第二十五話 アルファ、登場
一 村の騒ぎ
ルーエまであと二日という村で、騒ぎが起きていた。
村人が「魔物が来る」と叫んでいる。子供が泣いている。老人が走れずに立ち尽くしている。
ルミが、アルクの肩の上で固まった。
光の粒の状態から、反射的に小鳥の姿になった。翼を広げて、光の方向をじっと見た。
「……ルミ?」アルクが言った。
「……来た」ルミは言った。声が、少し震えていた。「もう、来てた」
光の中から、何かが飛び出してきた。
小さかった。光の塊、とでも言えばいいか。橙色に輝く不定形の何かが、くるくると空中を回って——全員の前で止まった。
ルミより、少し形がはっきりしている。でもまだ定まっていない。球体に近いが、端がゆらゆら揺れている。そして——目が、あった。
その目が、アルクを見た瞬間。
『——あ!! やっと会えた!! めっちゃ待ったで!!』
全員が、固まった。
声は、はっきりしていた。ルミが最初に「アルク」と言ったときより、ずっとはっきりしていた。
でも——言葉が多い。勢いがある。エネルギーが有り余っている。
『おんどれがアルクやろ!! なんで来るのこんな遅いねん!! 待ちくたびれてもうたわ!!』
「……あなたは」アルクが言った。
『うちや!! ずっとアルクの中におったのに!! 全然気づいてくれへんかったやないか!!』
「気づかなくてすまなかった」
『ほんまやで!! ——って、あ、でも、気づいてくれてよかった!! 嬉しい!!』
ルミが、翼をたたんだ。先輩として何かを言おうとした。でも——何を言えばいいか、出てこなかった。
「ルミ」アルクが言った。「何か言わなくていいのか」
「……うん」ルミは言った。「少し、待って」
『この白いやつ かわいいな!!』
「ルミだ。先輩だ」
『先輩ぃ!? 守り手に先輩とかあるんや!! 初めて知ったわ!!』
ルミが、少し息を吸った。それから言った。
「……よろしく」
『よろしくな先輩!! うちはアルファや!! よろしゅう頼むで!!』
「……アルファ」ルミは繰り返した。「うるさい子だね」
『うるさくない!! 元気なだけや!!』
「同じだよ」
『ちゃうちゃう!!』
ヴィナが、静かに言った。「——魔物は?」
二 実戦、即席
全員が我に返った。
騒ぎの原因を確認すると、村の東側に魔物が三体出ていた。Cランクの魔物だ。村人が農作業中に遭遇したらしい。
「行こう」ヴィナが言った。
四人が動いた。アルク、ヴィナ、ネッサ、カイン。
アルファが、アルクの周りをくるくると回りながらついてきた。
『行くで!! うちも行くで!!』
「戦えるのか」アルクが言った。
『——うん、たぶん』急に声が小さくなった。『まだ、よくわからん。でも、なんかできる気がする』
「無理するな」
『せやけど!! やってみたい!!』
ルミが、アルファの隣に浮かんだ。光の粒の状態で。
「最初は見てなさい」ルミは言った。「どういう場面でどう動くか、見てから考えて」
『先輩、厳しいな』
「厳しくない。当然のことを言ってる」
『……わかった』アルファは素直に言った。『見とく』
魔物の前に出た。ヴィナが剣を抜いた。
アルクは付与をかけた。「速く」と思う。ヴィナの動きが上がる。一体目が仕留められた。
そのとき。
アルクの体の中で、何かが動いた。
いつもとは違う感触だった。ルミの温もりとは別の、もっと熱い何かが——アルクの付与の流れに混じってきた。
「っ——」
ヴィナへの付与が、急に倍になった。
ヴィナが、自分の動きの変化に気づいて目を見開いた。一体目より速く、二体目に踏み込んだ。あっという間に仕留めた。
『あ!! うちがやった!! なんかわかった!! アルクの付与に乗っかったらええんや!!』
「アルファ、今のはお前がやったのか」アルクが言った。
『たぶん!! よくわからんけど!! でもなんかできた気がする!!』
「制御できてるか」
『……うーん』アルファは正直に言った。『できてるかどうか、まだわからん。でも、崩れてはない気がする』
ルミが、アルファの隣に来た。「……すごい。最初からそんなにできるとは思わなかった」
『先輩、褒めてくれてる!! 嬉しい!!』
「褒めてない。事実を言っただけ」
『ツンデレや!!』
「違う」
『ツンデレやって!!』
三体目を、ヴィナとネッサのコレンが片付けた。
戦闘終了。かかった時間は、いつもの半分以下だった。
三 名前のこと
村人たちにお礼を言われた後、広場で一息ついた。
アルファが、全員の前でくるくると回っていた。まだ形が定まっていない。球体に近いが、端がゆらゆらしている。
「アルファ」アルクが言った。「その名前は、もう決まっているのか」
『うん!! アルファや!! 最初の一番や!! 一番最初に起きたのはルミ先輩やけど、付与では一番!!』
「付与の守り手だという自覚があるのか」
『あるで!! それだけははっきりしとる!! うちは付与が得意や!! でも、まだ全部はできへん。なんとなくわかることと、全然わからんことがある』
「正直でいい」
『嘘つくのは嫌いや!!』
ルミが言った。「アルファ、一つだけ聞いていい?」
『なに、先輩』
「さっき、アルクの付与に乗っかった、と言っていた。あれは、自分でやろうとしてやったのか」
『——うーん』アルファは少し考えた。珍しく静かになった。『やろうとした、というより……アルクの流れが見えたから、合わせた、という感じや。川に流れがあって、そこに飛び込んだ感じ』
「川に飛び込む……」ルミは少し考えた。「それは、いい表現かもしれない」
『そうか!? 先輩に褒めてもらえた!!』
「褒めてない。感心しただけ」
『ツンデレや!!』
「違うって言ってる!!」
ネッサが「ルミが怒ってる!! かわいい!!」と言った。
「かわいくない!!」
全員が笑った。
四 夜、アルファの疑問
その夜、村に宿を借りた。
アルクが部屋で休んでいると、アルファがふわふわと浮いてきた。
『アルク、聞いてええか』
「なんだ」
『うちは——アルクの中に、ずっとおったんやろ?』
「そうらしい」
『でも、アルクは気づいてなかった?』
「気づかなかった。ルミのことも、最初は気づいていなかった」
『……そうか』アルファは少し静かになった。声が、いつもより落ち着いていた。『うちは、ずっと見てたで。アルクが荷運びしてるのも、誰かを助けるのも。ルミが先に起きて、ヴィナとか仲間ができていくのも』
「見ていたのか」
『見てた。起きられへんかっただけで、見てた』アルファはゆっくりと言った。『アルクがもっと早く全力を出してたら、うちも早く起きられたかもしれへん。でも』
「でも?」
『アルクのペースで良かったと思う』アルファは言った。『無理して全力出して、仲間を失ったら——うちが起きても意味ない。みんなが揃ってから起きる方が、うちも嬉しかった』
アルクは、アルファを見た。普段のうるさい勢いとは違う、静かな目があった。橙色の光の中に、温かいものがある。
「アルファ」
『なに』
「ありがとう」
『——何が』
「見ていてくれて」
アルファが、少し揺れた。橙色の光が、少し明るくなった。
『……そんなん言うなや』
「なぜ」
『恥ずかしいやろ!!』
「さっきまで落ち着いていたのに」
『落ち着きすぎてもキャラちゃうし!!』
ルミが、枕元から言った。「アルファ、さっきの方が好きだった」
『先輩まで!!』
「本当のこと言っただけ」
『もう!! 先輩も意地悪や!!』
「意地悪じゃない」
『ツン——』
「違うって言ってる!!」
アルクは笑った。賑やかになった部屋を見渡して——悪くない、と思った。




