第48話 兄妹の苦心と盗賊ギルド
――湿地から砂漠へ。日中の過酷な環境を耐え抜いた俺たちを待っていたのは、夜の帳が降り、黒く沈んだ砂丘だった。
砂漠の夜は、昼間の灼熱が嘘のように氷点下まで冷え込む。水分を含まない砂の地表は、蓄えた熱を容赦なく放射冷却で逃がしてしまうからだ。
カジノの都・ラスベガスも砂漠の真ん中にあった。ギャンブラーの俺にとって、この極端な寒暖差は馴染みのある知識だった。
ジンとラミィが地下水脈を見つけ出してくれたおかげで、今夜はその周辺で野宿をすることになった。
シチリア先生によって魔力と体力は増強されているが、熱気と湿度のダブルパンチで削られた疲労は重い。次の戦いに備えて眠るべきなのだが……。
(…………ダメだ。全然眠れねぇ)
疲労よりも、仲間のことが心配で目が冴えていた。先ほどのジンとラミィの様子だ。
【クロンダイク】という盗賊の頭領の名を聞いただけで、あの二人がトラウマを呼び起こされたように震えていた。仲間として、放っておけるはずがない。
(思い切って、話してみるか)
見張りをしてくれている二人の邪魔をするのは気が引けたが、俺は寝床を抜け出した。……どうやら、同じ思いの奴がもう一人いたようだ。
「……ん? ニーナか」
「あっ、御主人様! 寝てなくて大丈夫なんですか?」
「アイツらのことが気になってさ。ニーナもか?」
「ええ。ラミィがあんなに狼狽えるなんて……友達として、放っておけません!」
「……俺もだ。これ以上、アイツらだけに嫌なもんを背負わせるつもりはねぇ」
親友として、仲間として。俺とニーナは成すべきことをやり通すつもりだ。
お前らの不安も苦しみも、全部俺たちが受け止めてやる……!
♡
地下水脈から少し離れた砂丘の上で、メルド兄妹は夜の闇を監視していた。
盗賊としての習性か、全神経を研ぎ澄ませていた二人は、砂を踏む俺たちの気配に即座に反応した。
「なっ、起きていたのか、ジョー」
「ニーナまで! どうして?」
驚く二人に、俺は真っ直ぐ向き合った。
「馬鹿野郎。あんな話を聞かされて、ぐっすり眠れるわけねぇだろ」
「私は心配なの! 二人が危ない目に遭わないか、気になって……!」
俺たちの必死な様子に、ラミィが観念したように兄へ耳打ちした。
(兄者、もう隠し立ては無理だぜ。これ以上黙ってたら、余計に勘繰られるのがオチさ)
(…………仕方ない。奴らのことを話すしかないか)
ジンは小さく溜息をつき、重い口を開いた。
「ジョー、ニーナ。わたしたちは今、【クロンダイク】の手掛かりを探している。昼間に見た屍の状態からして、奴らはそう遠くない場所にいるはずだ」
「あるいは、この砂漠地帯全体が奴の縄張りになっている可能性もあるな」
砂漠そのものを独占しているというのか。スケールの大きな話だが、あの二人の怯えようを見れば説得力があった。
メルド兄妹をこれほど苦しめる輩だ。ギャンブラーとして、いや俺の性分として、その正体を突き止めずにはいられない。
「教えてくれ、ジン。クロンダイクってのは、一体どんな奴なんだ?」
「……クロンダイクは、数年前までこの大陸の裏社会を牛耳っていた【盗賊ギルド】のボスだ。気に入らない者は容赦なく切り捨て、酒と金と女に溺れる下衆の極みだよ」
【盗賊ギルド】。スリや強盗、暗殺、密輸、情報売買までを仕切る巨大な犯罪組織だ。現代で言うところのマフィアに近い。
闇商人や宗教団体とは異なり、貧民街に根を張り、欲望のままに暴虐を尽くす無法者たちの集団。
ジンとラミィもかつてそこに強制的に引き入れられ、理不尽な仕打ちと汚い仕事を強要され続けてきたのだ。その心には、今も癒えない傷が深く刻まれている。
「ですが、プレジデント王国の国王による独裁が始まった途端、ギルドは突如解散し、わたしたちは自由の身となりました」
「クロンダイクが消えたと思ったら、今度はあのクソ国王の暴挙だ。あたいと兄者は、それに対抗するために自分たちの組織を作ったんだよ」
それが【ダウトの使者】の始まりか。だが、怨みの矛先を変えたところで、二人の心は救われていなかった。俺たちに出会わなければ、彼らは今も闇の中だっただろう。
「それじゃ二人は……あのクロンダイクという男を探して、殺すつもりなんですか?」
ニーナの問いに、二人は沈黙した。やがてジンが、苦渋に満ちた声で答える。
「わたしたちが何もしなくても、奴の方から殺しにやってくるでしょう。ニーナ、奴は話し合いが通じるような相手ではないのです……!」
ジンは胸を締め付けられるような思いを吐露した。
誰よりも殺生を嫌う彼だからこそ、俺たちをこの因縁に巻き込みたくなかったのだ。
「……なぁ、ジン。俺はな……」
仲間が一人で苦しんでいる姿を見る方が、死ぬほど辛いんだよ……!
「二人の苦しみは、俺たちの苦しみだ。俺は親友として、お前らの過去に同情する前に、その手に持つナイフを血で汚すことだけは全力で止めてやる。
――お前ら二人を、人殺しの同類になんてさせたくねぇんだよ……っ!」
俺は震える手でジンの肩を掴み、唇を噛み締めて本心をぶつけた。
穢れを嫌う兄と、純粋な妹。彼らを外道に堕とさせてたまるか。ニーナもまた、強い眼差しでラミィを見つめていた。
すると、ジンが鋭く表情を変えた。
「――ジョー。今は、静かにしてください」
「…………はっ?」
「この砂丘の下で、何かが動いています。魔物ではない……統制された多人数による足音だ!」
盗賊ギルドの連中は、貧民街だけでなく都市の地下水道も根城にするという。
折しも、砂丘の向こうには砂漠の都市の灯りが見えていた。そしてこの地下水脈は、都市の水道へと繋がっているはずだ。
点と点が繋がり、最悪の予感が脳裏をよぎる。
「まさか、この砂漠全体が――本当にクロンダイクの縄張りなのか……!?」
闇の中から、音もなく黒い影が俺たちを包囲するように迫っていた。
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