第3話 我ら、スートの騎士団
『―――そこからは、我らが説明せねばなるまい』
……ん? どこからか、地を這うような威厳のある男の声が響いた。ニーナはその声を聞いた瞬間、弾かれたようにその場に跪いた。
「お、お師匠様! この場に喚び出すにはまだ御力が……」
『我らのいる空間まで主を送る力は残っている。ニーナ、我が主に思念を送ってあげなさい』
「はい……仰せのままに。では失礼します、御主人様」
ニーナは人差し指を、俺の額にそっと触れさせる。
―――ヴンッ!
「!!?」
視界が歪み、鬱蒼とした森の風景が一瞬にして消失した。次に目を開けた時、俺は白亜の石材で組まれた高貴な宮殿の中に立っていた。
視線の先、一段高い玉座には威厳に満ちた王と女王。その傍らには、抜き身の刀気を放つ老練な戦士。そして中央には、赤・白・黒の三色で彩られた重厚な鎧を纏う騎士が、泰然と立っていた。
「な、何なんだここは? お前ら、一体誰だ!?」
『私は、お前が博徒の時に使っていたカードの化身。【スペードのA】と呼ばれている者だ』
ほう。中央の騎士が『エース』ならば、さしずめ王が『K』、女王が『Q』、戦士は『J』というわけか。
「いや待て、騎士は13人居るって話だったろ。他の奴らはどこにいるんだ?」
「ちょっ、御主人様! 無礼ですよ!!」
平民の俺には分不相応な態度だとでも言うのか、ニーナが慌てて俺を制止した。
『構わぬ。我らを呼び覚まし、契約を結びし主の前だ。堅苦しい礼儀は抜きにしよう。ならばお望み通り、主の盾となり矛となる我が騎士たちを紹介しよう。―――全隊、集えッ!!』
ガシャーーーン!!
「な、何だ!?」
横のステンドグラスを突き破り、白銀の騎馬に跨った騎士が俺たちの前に躍り出た。
それを合図に、次々と異形の騎士たちが集結する。
天馬を駆る女騎士。
玉座の奥から地響きを立てて現れた、巨躯を誇る重装騎士。
豊かな胸元を強調した修道女の風貌で、魔力の籠もった杖を携える女騎士。
アクロバティックな動きで天井から舞い降りた軽装の騎士。
洋風の宮殿に異彩を放つ、和の袴を纏った凛々しい女剣士。
影の中から滲み出るように現れた、漆黒の装甲を纏う暗黒騎士。
そして最後は……子供か? いや、遠目からでも肌を刺すような覇気を放つ少女騎士。
ニーナを含めた13人の騎士。彼女たちは一列に並び、同胞たちと剣を重ね合わせる。その中心で、Aが力強く名乗りを上げた。
『我ら13人で、【スートの騎士団】! スペードの名を胸に、我が主の切り札となるべく剣を掲げし、トランプ召喚騎士であるッッ!!』
……こりゃ改めて驚いた。前世で金儲けの道具に過ぎなかったトランプに、これほど誇り高き騎士たちが宿っていたとは。
「……それで、お前たちを召喚して、ここで何をすれば良いんだ? 魔王でも倒せってか?」
『主の使命は、歩む道の中で自ずと理解するだろう。まずはそこのニーナを筆頭に、我ら騎士を従え、その魂を研鑽せねばならぬ』
「研鑽……要は、召喚士としてのレベル上げってことか」
『如何にも。今の主の器では、J、Q、K、そして我らAのカードを完全に顕現させることは叶わぬ。上位の騎士を呼び出すには、相応の精神力を消耗するからな』
つまり、俺がレベルアップしない限りは、Aを含めた絵札の面々は召喚できないということか。手持ちの札をどう切るか、常に考えなきゃならないわけだ。
『我が主の前に再び現れるのは、一人前の召喚士になった時だ。我が仲間と共に、成長する姿を楽しみにしているぞ』
「……なぁ、A。あんたの名前だけでも教えてくれねぇか……?」
『それも、我を喚ぶことができた時に教えよう。【13の切り札】を操り、博徒の魂を燃やして、全てのカードを使いこなすのだ! ―――この世に【革命】を起こしてみよ、ジョー・カーティス!!』
「―――ッッ!!」
Aの号砲が魂の底まで鳴り響いた瞬間、意識は王宮から現実の森へと引き戻された。
「……あ、そうだ! ニーナ、お前怪我してるじゃないか。手当てしないと」
「だ、大丈夫です! これぐらいの怪我、御主人様を護るためなら……!」
見え透いた痩せ我慢だ。先程の戦いでの不甲斐なさに責任を感じているのだろう。根は真面目なようだが、自己犠牲が過ぎるといつか身を滅ぼすぞ。
RPGなら薬草やポーションがありそうなものだが、あいにく手元にはトランプしかない。
……いや待てよ。スペードの2でニーナが召喚され、ダイヤの2で攻撃魔法が発動した。ということは、スートごとに役割が決まっているんじゃないか?
俺は直感に従い、【ハートの2】を取り出し、ニーナに向けて発動させた。
『【ハート2 ―ヒーリング・チャージ―】!!』
無機質な音声と共に、カードから溢れ出した柔らかな光がニーナの身体に吸い込まれていく。
「身体の痛みが消えていく……!」
さっきまでの痣や切り傷が、嘘のように消えていき、数秒もしないうちに元の綺麗な肌に戻っていった。
「私、ふっかーつ! ありがとうございます、御主人様!」
「気にするな。……それにしても、やっぱりスートごとに役割があるんだな」
「はい! 詳しくは分かりませんが、基本の仕組みなら教えられますよ!」
それを早く言ってくれ。俺は早速、ニーナからカードのレクチャーを受けることにした。召喚士が召喚騎士にチュートリアルを受けるというのも、妙な話だが。
♢
ニーナの説明をまとめると、スートの役割は以下の通りだった。
『スペード』:騎士を現世に繋ぎ止める【召喚】。
『ダイヤ』:召喚した騎士の武器に魔力を宿す【攻撃魔法・技】。
『ハート』:騎士の傷を癒やし活力を与える【回復・補助魔法】。
『クローバー』:戦況を覆す【武器変形や特殊能力】。
2から10の数字はそれぞれの効果の強弱を表し、A、J、Q、Kの絵札は、俺自身の経験値が必要な上級カード。
「じゃあ、この2枚の【ジョーカー】は?」
「あわわわっ、それは気軽に使っちゃダメです!!」
俺がジョーカーを取り出そうとすると、ニーナが血相を変えて制止してきた。
「ジョーカーは、いわば『諸刃の剣』なんです。絵札よりも強力な力を発揮しますが、使うと御主人様の命に関わるほどの反動があるって言われていて……!」
なるほど、ギャンブルと同じで、使いどころを間違えれば破滅を招くというわけか。
――女神が言っていた『世界に革命を起こす者』。その目的を果たすには、彼女たちの力が必要不可欠なのだろう。
『革命』が何を指すのかはまだ分からない。だが、せっかく掴んだ二度目のチャンスだ。騎士団の名を汚さぬよう、このカードを全力で使いこなしてやろうじゃないか。
―――ギャンブラーは、諦めが悪いんでね。
「よし、それじゃ気合い入れて頑張るか! これからもよろしく頼むぜ、ニーナ!」
「……はいっ!」
俺はニーナの手を取り、力強く握手を交わした。異世界の夕陽が沈み、夜の帳が下りようとしている。俺たちは急ぎ足で、ゴブリンの潜む森を後にした。
「……ところで、やっぱり騎士団の中じゃ、ニーナが一番下っ端なのか?」
「だからっ! 私は弱くないんだってばー!!」
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