男
ルーエの広場で、見知らぬ男が叫んでいた。
四十前後の、傷だらけの鎧を着た男だ。背中に大剣を背負っている。冒険者たちに囲まれているが、誰も首を縦に振らない。
「誰かいないか!」男は声を張り上げた。「ルーエの北に、Sランクの魔物が出た! 一人じゃ無理だ! 組んでくれる奴を探してる!」
周囲の冒険者たちは、顔を見合わせて後ずさるばかりだった。Sランク。その言葉だけで、誰もが尻込みしていた。
「Sランクって、本当ですか……」ネッサが小声で言った。
「あの男、嘘をついている顔ではない」ヴィナが言った。「本物だ」
そのとき、広場に走り込んできた者がいた。
「アルク!!」
声に振り返ると——ガドルだった。その後ろにリィナもいる。北の調査に向かったはずの二人だ。
「ガドル!」アルクは言った。「なぜここに」
「北の調査で、嫌な情報を掴んだ」ガドルは息を切らしていた。「魔物の異常出没の中心が、ルーエの北に移動している。Sランクの個体が確認された。お前たちが西に向かっていたので、追ってきた」
「ちょうどいいタイミングだ」アルクは広場の男を見た。「あの男も、同じ魔物の話をしている」
「知っている」ガドルは言った。「あいつはバルガ。Aランクの冒険者だ。腕は確かだが——一人では、Sランクは無理だ」
リィナが前に出た。「アルクさん、状況を整理します」リィナは冷静に言った。「Sランクの魔物が一体。ルーエの北の渓谷に出現。このまま放置すれば、ルーエの都に向かう可能性が高い。——戦力が必要です」
「全員でやるしかない」ヴィナが言った。
アルクは頷いた。広場の男——バルガに近づいた。
「俺たちが組む」アルクは言った。
バルガが振り返った。アルクを上から下まで見た。「……お前たちが? 失礼だが、お前は冒険者には見えないが」
「ランク外の、賦活師だ」
「賦活師?」バルガは眉をひそめた。「聞いたことがない職業だな」
「説明は後だ」ヴィナが言った。「Sランクの場所へ案内しろ。あたしたちが戦力になる」
バルガはしばらく迷った。それからガドルを見た。「ガドル、こいつらは信頼できるのか」
「できる」ガドルは即答した。「俺が保証する」
「……わかった」バルガは頷いた。「来てくれ。だが、覚悟はしておけ。あの魔物は——尋常じゃない」
二 渓谷の魔物
ルーエの北の渓谷は、切り立った岩壁に囲まれた狭い地形だった。
その奥に、それはいた。
全長十メートルを超える、巨大な蛇——いや、蛇ではない。胴体は蛇のようだが、頭部に二本の角があり、背中から黒い翼が生えていた。鱗は黒曜石のように光り、目が金色に燃えている。
「《ヴリトラ》……」リィナが息を呑んだ。「災害級の飛竜種。文献でしか見たことがない」
「Sランクの中でも、上位の個体だ」バルガが言った。「俺の仲間が、先週これに——」
バルガは言葉を止めた。その手が、剣の柄を握りしめていた。
「仲間を、失ったのか」アルクは言った。
「ああ」バルガは静かに言った。「だから、俺はこいつを倒す。そのために組む相手を探していた」
ヴリトラが、こちらに気づいた。金色の目が、アルクたちを捉えた。長い首をもたげて——口を開いた。
口の奥に、青白い光が集まり始めた。
「ブレスが来る!」リィナが叫んだ。「散開!!」
全員が左右に散った。
次の瞬間、ヴリトラの口から、青白い閃光が放たれた。地面を抉り、岩を溶かしながら、まっすぐに突き抜けた。光が通った後には、溶けた岩の溝が残った。
「あれを食らったら、即死だ」ガドルが言った。
「作戦を立てる」ヴィナが言った。冷静だった。「正面からは無理だ。アルク、全員に付与をかけられるか」
「やる」アルクは言った。「でも、Sランク相手だと、付与だけでは足りないかもしれない」
「足りない分は、頭を使う」ヴィナは全員を見渡した。「リィナ、あなたの魔法の射程と威力は」
「雷が得意です」リィナは言った。「中距離なら、雷撃を当てられる。でも——あの鱗は、魔法を弾く可能性がある」
「弱点を探す必要がある」カインが言った。高台に上がりながら。「文献では、飛竜種の弱点は——翼の付け根と、口の中。鱗のない部分だ」
「口の中はブレスを撃つ瞬間しか開かない」ヴィナが言った。「翼の付け根を狙うには、空中の相手に届かせる必要がある」
「コレンなら飛べます!」ネッサが言った。「強化すれば、翼の付け根まで届くかも!」
「いい」ヴィナは頷いた。「作戦を決める」
三 総力戦・前半
ヴィナが、全員に役割を割り振った。
「ガドルとバルガは前衛。ヴリトラの注意を地上に引きつける。あたしも前衛に加わる。リィナは中距離から雷撃で牽制。ネッサはコレンを強化して、翼の付け根を狙うタイミングを待つ。カインは全体を見て指示。アルクは——全員に付与を回す」
「了解だ」ガドルが斧を構えた。
「わかりました」リィナが杖を構えた。
「はい!」ネッサが札を握った。
「アルク」ヴィナが言った。「お前の付与が、この戦いの鍵だ。全員に、必要なときに必要な分を回してくれ」
「アルファ」アルクは言った。「手伝ってくれ」
『——任しとき!! 全員に届けたるわ!!』アルファの声が、いつもより力強かった。
「ルミ」アルクは言った。「回復を頼む。誰かが傷ついたら」
「わかった」ルミは小鳥の姿から光の粒になった。「いつでもいける」
ヴリトラが、再び口に光を集め始めた。
「ブレスだ!」カインが高台から叫んだ。「右に避けて!」
全員が右に動いた。閃光が、左を抜けた。
「今だ、行け!」ヴィナが叫んだ。
ガドルとバルガが、地上から突進した。ヴリトラの胴体に攻撃を加える。鱗が硬く、刃が浅くしか入らない。でも、注意を引くには十分だった。
アルクが、二人に付与をかけた。「力強く」——アルファの流れが乗る。攻撃力が跳ね上がった。
ガドルの斧が、ヴリトラの鱗を一枚、砕いた。
「効いてる!!」ガドルが叫んだ。「アルク、この調子で頼む!!」
リィナが、中距離から雷撃を放った。細く、鋭い雷が、ヴリトラの頭部を狙った。
しかし——鱗に弾かれた。
「やはり魔法が通らない……!」リィナが舌打ちした。
「リィナ!」アルクが叫んだ。「お前にも付与をかける! 魔力を増幅できるか試したい!」
「魔力の増幅!?」リィナが目を見開いた。「そんなことが——」
「やってみる!」
アルクは、リィナに意識を向けた。今まで、付与は「体の強化」が中心だった。でも——リィナの魔力の流れを見たとき、そこにも「強化できる線」があることに気づいた。
「増えろ。強くなれ」——アルファの流れを、リィナの魔力に重ねた。
リィナの杖が、青く輝いた。
「——これは」リィナが息を呑んだ。「魔力が……溢れてくる……!」
「もう一度撃ってくれ!」
リィナが、杖を構え直した。雷撃を放つ。
今度の雷は、太く、激しかった。先ほどの数倍の威力。それが、ヴリトラの鱗を——貫いた。
ヴリトラが、初めて悲鳴を上げた。
「効いた……!」リィナが目を見開いた。「アルクさんの付与で、魔法の威力が——!」
「魔力にも付与がかかるんだ!」アルクが言った。
「これは——革命的です!」リィナが叫んだ。「攻撃魔法に付与を重ねれば、Sランクの鱗すら貫ける!」
『うちの付与が、魔法にも乗るんや!!』アルファが興奮していた。『おもろい!! もっといけるで!!』
四 総力戦・後半
ヴリトラが、怒りで暴れ始めた。
翼を広げて、空中に舞い上がった。地上の攻撃が届かなくなる。
「飛んだ!」ガドルが言った。「届かない!」
「ネッサ!」ヴィナが叫んだ。「コレンの番だ!」
「はい!!」ネッサが札を握りしめた。「コレン、お願い!!」
コレンが炎の姿で現れた。ネッサが「アルクさん!」と叫んだ。
「強化する!」アルクが言った。「アルファ、コレンに全力で!」
『——いくで!!』
アルクとアルファが、コレンに付与をかけた。
コレンの体が、燃え上がった。猫サイズから、一気に大きくなる。翼を持つ炎の獣——以前見た姿に変わった。さらに、今回はその上があった。炎の色が金から白へ、そして青白い炎へと変化した。
「コレンが……!」ネッサが息を呑んだ。「もっと大きくなってる……!」
コレンが、空へ舞い上がった。ヴリトラに匹敵する速さで。
ヴリトラが、コレンに気づいた。空中で向き合う、二体の竜と炎の獣。
「ネッサ、コレンに指示を!」ヴィナが叫んだ。「翼の付け根を狙え!」
「コレン!」ネッサが叫んだ。「翼の付け根! あそこ!」
コレンが、ヴリトラの背後に回り込んだ。青白い炎を纏って、翼の付け根——鱗のない部分に、突進した。
炎が、ヴリトラの翼の付け根を焼いた。
ヴリトラが、バランスを崩した。空中で体勢を立て直せず、地上へ落下し始めた。
「落ちてくる!」カインが叫んだ。「今がチャンスです! ヴィナさん、口の中を!」
「アルク!」ヴィナが叫んだ。「最大の付与を! 今だけでいい!」
「アルファ!」
『——全部出すで!! アルクも一緒に!!』
アルクとアルファが、全力でヴィナに付与をかけた。
ヴィナの体が、橙色と白の光に包まれた。今まで以上に強い光だった。
落下してきたヴリトラが、地面に激突する寸前——苦痛で口を開いた。
その口の中へ。
ヴィナが、跳んだ。
光の軌跡を引きながら、ヴリトラの開いた口へ向かって、剣を構えて飛び込んだ。剣が、口の中——鱗のない柔らかい部分に、深々と突き刺さった。
ヴリトラが、痙攣した。
「バルガさん、ガドルさん、今です!」カインが叫んだ。
ガドルとバルガが、同時に動いた。アルクが二人に付与をかける。ガドルの斧が、ヴリトラの首を打った。バルガの大剣が、続けて打ち込まれた。
ヴリトラの巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
渓谷に、地響きが響いた。
そして——静寂が訪れた。
五 戦いの後
ヴィナが、ヴリトラの口から飛び降りた。着地と同時に、膝をついた。付与の反動だ。
「ヴィナ!」アルクが駆け寄った。
「大丈夫だ」ヴィナは荒い息で言った。「無茶をした。でも——倒せた」
「無茶しすぎだ」
「お前の付与がなかったら、口の中まで届かなかった」ヴィナはアルクを見た。「全員の力が、合わさったから倒せた」
バルガが、ヴリトラの亡骸を見つめていた。しばらく、動かなかった。
「……倒した」バルガはぽつりと言った。「本当に、倒した」
「仲間の、仇か」アルクは言った。
「ああ」バルガは亡骸に向かって、静かに頭を下げた。「やっと、報告できる」
しばらく沈黙が流れた。
バルガが顔を上げて、アルクたちを見た。「礼を言う。お前たちがいなければ、俺は——また、無駄に命を落とすところだった」
「全員の力だ」アルクは言った。
「いや」バルガは首を振った。「お前の力が、中心にあった。お前の付与がなければ、誰の攻撃も届かなかった。リィナの魔法も、ヴィナの剣も、コレンの炎も——全部、お前が底上げした」
アルクは少し考えた。
「俺は、与えるだけだ」アルクは言った。「攻撃はできない。でも、みんなが力を出せるように、底上げはできる」
「それが、賦活師か」バルガは言った。
「そうかもしれない」
リィナが、興奮した様子で手帳に書き込んでいた。「アルクさん、今日のデータは膨大です。魔力への付与、召喚獣の二段階強化、複数同時付与——全部、記録的な成果です」
「データ収集、お疲れさまです」ネッサが言った。
「これは学術的にも価値があります」リィナは真顔で言った。「賦活師の付与は、戦闘のあらゆる側面を強化できる。剣も、魔法も、召喚獣も。——つまり、賦活師は単体では弱いが、仲間がいればいるほど強くなる」
「与えれば与えるほど、強くなる」アルクは言った。前にリィナが言った言葉だ。
「そういうことです」リィナは頷いた。
コレンが、元の手のひらサイズに戻って、ネッサの肩に乗った。ネッサが「コレン、すごかったよ!!」と撫でた。コレンが嬉しそうに尻尾を揺らした。
ルミが、アルクの肩に降りた。小鳥の姿で。
「みんな、無事でよかった」ルミは言った。
アルファが、くるくると回った。
『——うち、めっちゃ働いたで!! 褒めて!!』
「働いた」アルクは言った。「ありがとう、アルファ」
『えへへ!! ルミ先輩は!?』
「……よくやった」ルミが言った。
『先輩に褒めてもろた!! 今日は記念日や!!』
「大げさだ」
『大げさちゃう!!』
ガドルが豪快に笑った。「賑やかな守り手たちだな」
「慣れます」ネッサが言った。「すごく賑やかですけど、慣れるとかわいいです!!」




