第46話 潔癖な気障盗賊
――俺とニーナの一週間の修行が明け、彼女は再び俺の元へと召喚された。
感動の再会を経て、俺たち一行は亜熱帯の湿気が肌にまとわりつく大湿原へと足を踏み入れる。
♤
「大事なお水を独り占めだなんて、許さなーーいッッ!!!」
現在、俺たちはニーナを筆頭に、トカゲ男・リザードマンの群れと交戦中だ。
水辺で水分補給をしようとした際、奴らの縄張りに触れたらしく、即座に戦闘へと発展した。
冗談じゃない。この炎天下と高湿度の湿原で水を飲めなければ、すぐに熱中症で動けなくなる。トカゲ野郎どもに独占させる筋合いはねぇ。
ニーナも俺も仲間たちも、命の源を確保すべく躍起になって戦っていた。
「ニーナ、一気に決めるぞ! ペアコンボだ!!」
「御意!!」
俺はデッキケースから二枚のトランプを天に掲げ、スキルを発動させる。
『ダイヤ4、クローバー4――【PAIR COMBO】発動!!』
ダイヤの4は、天馬騎士シルヴィーが得意とする『水魔法』のカードだ。同じ数字を重ねて発動することで、その威力は跳ね上がる。
ニーナのレイピアから激しい水流が迸り、巨大な渦を巻いて刺突と共に放たれた!
「―――流水爆裂・龍巻突き!!」
リザードマンたちの強靭な肉体を抉り、貫通していく水流の竜巻。その一撃が群れを瞬時に壊滅させた。
シュルルルルル―――パァンッッッ!!
敵を貫いた水は天高く弾け、湿原の空から冷たいシャワーとなって俺たちに降り注ぐ。
「ん〜、気持ちいい〜♪」
「んだなぁ、生き返るだべ〜!」
水を浴びてリフレッシュするラミィとポーキー。
それにしても、炎魔法を得意とするニーナが、真逆の属性である水魔法をこれほど自在に操るとは。威力も以前より増している気がする。
これも、修行をつけてくれたスペードの7・シチリア先生と、スペードの8・ハチマル殿の指導の賜物か。二人は修行後も召喚を維持し、俺たちの活躍を見守っていた。
「トレ・ビアン☆ ニーナちゃん、苦手な水魔法まで使いこなせるようになるなんて! 修行では随分と張り切ったんじゃないの? ハチマルちゃん」
「その問いは否だ、シチリア。ニーナの情熱が苦手を克服させたのだ。拙者はただ、彼女の意志を後押ししたに過ぎぬ」
「根っからの武士ね、謙遜しちゃって!」
シチリア先生とハチマル殿が談笑する傍らで、俺たちの仲間内では少しおかしなことが起きていた。
「じ、ジョー! わたしのタキシード、汚れてはいないか!?」
「は? 少し水に濡れたくらいだろ」
「本当か? 血とか泥とか、落ちない汚れが付いていないか!!?」
「ちょ、待て待て、ジン落ち着け! タキシードが濡れたくらいで何をそんなに狼狽えてるんだよ!?」
冷静沈着で腰の低いはずのジン・メルドが、見るからに暑苦しそうな白タキシードの袖を必死に確認しながらパニックに陥っていた。それは単なる潔癖というより、何かに怯えるような拒絶反応だった。
「そ、そうか、良かった……。済まない、わたしとしたことが、取り乱してしまったようだ」
いや、傍から見れば尋常じゃない狼狽え方だったぞ。
……そういえば、ジンが仲間になる前に『セブン・スペード』でブラフを仕掛けた時も、妹のラミィを天秤にかけた時も、彼は酷く取り乱していた。
ラミィのこと、そしてタキシードの汚れに対する異常な拒絶。アイツは、何か深い闇を抱えているのかもしれない。
◇
しばらくして、ジンが食料と水の補給のために別行動を取った。
その隙に、俺はラミィを捕まえて先ほどの様子について問い詰めた。
「あれは……兄者のトラウマなんだよ。あたいがグレた時も自分を責めていたけれど、特にタキシードが汚れることには、過去を思い出すような拒絶反応が出ちまうんだ」
タキシードの汚れが、嫌な記憶をフラッシュバックさせるのか。
元盗賊であるアイツの戦い方を思い返すと、気になることがもう一つある。
「ジンってさ、敵を仕留める時、いつも首や腕に白薔薇を刺すだろ?」
「あぁ、兄者は無益な殺生を好まない性格だから……」
彼が殺生を嫌うのは、初対面の時から分かっていた。
ラミィがナイフで容赦なく切り刻むのに対し、ジンは自分も相手も一切汚さずに始末する。その対照的な手法は以前から目立っていた。
潔癖症だとは薄々気づいていたが、ここまで度が過ぎると別の疑念が湧く。ギャンブラーとしての本能が、真実を求めていた。
「……なぁ、ラミィ。俺が思うにアイツの本質は――血を見たくないだけなんじゃないのか?」
「…………」
俺の言葉に、ラミィは口を閉ざした。しかし、長く付き合ってきた俺に隠し通すのは無理だと悟ったのか、やがて重い口を開いた。
「…………そうだよ。昔、飢えていたあたいを食わせるために、兄者は盗賊団の頭に唆されて、罪もない人々を殺しまくったんだ。白いタキシードが真っ赤に染まるほどに……!!」
それで、極度の潔癖症になったというわけか……。話を聞いていた俺とニーナは絶句した。
ラミィの話では、その盗賊団の頭は数年前から消息を絶っているという。とっちめようにも情報がなければどうしようもない。
やりたくもない殺しを強制され、心に深い傷だけが残った。そんな理不尽が許されていいはずがない。
「ねぇ、ラミィ。私たちに何かできることはないかしら? お兄様を助けてあげたいの」
ニーナが真摯に申し出るが、ラミィは首を横に振った。
「ニーナの頼みでも、それは難しいよ。兄者はこう見えてプライドがめちゃくちゃ高いんだ」
「と言うと……?」
「自分の心の弱さは、自分で克服しなきゃいけないって……あたいの言葉も聞かずに一人で葛藤しっぱなしさ。そういう点じゃ、あたいよりもずっと孤独かもしれねぇ」
あの野郎、これほど心配している仲間がいるのに、まだ一人で背負い込むつもりか。
『潔癖の気障』なんて、少しも格好良くねぇってのによ……!
いずれその葛藤は、本人の前に必ず大きな壁として立ち塞がることになるだろう。いや……待つまでもないか。
ジン・メルドの『忌まわしき過去』が、すぐそこまで迫ってきている予感がした――!!
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