第44話 柔よく剛を制す
――俺が魔力強化の一週間にわたる修行を終え、増強された魔力に歓喜していた、ちょうど同じ頃。
♡
「はぁぁぁああああッッ!!」
カードの世界『スート・レルム』。スート騎士団の居城では、ニーナがレイピアを振るい、師範であるスペード8の剣豪騎士・ハチマルの元で修行に励んでいた。
今は闘技場にて、ハチマルとの一対一による真剣勝負。こちらの修行も、まさに大詰めを迎えようとしていた。
ハチマルの愛刀は、その長い刀身で圧倒的な間合いを誇り、無駄のない剣閃でニーナを翻弄する。
対するニーナは、細身のレイピアを必死に操り、袈裟斬り、横一文字と繰り出される鋭い斬撃を凌ぐだけで精一杯の状態だった。
(この一週間、ニーナがいかに成長するか、某はその眼で見守らせてもらった。彼女は攻撃するためではなく、己や仲間の身を護るために剣を振るっている。……やはり、あの信念を貫くつもりか……!)
何かを悟ったハチマルは、突如として刀を鞘に収めた。
「ど、どうなされたのですか? ハチマルさん。急に武器をしまうなんて……」
ニーナは条件反射でレイピアを止め、彼の不可解な振る舞いに戸惑う。
「……お主は修行を始める前、某に申したな。『相手を糺すために剣を振るう』と。その信念が揺るぎなく、確かなものであるならば、その成果をそろそろ某に見せてくれぬか?」
「成果……ですか?」
「左様。お主がその剣で、いかにして敵を屈服させるのではなく『糺す』のか。その答えを刃一振りに込め、某にぶつけてみよ!」
即ちこれは、師範・ハチマルからの最終試練。そしてニーナにとって、騎士としての矜持を示す絶好の機会であった。
「刃一振り……ですね。わかりました」
しかし、あろうことかニーナは剣を構えなかった。
「……ぬっ、剣を向けぬのか?」
ハチマルはニーナの意外な行動に目を疑った。愛用のレイピアは腰の鞘に収めたまま、ただ柄に手をかけて立ち尽くしている。
それどころか、烈火の鎧の胸部をさらけ出すように開き、あえて相手の攻撃を誘い出す仕草を見せたのだ。
(その構えは――『オープン・ガード』か。レイピア使いが用いる、カウンター特化の誘い……!)
剣の師範であるハチマルにはお見通しであった。
だが、剣を向けずにカウンターに徹することこそが、ニーナの導き出した矜持であった。
「……ハチマルさん。私がスート騎士団の中で『最弱』と言われている理由は何だと思いますか?」
「何……?」
ニーナの唐突な問いに、ハチマルは言葉を失った。彼女はその答えを自ら示すように語り出した。
「私は騎士でありながら、人や生き物を傷つけるのが嫌いでした。召喚されてからもゴブリンすらろくに倒せず、主殿のカードの力を借りなければ決定打も与えられない。そんな自分に何ができるのか、この一週間ずっと考えていました」
「その答えが……【剣を向けない】というわけか?」
なんと騎士らしくない答えだろうと、ハチマルは一瞬思った。しかし、彼女の瞳に宿る光は、決して戦意喪失などではない。
「私が剣を相手に向けるのは、相手に対する『敵意』、あるいは『正当防衛』の時だけです。しかし、憎しみで剣を振るえば、その先には更なる憎しみしか生まれません。
私は剣を突き出すよりも、苦しむ者に手を差し伸べる強さを持ちたいのです。
そして、降りかかる理不尽な悪意に対しては、私はこの命を懸けて立ち塞がります……!!」
「成る程……!」
これぞ、ニーナが掲げた独自の騎士道。
スート騎士団の殆どの者が、与えられた力を誇りとし、戦うことのみが使命と考えていた。ハチマルもその一人である。
しかしニーナは、自身の優しさを弱さではなく武器に変え、【人の心を救う騎士】になろうと決めたのだ。
召喚士である俺や、ポーキー、ジン、ラミィと出逢い、見つけ出した唯一無二の答え。
「…………ならばその信念、某の刃をもって証明してみせよ!!」
ハチマルはニーナの覚悟に応えるべく、居合の構えをとる。
同時にニーナも柄を強く握りしめ、静かに呼吸を整えた。
闘技場に張り詰める緊張感。ハチマルが動いた瞬間に、この勝負は刹那の決着を迎える。
……………………カチャッ。
「いざ尋常に―――勝負ッッ!!」
ハチマルが鞘から刀を神速で引き抜き、横一文字の閃光を放つ。
―――キィィィィィンッッ!
その刹那、居合が振り抜かれる直前――ニーナは踏み込みの反動を全て乗せた神速の抜き手で、長刀の「腹」を真っ向から弾き返した!
「でゃああああああああッッッ!!!!!」
ニーナは渾身の一撃でハチマルの手元を狙い、長刀を天高く跳ね飛ばした。
まさしく勝負あり。ニーナは剣豪騎士を完全に無力化させたのだ。
「……武力とは真逆に、慈しみを究め、それを貫き通すニーナの矜持。しかと受け止めた。―――見事なり、スペード2のスート騎士よ!!」
「ありがとうございます……!!」
師範に「見事」と言わせたニーナ。
最早彼女は、守られるだけの幼き騎士ではない。騎士団一の強き心と優しさを備えた、誇り高き戦士の顔であった。
【柔よく剛を制す】。慈しみを持つ心が、強固な力を打ち崩した。
これこそが、ニーナの強さを活かした唯一無二の剣術。
誰にも負けない意志の強さで敵の武力を無へと帰す、不殺のカウンター技【決心の刃】が誕生した瞬間であった。
その勇姿を、騎士団長の『スペードA』は静かに見守っていた。彼はテレパシーでハチマルに告げる。
『師範、ご苦労であった。丁度召喚士の方も修行が終わったようだ』
「スペードA様。それでは次の行動は……?」
『ニーナと共に、召喚の準備に備えるのだ。召喚士と騎士のレベルが上がった今こそ、新たなフェイズへ進む時だ!!』
――スペードAの言う『新たなフェイズ』とは一体……?
それよりもニーナ、やっと帰って来れるんだな。
早く召喚して、強くなったお前に逢えるのを楽しみにしてるぞ!!
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