第6話 大富豪か、大貧民か。
――ニーナの水魔法で水浸しになった酒場がようやく乾き、夜も更けた頃。
騒動の原因であった兵士ポーキー・テイルスの泥酔も醒め、蟠も水と一緒に流されたようだった。
「いや〜面目ねぇ、旅の者! オイラ、知らん間に自棄酒くらってたみたいで、どうも御迷惑お掛けした!」
ポーキーは地方訛りの強い口調だが、兵士らしく礼儀を弁えていた。水をしこたま飲んでさらに膨らんだ腹を押し潰し、深々と頭を下げる。そんな彼を、俺は責めることなく受け入れた。
「そんなに気にすんな。その腹だ、酒の嗜み方くらい知ってるはずだろ」
「んだ。飯の食い方と酒の呑み方にゃ自信があるだ。……剣の腕は、聞かねぇでけろ」
「そうだろうと思ったよ」
絵に描いたような食いしん坊兵士だ。だが、俺の直感は「こいつとは妙にウマが合う」と告げていた。
「そんな貴方が、これほど荒れるなんて。一体何があったのですか?」
ニーナが真剣な面持ちで問いかけた。
「ん、まぁ、あったにはあったが……この王国の話だ。旅の者には関係ねぇことだで」
「兵士として騎士道を掲げる貴方が、自暴自棄に堕ちていくのを黙って見てはいられません!」
ニーナの正義感溢れる気迫に、ポーキーは意表を突かれたように目を丸くした。
「こりゃ驚いた。お嬢ちゃんも、どっかの兵士をやってるんかいな?」
「私は『スートの騎士団』という世俗騎士団にて、【スペードの2】の称号を預かる騎士、ニーナと申します」
「スペ……はて、何だべそりゃ? スペアリブの仲間か何かか?」
「人の称号を骨付き肉にしないでください!」
……まあ、そうなるわな。ここからは俺が説明した方が早そうだ。
♤
――この世界で、俺の能力を部外者に話したのはポーキーが最初だった。
俺が五十四枚のトランプを携え、それを使ってニーナを召喚したこと。様々な魔法を操る『カード使い(ジョーカー)』であること。
そして、俺の名が『ジョー・カーティス』であることも。
「…………いやはや、驚きが止まらんとはこの事だ。自棄になるのが馬鹿馬鹿しくなる。あの伝説は本当だったんだな」
「あ? 伝説ってのは……」
「あ、いや。オイラの独り言だ、流してけろ」
ポーキーは何事かを知っている素振りを見せたが、今は追求する時ではなかった。
「それじゃ、今度は俺から聞かせてもらうぜ」
俺が今、最も気になっていたのは、この『プレジデント王国』の歪さだった。
「この国の『王』と『王妃』は、どんなツラをしてやがる?」
「…………何の話だがや?」
ポーキーははぐらかそうとしたが、俺の意図は察したはずだ。
王国の敷地内である以上、兵士として口外できないこともあるだろう。だが、聞かずとも分かる。この国は、どす黒い闇を抱えている。
城下町には活気がなく、酒場に入る前には、浮浪者やポーキーの同僚らしき兵士がボロボロになって転がっているのを見た。
それなのに、王宮だけは異常だった。夜更けだというのにオレンジ色の灯火が絶えず、城壁も宮殿も、すべてが成金趣味の『黄金』で塗り固められている。
暗闇に浮かぶ太陽のようだが、俺には吐き気がするほど鬱陶しい。まるで、強欲な大富豪が趣味で建てたカジノだ。
こんな分かりやすい格差社会があって、たまるか。
俺が沈黙の中で思考を巡らせていると、ポーキーが重い口を開いた。
「……あぁ、最悪だ。城だけじゃねぇ、自分らも黄金や宝石をジャラジャラ身に纏って、中身は煮ても焼いても食えねぇクズだ」
もしスパイが潜んでいれば、即刻絞首刑だろう。だが、酒場の主人が黙って頷く様子を見るに、悪評はもはや隠しようもないレベルらしい。
「なるほどな。で、その王様は?」
「視るに堪えんべ! 海のセイウチかトドの方がまだマシだ!」
「百貫デブか。じゃあ、王妃は?」
「だめだめ、気品の欠片もありゃしねぇ!」
「メス豚の方が可愛げがあるか?」
「当たり前だ、あんなの肥溜めの方がお似合いだ!」
(……なんて品のない会話なの)
ニーナが呆れた顔をしているが、今の俺たちにはこれくらいの罵詈雑言が必要だった。やがてポーキーは、堰を切ったように国の情勢を語り出した。
「あの王と王妃は、異常なほど金と宝を独占したがる。そのせいで他国に戦争を吹っ掛け、城下町どころか近隣の町まで重税で苦しめてる。農作物は不作続きだってのに……アイツらにとっちゃ、国は金儲けの道具でしかねぇんだ!」
ポーキーは、王国の「金を独占している」という言葉を信じ、兵士として雇われれば相応の報酬が得られるという甘い誘いに乗ったのだという。
だが現実は、戦争で仲間たちは次々と殉職。彼も心身を削って戦い抜いたが、与えられた報酬は、衛兵の財布から適当に摘み出された銅貨一枚きりだった。
怒ったポーキーが抗議すると、反逆とみなされ追放。さらに、戦場を共に駆け抜けた愛馬までもが力尽き、彼はすべてを失った。それが自棄酒の真相だった。
「オイラの馬も、兵士仲間も、同じ食いしん坊同士で良い奴らだったんだよぉ……! ちくしょう、王と王妃め……この恨み、晴らさでおくべきか……!!」
温厚なポーキーの胸に秘められた、凄まじい怒り。
「……ご主人様」
「分かってる。俺たちが最初にやるべきことが決まったな」
欲のままに富を掻っ攫う『大富豪』と、搾取され続ける『大貧民』。
この歪んだゲームを、俺と、ニーナ率いるトランプの騎士団の力で――【革命】(レボリューション)してやる。
「……ポーキー。お前の怒り、俺たちが引き受けてやる」
「このニーナも、全力でお力添え致します」
「あ、アンタら……!」
「俺と、ニーナと、十二人のスートの騎士団に任せろ。……この国、ひっくり返してやるよ」
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