第50話 暴虐と貪欲の頭領・クロンダイク
――砂漠に、夜が明けた。
空気が凍てつく常闇を切り裂き、太陽が砂丘の端から昇る。その光が地上を照らした瞬間、世界は再び灼熱の地獄へと変貌する。
深夜、戦闘盗賊軍『シャッテン』の襲撃に遭った俺たちは、敵の頭領との決闘に備え、気温が上がりきる前に朝食を済ませることにした。
戦を前に、ポーキーが栄養価の高い食事を用意してくれた。彼は非戦闘員だが、自分にできる限りの奉仕を尽くしてくれた。その心遣いが、今は何よりも有難い。
これからクロンダイクの盗賊ギルドに立ち向かうのは、俺とニーナ、そしてシチリア先生とハチマルのスート騎士2人。さらにメルド兄妹を加えた布陣だ。今までにない激闘になるのは間違いない。
スペードの7、シチリア先生は手持ちのナイフを念入りに手入れしている。それを見たスペードの8、ハチマルもまた、長刀に研磨剤を走らせ、鋭い刃面を整えていた。
「……随分と張り切っているな、シチリア」
「当たり前よ。召喚士ちゃんやニーナちゃんをあんなに手こずらせた相手だもの。ティーチャーとして、教え子を傷つけた輩にはお仕置きをしなくちゃ☆ ハチマルちゃんも同じ思いでしょ?」
「うむ。敵はニーナの剣すら通さぬ輩と聞いた。剣士として、聞き捨てならぬ相手だ」
「それだけじゃないわ。剣だけじゃなく、魔法さえも無効化するらしいの。貴女の長刀と、あたしの魔法がどこまで通用するか……試してあげるわ!」
シャッテンに煮え湯を飲まされたことで、俺たちを鍛え上げた師範騎士たちのプライドに火がついたようだ。本来は教育係として召喚した彼女たちが、いよいよ実戦に投入される。これほど心強いことはないが……。
「力試しも構いませんけど、本当の相手は戦闘員を指揮するクロンダイクだってことを忘れないでくださいよ、先生!」
二人のやり取りに俺が割って入る。昨夜負った右肩の傷は包帯で固めてあるが、動くたびにズキズキと軋む。だが、魔力は既に全回復だ。
「御主人様、無理はしないでください……!」
ニーナが心配そうに覗き込んでくる。主の負傷を黙って見過ごすような騎士たちではないことは分かっているが、彼女たちの闘志は頼もしくも危うい。
「そーよ☆ 召喚士ちゃんがこんなに頑張ってるんだから、今度はあたしたちの番!」
「……ところで、ジンとラミィ殿はどうしたのだ?」
ハチマルの問いに、俺は砂丘の先を見据えて答えた。
「敵陣の偵察ですよ。この砂丘の奥にある廃墟と化した貧民街全体が、クロンダイクのアジトになっているんです」
かつての街としての機能を失ったその場所は、今や盗賊の巣窟だ。ジンたちの報告によれば、一見人気はないが、建物や地下にはシャッテンの伏兵が潜んでおり、迂闊に近づけば即座に餌食にされるという。
「しかし、貴殿は真の義人であるな。友の仇討ちとはいえ、己を賭してまで使命を果たそうとする。これも後に【革命】を起こすための布石か?」
……ハチマル殿、それは少し買い被りすぎだ。
「俺はただ……ジンとラミィを、あんな下衆どもと同じ殺人鬼にしたくない。それだけですよ」
俺の言葉に、ニーナが深く頷く。ギャンブラーとしての打算を捨て、俺たちはメルド兄妹の心に巣食う闇を払う道を選んだ。たとえそれが、本来の使命から遠回りをすることになろうとも。
「……いやはや。召喚士殿の心意気、しかと見届けたぞ!」
♡
――さて、俺たちの準備はここまでだ。
そろそろ、『奴』の姿を覗いてみるとしよう。
盗賊ギルド頭領・クロンダイク。
奴が鎮座するのは、砂漠中央の貧民街地下。灼熱の太陽を遮り、地下水脈を独占して築き上げた、贅の限りを尽くしたアジトだ。
盗賊の頭領と聞いて、何を想像するだろうか?
私利私欲を貪り、肥え太った肉ダルマか?
棘だらけの肩パッドにモヒカン頭で叫ぶ狂人か?
残念ながら、そのどちらでもない。
「オイ、ページワン! 何処ほっついてやがる、さっさと面出しやがれ!!」
響き渡るのは、ドスの利いた高圧的な声。玉座の周囲には、奴隷として囲われた女たちが侍っている。
砂漠の地下で酒池肉林を体現するその男の表情には、しかし充足感など微塵もない。ただ底なしの欲に突き動かされ、青筋を立てて苛立っていた。
「―――オルァァァ、さっさと出てこい!!!!!」
苛立ちのままに酒瓶を扉へ投げつける。
盗賊の衣装で着飾ってはいるが、その華奢な体躯と金髪、そしてギラついた眼光は、統治者というよりは狂犬のようなチンピラを彷彿とさせた。
彼こそが砂漠を牛耳る頭領、クロンダイク。
そして、その剣幕に圧されて姿を現したのは、戦闘盗賊軍『シャッテン』の指揮官・ページワン。数多の戦場を潜り抜けてきた老兵である。
「く、クロンダイク様。お怒りはごもっとも……例の騎士と召喚士を取り逃がした件、いかなる処罰も受ける覚悟であります」
「処罰だぁ? そんなもんより先にやることがあんだろうが。もう手は打ってあんだろうな、あぁ?」
威圧的な言動の中に、冷徹なまでの合理性が垣間見える。この男が頭領として君臨しているのは、単なる暴力だけではないカリスマ性ゆえだ。
「はっ、既に全軍へ戦闘配置を指示しております。地下、市街、砂漠周囲に至るまで滞りなく……」
「待ちやがれ!」
クロンダイクがその言葉を遮る。
「テメェの手下なんざ、弱点を突かれりゃ屁の突っ張りにもならねぇってことが、まだ分かんねぇのかよ!」
「御冗談を! 彼らの装備は剣も魔法も寄せ付けぬ、我が軍が誇る最強の……!」
「相手は東の大陸でサイクロプスを屠った騎士だぞ! 逆境に慣れてる奴ほど怖ぇもんはねぇんだよ。俺様の首を取るってのは、そういう『不可能』を平らげてくる奴のことを言うんだよ!!」
ページワンは言葉を失った。
クロンダイクはただの強欲な男ではない。強者の理屈を、戦いの本質を理解している。真剣勝負において、最も厄介なタイプだ。
「俺様の制裁を喰らいたくなきゃ、今すぐ配置をやり直してこい! 完璧にな!!」
「は、はいっ!!」
怒号に弾かれるように、ページワンが飛び出していく。
ふと見れば、玉座の背後には山をなす金銀財宝。そして、その反対側には――。
「ぐ、く……殺せ……早く殺せ……っ!!」
かつてジンとラミィが所属していた盗賊同盟『ダウトの使者』の生き残りたちが、無残に囚われていた。
左手に黄金、右手に人質。
強敵クロンダイクとの決戦は、日没と共に幕を開ける――。
(いつでも来やがれ、メルド兄妹。そして、カードを携えた召喚士さんよぉ……!!)




