第二十一話 ルミ、完全覚醒
一 変わった朝
朝の光が窓から差し込んだとき、アルクは枕元に何かの重みを感じた。
目を開けると、白い小鳥が枕の端に座っていた。
手のひらに乗るくらいの大きさ。丸い頭、小さなくちばし、ふわふわとした羽毛。翼をたたんで、ちょこんと座っている。目が大きくて、黒曜石のように澄んでいた。
その小鳥が、アルクと目が合った瞬間。
「おはよう」
はっきりと、言った。
アルクはしばらく動けなかった。
「……ルミ」
「うん」小鳥——ルミは、ちょこんと首を傾けた。「はっきり見える?」
「見える。すごく」
「よかった」ルミは小さな翼を広げて、一度ぱたぱたさせた。「飛べるようになった。昨日の夜から」
「昨日の戦いで、何かが変わったのか」
「変わった」ルミは言った。「アルクが全力を出したから。あたしも全力を出せた。そしたら——こうなった」
アルクは手を差し出した。ルミがぴょこ、と手のひらに移った。軽い。羽毛の感触がある。温かい。
「……本当にいるんだな」
「ずっといた」ルミは少し不服そうに言った。「ずっとそばにいた」
「わかってる。でも、こうして触れると、より実感がある」
「触れてよかった」ルミはまた首を傾けた。「ねえ、アルク。あたしのこと、みんなに紹介して」
「もちろん」
「あと——今日から、もっといろんなことができるようになると思う」
「どんなことが」
「やってみないとわからない」ルミは言った。「でも、感じてる。扉が開いた、みたいな感じ」
二 全員への紹介
食堂に全員が集まったとき、アルクが手のひらを差し出した。
ルミが、ちょこん、と座っていた。
ネッサが最初に声を上げた。
「え゛——っ!!!」
「どうした」
「か、かわいい!!! なにこれなにこれ!!! ルミですか!? ルミがこんな姿に!!!」
「そうだ」
「ちっちゃ——!! 丸い!!! 目がまんまるですよ!!!」
ルミがネッサを見た。「ネッサ」
「そうです!! ルミ、喋った!!! かわいい声!!!」
「喜んでくれてありがとう」ルミは言った。それからコレンを見た。コレンがネッサの肩から身を乗り出している。「コレンのこと、知ってる。仲良くしてたから」
コレンがぴょん、と跳ねた。ルミもぱたぱたと翼を揺らした。
「うわ〜仲良し〜!!」ネッサが言った。
「落ち着け」ヴィナが言った。でも、その目がルミを見ていた。真剣に見ていた。
「ヴィナ」ルミはヴィナを見た。「昨日は、首飾りを使わないでくれてよかった」
ヴィナが少し動きを止めた。「……覚えていたのか」
「ずっと見てたから」ルミは言った。「あたしたちは、アルクのそばで全部見てる」
「そうか」ヴィナは静かに言った。「……よかった、と言ってくれるか」
「よかった」ルミははっきりと言った。「ヴィナがいなくなったら、アルクが悲しむ。それだけじゃなくて——あたしも嫌だ」
ヴィナは少し目を細めた。何かを言おうとして、黙った。
ガドルが「小さいのに、言うことが重いな」と言った。
「ルミは賢いんですよたぶん!」ネッサが言った。
「賢くはない」ルミは言った。「でも、よく見てる」
「十分賢いですよ!!」
リィナが手帳を取り出した。「ルミ、いくつか聞いていいですか。学術的な興味として」
「どうぞ」
「あなたの属性は何ですか」
「回復と、空間」
「複数属性ですね。では、今日からどんなことができますか」
「やってみないとわからない」ルミは繰り返した。「でも——今まで断片的にしかできなかったことが、ちゃんとできる気がしてる」
「具体的には」
「回復を、もっと遠くまで届けられる。複数人に同時に届けられる。あと——空間の扉を、大きくできるかもしれない」
「空間の扉?」リィナがペンを止めた。「それは、亜空間の出入口を拡大できる、ということですか」
「うん」ルミは言った。「試したことはない。でも、できる気がしてる」
「できる気がしている、というのが判断基準なんですね」
「そうだよ」ルミは真顔で言った。「それ以外の判断基準がない」
リィナが苦笑した。「正直でいいですね」
三 最初の実戦
その日の昼過ぎ、ギルドに依頼が入った。
街道の外れで、魔物に荷馬車が囲まれている。御者は木の上に逃げているが、降りられない状態だ。Cランクの魔物が三体、馬車の周りをうろついている。
「行こう」ヴィナが言った。
現場に着くと、状況は報告通りだった。Cランクの魔物三体。馬車の荷物が散乱している。木の上から御者が「助けてくれ!」と叫んでいる。
ヴィナが剣を抜こうとした。
そのとき、ルミがアルクの肩から飛んだ。
宙に浮かんで、三体の魔物を見た。それから、アルクを振り返った。
「アルク、後ろに下がって」
「どうするつもりだ」
「回復の光を、散らしてみる。直接攻撃はできないけど——光が当たると、操られてる魔物は魔力の糸が乱れる。試してみたい」
アルクは頷いた。後ろに下がった。
ルミが、翼を広げた。
白い光が、ルミの体から放たれた。柔らかい光だ。攻撃的な鋭さはない。でも、その光が三体の魔物に当たった瞬間。
魔物たちが、動きを止めた。
数秒間、ぼうっとしたように立ち尽くした。そして——方向転換して、森の中へ戻っていった。
「……追い払った?」ガドルが言った。
「操られていた糸を、乱した」ルミは戻ってきた。「全てを完全に解くのは難しい。」
「十分だ」ヴィナが剣を鞘に収めた。「戦わずに済んだ」
「体力の消耗がゼロですね!!」ネッサが言った。「ルミすごい!!」
「すごくない」ルミは言った。「強い魔物には効かない。あと、複数体に同時にやると消耗する」
「それでも十分すごいです!!」
ルミが翼をぱたぱたさせた。照れているように見えた。
「……照れてる?」ネッサが言った。
「照れてない」
「照れてますよ!!!」
「照れてない!!」
アルクは苦笑した。ルミが「照れてない」と言い張るのは、ぴょんぴょんしていた頃と変わらない気がした。
四 夕暮れの会話
帰り道、ヴィナがアルクの隣を歩いた。
「ルミが戦力になってきた」ヴィナは言った。
「そうだな。でも無理させたくない」
「本人がやりたがってるだろ」
「やりたがってはいる。でも、限界は俺が見ておきたい」
ヴィナは少し間を置いた。「……お前は、周りの限界をよく見てるな」
「前世の習慣みたいなものだ」
「あたしの限界も見てるのか」
「見てる」
「昨日は見えなかったんじゃないか。あたしが首飾りを出す前に気づかなかった」
「気づいてた」アルクは言った。「でも、止めるタイミングを間違えた。反省している」
ヴィナは少し驚いた顔をした。「……反省してるのか」
「ヴィナが首飾りを出す前に、もっと早く声をかけるべきだった」
「あたしが限界を隠してたから——」
「それも含めて、読めなかった。次はちゃんとする」
ヴィナは黙った。しばらく歩いてから言った。「……お前は、変なところで真剣だな」
「変なところか?」
「普通、仲間の限界を自分の反省にはしない。それは本人の問題だと考える」
「でも、俺が付与で負担を分散できれば、限界を先に延ばせる。だから俺の問題でもある」
ヴィナはまた黙った。
「……難しい男だ」
「よく言われる」
「褒めてる」ヴィナは前を向いたまま言った。それから、小さく付け加えた。「……少しだけ」
ルミが、アルクの肩でぱたぱたと翼を揺らした。楽しそうだった。




