第十五話 王女の来訪と、ヴォルタの夜
一 タークの報告
灰爪亭に戻ると、タークが珍しく真剣な顔で待っていた。
「全員、座れ」
テーブルに地図が広げられている。全員が顔を見合わせながら椅子を引いた。ルミがアルクの肩でぴょこんと縮こまった。緊張感を察したらしい。
「さっき、王都から早馬が来た」タークは地図を指で叩いた。「魔物の異常出没の範囲が、ヴォルタだけじゃない。北の港町でも、東の山岳地帯でも、同時多発的に報告が上がっている。ギルド本部からの通達だ——各地の冒険者に原因調査の依頼が出た」
「広域か」ヴィナが眉をひそめた。「やはり、一つの原因が根本にある」
「それだけじゃない」タークはもう一枚の紙を出した。「明後日、王女殿下がヴォルタに来る」
全員が、少し間を置いた。
「王女が?」ガドルが言った。「なぜここに」
「魔物の異常出没が広域に及んでいることを受けて、王家が直接視察に動いた。ヴォルタは最初に異常が報告された地域だから、最初の視察先になったらしい。警備の騎士団と一緒に来る」
「王女様が来るんですか!」ネッサが目を輝かせた。「わあ、本物の王女様! すごい!」
「浮かれるな」タークが言った。「うちのギルドも視察対象になってる。依頼の管理状況を確認されるから、帳簿の整理を頼むぞ、ネッサ」
「あ、はい! 頑張ります!」
「ついでに言うと、ゴウダも報告の場に呼ばれてる。霧牙の森の件を直接話すためだ」タークはアルクを見た。「お前も同席するよう、ゴウダが言っていた」
「俺も?」
「ゴウダが『あいつも連れて行く』と言い張ってる。断るなら自分で断れ」
二 ヴィナとの朝
翌朝、アルクは早起きして港を歩いていた。
考えることが多かった。遺跡の石板の言葉。カインが話した「女神の加護」。賦活師が必要とされる理由。魔物の広域出没。そして、王女の視察。
波の音が落ち着く。前世でも、悩んだときは外を歩いていた。
「早いな」
背後から声がした。ヴィナだった。剣を腰に下げ、軽装で立っている。朝の鍛錬帰りらしく、髪が少し乱れていた。
「お前こそ」
「毎朝走ってる」ヴィナはアルクの隣に並んで海を見た。「何を考えてた」
「いろいろと」
「王女の件か」
「それもある。でも主に——なぜ魔物が広域で動いているのか、その根本が気になって」
「同じ何かに動かされている、ということは確かだな」ヴィナは腕を組んだ。「ただ、その何かが何なのかが見えない」
「カインが言っていた『盟主』。そしてヴォルタを出発する前に届いた警告文。全部繋がっている気がする」
「お前は、怖くないのか」ヴィナが言った。
「何が」
「賦活師という存在を狙っている者たちがいる。その者たちが、すでにお前を把握している」
アルクは少し考えた。「怖い、かどうかはわからない。でも——」
「でも?」
「逃げる理由がない、と思ってる。逃げたところで、ルミたちはついてくるし、力は使えるし、誰かが困っていたら手が出る」
ヴィナが、少し笑った。「……本当に、変な男だ」
「よく言われる」
「褒めてる」ヴィナは海を向いたまま言った。それから、少し間を置いて。「……お前が変な方向に動こうとしたとき、止める役は誰がやるんだ」
「ルミがやってる。最近は」
「ルミだけに任せるな」ヴィナはアルクを見た。
「わたしもやる」
それだけ言って、ヴィナは来た道を戻っていった。
アルクはその背中を見送って、海に向き直った。
ルミが肩の上でぴょん、と跳ねた。
「……今のは、どういう意味だ」
ぴょん、ぴょん。(自分で考えろ)
「またそれか」
ぴょん!(そうだよ)
三 ネッサの作戦
その日の午後、ネッサが帳簿整理の手を止めて、アルクに近づいてきた。
「アルクさん、ちょっといいですか!」
「なに」
「王女様が来るじゃないですか!」ネッサは小声で言った。目がきらきらしている。「せっかくだから、いいところを見せたくないですか!」
「いいところ?」
「なんかこう——すごい冒険者に見せるとか! 格好よく!」
「俺はランク外の雑用専任だが」
「それは——そうなんですけど」ネッサは少し困った顔をした。「でも、アルクさんって本当はすごいじゃないですか! それをなんとか伝えられたらなって!」
「なぜ王女に伝える必要がある」
「ええと……その、なんとなく! アルクさんがちゃんと認められてほしいな、って!」
「認められなくても困らない」
「もうっ」ネッサは少し頬を膨らませた。それからはっとして「ごめんなさい、失礼なこと言いました!」
「失礼じゃない」アルクは言った。「気にしてくれてありがとう」
「……も、もう少し嬉しそうにしてもらえたら、こっちも張り合いがあるんですけどー!」
ルミがぴょんぴょんと跳ねた。同意しているらしい。
「ルミまで!」アルクは言った。
「ルミも言ってますよ!」ネッサが笑った。「ね、ルミ!」
ルミがぴょん。
「二対一か」
「三対一じゃないですか、コレンも入れると!あれから召喚符を使わなくても自由に出てこれるようになったんです!」
コレンがぴょん、と跳ねた。
「……全員か」
四 王女来訪の前夜
夜、食堂に全員が集まった。
ガドルが大きな手を組んで言った。「王女の護衛騎士団がヴォルタに入るなら、冒険者として動きにくくなるかもしれない。遺跡の件はしばらく保留にした方がいいか」
「同意します」カインが言った。「調査中の件を王族に知られるのは、今は早い。父も、情報は慎重に扱うよう言っていました」
「では王女が来ている間は、普通に過ごす」ヴィナが言った。
「普通に、って——アルクさんはゴウダさんと一緒に報告の場に呼ばれてますよね」ネッサが言った。「大丈夫ですか、ちゃんと話せますか! 緊張しませんか!」
「緊張するかどうかはわからないが、普通に話す」
「普通に……アルクさんの普通が少し心配なんですよね! なんか変なこと言いそうで!」
「変なことは言わない」
「でもアルクさん、前に王都でもすごいあっさり行動してたらしいじゃないですか!炎の中に飛び込んだり!」
「あれは必要だったから」
「それが心配なんですよーっ!」
ガドルが豪快に笑った。「ネッサ、お前はアルクのことが心配で仕方ないんだな」
「そ、そうじゃないですけど! みんなのことが心配なんです!」
「俺のことは心配してくれないのか」
「ガドルさんは見るからに頑丈そうなので!」
「傭兵に対して失礼じゃないか」
「ごめんなさい! 頑丈な上にかっこいいです!」
「フォローが雑だ」
リィナが小さく笑った。「ネッサって、素直でいいですね」
「リィナさんはどうなんですか! 心配じゃないですか!」
「私は自分の身くらい守れます」
「うーん、みんな頼もしくてずるいな!」ネッサは言って——それからアルクを見た。「アルクさんだけ心配って言ったら、変ですか」
「変じゃない」アルクは言った。
「……じゃあ、心配します」ネッサは言った。少し頬が赤い。「えっと、だから、あんまり無茶しないでください。ちゃんと帰ってきてください。それだけです!」
「わかった」
ヴィナが、静かにカップを傾けた。何も言わなかった。でもその目が、少しだけ遠いところを見ていた。




