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第二十二話 次の扉

一 ルミの空間魔法

 翌朝、ルミが「試したいことがある」と言った。

 全員が中庭に集まった。ルミがアルクの手のひらの上に立って、翼を広げた。


「亜空間の扉を、大きくする」ルミは言った。「今まではアルクが手を伸ばして、小さいものしか出せなかった。でも——もっと大きな扉を開けると思う」

「どのくらい大きく?」リィナが聞いた。

「やってみないとわからない」

「また言った」リィナが苦笑した。

「ほんとにわからないんだよ」ルミは少し拗ねたように言った。

「わかりました、やってみましょう」


 ルミが目を閉じた。翼から光が広がる。アルクも意識を向けた。亜空間。いつも手探りで引き出していた場所。今日はルミが先導している。


 空間に、亀裂が入った。

 横幅一メートルほどの、光の扉が開いた。

「おお」ガドルが言った。

「大きい!!」ネッサが言った。


 扉の向こうに、広い空間が見えた。薄暗いが、広大だった。これまで断片的に感じていた「亜空間」の全体像が初めて見えた気がした。

「中に入れるか?」アルクは言った。

「入れる」ルミは言った。「でも今日は——中に何があるか、確認するだけにしよう」


「なぜ」


「急に全部すると、大変なことになるかもしれないから」ルミは真剣な顔で言った。「あたしも、全部は把握できてない」

「どのくらいの大きさなんだ、あの空間は」

 ルミは少し間を置いた。「……大きい。すごく。建物がいくつか入るくらい」

 全員が沈黙した。

「建物が?」リィナが手帳を取り出した。「それは、つまり——巨大な収納空間が、アルクに付与されているということですか」


「付与されてるというより——もともとある、という感じ」ルミは言った。「あたしが管理している。中に何があるかは、少しずつ確認する」

「アイテムが入っているのか」カインが言った。

「たぶん」ルミは翼を少し広げた。「危険なものは入っていない。でも、大切なものはある。今はまだ、アルクに必要なタイミングで出す」

「それはルミが判断するのか」

「うん」ルミははっきりと言った。「あたしが一番わかってるから」

「頼もしいな」ガドルが言った。

「頼もしくあろうとしてる」ルミは言った。「でも、まだ全部わかってるわけじゃない」


二 ネッサの短剣と、小さな進歩

 午後、ヴィナがネッサの稽古をつけていた。

 ネッサは今日で十二日目だ。最初は構え方すら危なっかしかったが、今は基本の動きが形になってきた。


「もう一度。左足を前に出して、重心を低く」

「こうですか!」

「まだ腰が高い。膝を曲げろ」

「あ、こうですか!?」

「……そうだ」ヴィナは少し驚いた顔をした。「今の、良かった」

「本当ですか!!」ネッサが飛び跳ねた。「やった!!」

「飛び跳ねるな。折角の構えが崩れる」

「あっ! ごめんなさい!!」ネッサが急いで構え直した。「えっと——こう?」

「良い」

 ヴィナはネッサの構えを見ながら、一歩引いた。

「一つ教える」

「はい!」

「短剣は、剣ほど力がない。だから——使い方は逃げるためだ」

「逃げるため?」

「敵の攻撃を一瞬だけ逸らして、逃げる時間を作る。それだけできれば、短剣は十分だ。倒す必要はない」

「倒さなくていいんですか」

「お前の役割は召喚師だ。コレンに繋ぐまでの時間を稼げれば十分。自分が倒そうとするな」


 ネッサは少し考えた。「……それって、ヴィナさんが逃がしてくれるってことですか。あたしが逃げる間、ヴィナさんが守ってくれるってことですよね」

「そうだ」ヴィナは言った。

「……なんか、それってすごく」ネッサは少し照れたような顔をした。「信頼されてる感じがして、逆に嬉しいんですけど」

「逃げることを信頼する、という言い方は変か」

「変じゃないです! むしろ——ヴィナさんが守ってくれるなら、逃げることに集中できます」

 ヴィナは少し目を細めた。「……お前は、変なところで前向きだな」


「よく言われます!」

「褒めてる」

「今日、ヴィナさんに二回も褒めてもらった!! 記録更新です!!」

「記録するな」

「しちゃいます!!」


 ルミが近くの石塀に止まって、二人を見ていた。コレンもネッサの足元でくるくる回っていた。


三 夜の研究会議

 夜、カインが地図と資料を広げた。

「今日の報告をまとめます」カインは言った。「魔物の広域出没は、一昨日の霧鬼の長の敗退で、ヴォルタ周辺は落ち着いてきた。でも——北の港町と東の山岳地帯では、まだ続いています」


「根本の原因が、まだ残っている」リィナが言った。

「はい。そして——もう一つ」カインは一枚の紙を出した。「父から、連絡が来ました——盟主の組織が、次の動きに入ったとある」


「次の動きとは」ヴィナが言った。

「正確にはわかりません。でも父は『西を見ろ』と言っています」

「西か」ガドルが地図を見た。「西というと——」

「小国が多い地域です」カインは地図の西側を指した。「大きな国家に挟まれた、小さな国が点在している。その中に——ルーエという国があります」

「聞いたことがない」

「小さな国ですが、農業が盛んで、民が穏やかで豊かに暮らしている。ただ——軍事力は弱い」

「狙われやすい」ヴィナが言った。

「はい。そして、ルーエには古い伝承があります。賦活師にゆかりのある地だ、という」


 全員がアルクを見た。

「行くか?」ガドルが言った。

「情報が足りない」アルクは言った。「でも、目は向けておく必要がある」

「イリア殿下に情報を共有する手もある」カインが言った。

「連絡を取ってみよう」

 ルミが、アルクの肩の上でぱたぱたと翼を揺らした。

「ルミ、何か感じるか」アルクは言った。

 ルミは少し間を置いた。「……西の方角、気になる。何かある気がする。良いことか悪いことかは——まだわからない」

「良いことの可能性は?」

「ある」ルミははっきりと言った。「次に起きる必要があることと、関係してる気がする」

「次に起きる必要があること?」

 ルミは翼を一度広げた。それから、静かに言った。

「……次の子が、目を覚ましそうなタイミングが近い。そことどこかで繋がってる気がする」


 全員が静まった。


「次の守り手が覚醒するのと、西の動きが関係している?」リィナが言った。

「わからない」ルミは言った。「でも——あたしが一人で起きたとき、ちゃんとした理由があった。きっかけがあった。次の子にも、きっかけがある気がする」


「きっかけは何だろう」ネッサが言った。


「それが——」ルミは少し言いにくそうに言った。「たぶん、戦いだと思う。今より、もっと大きな」

 テーブルが静かになった。

「……準備が必要だな」ガドルが言った。

「そうだ」アルクは言った。「全員で、強くなろう」


四 次の予兆

 その夜遅く、アルクは一人で外に出た。

 夜風が気持ちいい。星が出ている。

 ルミが肩に止まっていた。


「ルミ」アルクは言った。

「なに」

「次の守り手のことを、もう少し教えてくれるか」

 ルミは少し間を置いた。「……あたしよりは、はっきりしてる」

「どういう意味だ」

「あたしは最初、光の粒だった。でも次の子は——最初から、もう少し形がある気がする。眠ってるけど、すごくエネルギーがある」

「どんな子だ」

「……元気。すごく。それと——」ルミは少し考えた。「しゃべるのが好きだと思う」

「おしゃべりか」

「うん」ルミはぱたぱたと翼を揺らした。「あたしよりずっと」

「ルミも十分しゃべるようになった」

「あたしはまだ控えめだよ」

「そうか?」

「そうだよ」ルミは言った。「次の子はもっと——にぎやかだと思う。きっと」

「楽しみだな」

「……アルクが楽しみにしてくれてよかった」ルミは言った。「あたしは少し、心配してる」

「何を」

「あたしのこと、忘れないか心配してる」

 アルクは少し驚いて、ルミを見た。ルミは真剣な顔をしていた。小さな鳥の顔が、月明かりを受けて少し輝いていた。

「忘れない」アルクは言った。「誰が増えても」

「……ほんとに?」

「ほんとに」


 ルミは少し間を置いた。それから、ぱたぱたと翼を揺らした。

「……よかった」ルミはそう言って、アルクの頭の上に移った。「今日はここで寝る」

「頭の上に住むな」

「いいじゃん」

「重い」

「そんなに重くない!!」

「鳥の体重でも、頭の上は落ち着かない」

「もう!!」

 ルミは渋々肩に移った。それからしばらくして、小声で言った。

「……アルク」

「なに」

「あたし、もっといろんなことができるようになりたい。アルクを守れるくらい、強くなりたい」

「今でも十分守ってくれてる」

「でも、まだ足りない気がする」ルミは言った。「次の子が起きたとき、あたしは先輩だから。ちゃんとしたい」


「先輩か」アルクは笑った。


「笑わないで」

「笑ってない」

「笑ったよ!!」

「……少しだけ」

「もう!!」


 ルミがぷくっとした。アルクはまた少し笑って、夜空を見上げた。

 星が、きれいだった。

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