第5話 豚の尻尾と負け犬
――異世界の夜、『プレジデント王国』のある酒場でのちょっとしたトラブル。
俺がエールを片手に晩酌のひとときを味わっている最中に、顔を真っ赤にして安酒をあおり、養豚場の豚のようにのたうち回っている奴に出会ってしまった。
「おらぁ〜、早く飯持ってこいってんだコンチキショーめ〜〜!!」
――奴の名は、ポーキー・テイルス。
その名の通り『豚のしっぽ』と例えるに相応しい、太った兵士が酒場で暴れ回っていた。
幸いにも俺とニーナ以外に客が居なかった為、酒瓶やら食器をひっくり返すくらいの被害しか無かったが、眉間に皺を寄せた主人の顔が、俺の飲む酒の味を台無しにしていく。
「あの人、随分飲んでいますね。ご主人様、止めなくて良いんですか?」
「止めろったって……俺が行った所で、火に油を注ぐようなもんだろ」
ニーナの彼を心配する眼差しを、俺は敢えて反らした。
俺のことを冷たい男だと思う奴もいるだろう。だが前世でカジノ巡りをしていた頃は、ギャンブルに負けて自棄酒に溺れていった奴を何千何万と見てきた。
俺みたいなギャンブラー達は、そんな奴らを豚のように蔑んで見ていた。ただひたすらに金に執着するだけの存在だった。
だが、転生して『召喚士』という職業を授かった俺には、早くも心の変化が生まれていた。
「……何だぁ〜? 何見てんだよ、お前! お前もオイラに文句があるのかよぉ〜!!」
俺とポーキーの目が合った途端、アイツはなりふり構わず、俺の顔に酒樽ごとシードル(リンゴ酒)をぶちまけた。
「御主人様!!」
ニーナは俺を心配していたが、俺はアイツに対して一寸の怒りも湧いてこなかった。
浴びせられたリンゴ酒の甘さが身体に染み渡っているせいもあるが、とにかく俺の心に湧き上がったものは――『同情』だ。
前世でイカサマ賭博に敗れた負け犬だった俺と、今のアイツのように理不尽な国政で堕ちていった豚とでは、立場に大差はない。
俺はどうせ、女神の情けで這い上がった人生だ。
――ポーキー・テイルス、お前だって這い上がれるはずだ。俺が、お前に手を差し伸べる権利くらいあっても構わないだろう?
「ニーナ!!」
「あ、はい!」
俺を庇うニーナは、号令による条件反射で敬礼する。
「アイツの濁った目を覚ましてやろうぜ。――『水魔法』だ!」
俺は咄嗟にトランプケースを取り出し、山札から1枚のカードを天にかざした。
出したカードは―――【ダイヤの4】!!
『【ダイヤ4―ウォーター・ストリーム―】!!』
発動すると同時に、ニーナの両手から高圧の水流が噴射される! その水流はポーキーの顔面に直撃した!
「アブボブボベブババ!!??」
まさに『人間放水器』と化したニーナ。ポーキーの巨漢をも吹き飛ばし、カウンターの反対側の壁に激突させる。このままではアイツが窒息してしまう。ここまでにしとこう。
「放水、止めーーー!!」
俺はそう号令を掛けると、ニーナは即座に水を止める。
ポーキーは頭を冷やされ、更には大量の水を飲んで貯水タンク状態。暫くして、アイツの頭をガンガン響かせながら悪酔いは収まった。
「……ぅあ〜、頭痛ぁ……オイラは一体何を……!?」
酔いが覚めたポーキーが目にした光景は、浸水した酒場と、軽蔑の視線を送る主人と、やれやれと呆れながらも詰め寄った俺とニーナの顔だった。
「あ、あわわ……!? 酒場が水浸しじゃねぇか! いつ大嵐が来たんだべや?」
「「「お前のせいだろうがーーーッッ!!!」」」
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