第4話 ある酒場での出来事
――異世界の夕陽が沈み、夜の帳が降りて森林地帯が更に深い緑に染まる頃。
俺とニーナはなんとか森を抜け、草原の道をひたすらに歩いていた。
「そろそろ腹も減ってきたな。道はこれで合っているのか?」
「大丈夫です、ニーナにお任せください。道なりに進めば『プレジデント王国』の城下町に着きます。今夜はそこで一晩宿をとりましょう」
俺のトランプから召喚された『スペードの2』の騎士ニーナは、この世界の地理を把握しているようだった。戦闘力には不安があるが、生真面目な彼女のナビゲートには妙な説得力がある。
「着きましたよ、御主人様!」「やっと一息つけるか……」歩くこと十分ほど。俺たちはようやく城下町に到着した。ゴブリンの襲撃からこっち、常に死の危険を感じていた緊張の糸が、ようやく解けていく。
俺たちが辿り着いた『プレジデント王国』は、ファンタジーでよく見かけるヨーロッパ中世の城塞都市そのもの。
見張り台の篝火によって長く伸びた城壁の影が、まるで街全体を優しく抱擁する巨大な黒い翼のように見えた。
城門に門番の姿はなく、拍子抜けするほどあっさりと中へ入ることができた。
だが、安全地帯に入った喜びも束の間、町には活気がなかった。夕刻だというのに人影はまばらで、店も早々と戸を閉めている。たまに見かける町人も、一様に疲れ果てた様子で家路を急いでいた。
……そのくせ、町の奥にそびえ立つ城だけは、嫌味なほど豪華に輝いている。露骨な格差社会の縮図がそこにはあった。
「それより飯だ。どこかに酒場はあるか?」
「酒場? 宿屋で休むんじゃないんですか?」
「休む前に酒だ! 修羅場を越えた後は、呑まなきゃやってられねぇ!」
「は、はぁ……」
俺、ジョーは前世から酒と女に目がなかった。齢三十。
死んでから思い返せば、カジノの勝ち金の七割は飲み代に消えていた。典型的なダメなギャンブラーの見本だ。そんな俺の素顔を目の当たりにしたニーナは、引きつった笑みを浮かべて明らかに引いていた。
「ニーナは飲めるのか?」
「えっ? まぁ一応、二十歳ですし」
「健全でよろしい。ちょっと付き合え!」
「いや、だから、宿はどうするんですかーーー!?」
♧
『タバーン』と呼ばれるその酒場は、外観こそ寂れているが、中に入れば酒を呑むには十分な風情があった。
大きな暖炉で爆ぜる炎、梁から吊るされたシャンデリアが放つ鈍い蝋燭の光。カウンターの黒ずんだ木樽に、壁の魔物の剥製。棚に並ぶ無数の酒瓶。召喚士として転生した俺が酒を嗜むには、お誂え向きの空間だ。
「この金全部で酒と少しのつまみをくれ」
「えっ、全部!?」
俺が出した20枚の銅貨は、ゴブリンを撃破して出てきた戦利金。ニーナの制止を振りはらい、俺はそれを全部支払って無愛想な主人に注文する。
「何で全部払っちゃうんですか! 宿代残さないと、私たちベッドで寝れませんよ!?」
「寝るなら野宿でもいいだろ? 俺がカジノで負けた時はいつも道端で夜を越してたぜ」
「そーゆー問題じゃないでしょーー!!」
なんて俺のだらしない面を露見させ、ニーナを怒らせていた間に注文の品が届いた。
カウンターから出てきたのは、大瓶のエール(麦酒)と、一口サイズにカットされたチェダーチーズだけだった。
「全額支払って、これだけ……?」
銅貨20枚分にしてはシケた品に落胆するニーナ。だけど俺には関係の無いこと。
ジョッキにエールを注ぎ、勢いよく泡立ったところで一気に乾いた喉へ流し込む。
ホップの苦味とモルトの甘みが口に広がった所で、ミルクの風味と脂の乗ったチーズを加えれば……もう、言うこと無し。
「生きてて、良かった……!」
そこで読んでるあんたも、仕事が終わった時とかに酒を飲みたくなる気持ち、分かるだろう?
「むすっ」
まぁ、ニーナは不貞腐れていたけれど。
「何だよ、金全部使ったのまだ怒ってんのか? まぁエール飲んで機嫌直せよ」
「要りません。なんですか、呑んだくれてる御主人様なんて……」
どうやらニーナは、俺の呑んでる姿と御主人としてのイメージが掛け離れていたようで、少し軽蔑した目で俺を見ていた。
……少しは、『威厳』というものを見せるべきだったのか。ニーナを含めた13人のスートの騎士を従える召喚士として。なんて思った矢先、
―――ガッチャーーーン!!
「アンタ、いい加減にしなよ。どれだけ酒と飯喰らえば気が済むんだ」
酒場に突然、酒瓶の割れる音が鳴り響き、主人が呆れ返って注意する。
その音の主は、俺よりも10倍も飯をヤケ食いして、安い酒で悪酔いした兵士だった。
「うるせぇ〜〜っ、お前らに何が分かるってんだ、こんな腐りきった国の下で働いててよぉ〜!!」
その男の名は、ポーキー・テイルス。大食漢であり、腹の周りがふくよかな兵士。彼との出会いが、このプレジデント王国の闇を暴くきっかけとなるのだった。
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