第42話 スペード8の剣豪騎士
――俺がスペード7の舞踊騎士・シチリア先生に魔力強化の指南を受けている、ちょうど同じ頃。
カードの中の城へと帰還したニーナを待ち構えていたのは、『スペードA』の命を受けた一人の騎士だった。彼女の剣術を鍛え上げるべく選ばれたのは、シチリアと同じく指南役の資格を持つ、同じスート騎士団の同胞。
―――【スペード8の剣術騎士・ハチマル】である。
和風の武士を彷彿とさせる橙色の袴に、後ろ髪を結い上げたポニーテール……いや、この場合は『茶筅髪』と言うべきか。その雅な佇まいは周囲の緊張感を高め、師範としての威厳を放っている。
女の身でありながら男として生きる道を選んだ、異邦の剣豪であった。
「……うむ、逞しい眼をしておる。召喚されてからの二週間で、お主の剣にも『覚悟』が宿ったようだな。大義であるぞ、ニーナ!」
「お言葉をいただき、身に余る光栄でございます、ハチマル殿!」
ハチマルの武人然とした振る舞いに当てられ、思わず時代劇のように膝をつくニーナ。
シチリアが魔力において随一ならば、ハチマルは騎士団一の剣の達人。ニーナにとっても師と仰ぐべき存在であり、己と同じく剣一筋に生きる女武士だ。
「しかし……なぜ私をカードに戻し、剣術を磨けと仰るのですか? わざわざ御主人様と離れてまで……」
ハチマルの教えを受けられるのは望むところだが、その経緯には疑問が残る。主と共に鍛えることもできたはずだ。無理に引き離された理由が、彼女には理解し難かった。
「それは『スペードA』様の深謀遠慮あってのこと。あの方は、主と召喚士が共にする時間が長すぎるゆえ、彼の中に主への『依存』が強く根付くことを危惧されておられたのだ」
「依存……?」
つまり、ニーナを召喚し続けていたことで、俺が彼女に頼り切りになっていたということだ。
他にも十二人の騎士がいるにもかかわらず、彼女ばかりを戦線に出し続ければ、いずれ判断を誤ることになる。『スペードA』様はその点を懸念し、あえてニーナを遠ざける策に出たのだ。
「しかし、これでは御主人様との約束が……」
「約束、とは?」
「カードへ戻る際、私は御主人様に『すぐに召喚してほしい』と願ったのです。でなければ、もしものことがあった時に……!」
「それを『依存』と呼ぶのだ、ニーナ」
「っ!!」
その甘えは、すでにハチマルに見透かされていた。
俺もまた、ニーナがいなくなってから、しばらくは世界が欠けてしまったように感じていた。
彼女も同じく、俺のそばにいない不安に押し潰されそうになっていたのだ。そんなニーナに対し、ハチマルは冷静に現状を説く。
「心配には及ばぬ。召喚士は今、シチリアの指南によって魔力の強化に励んでおる。彼と、サンダーやシルヴィーが喚ばれている間は、いかなる脅威にも対処できよう」
ここで初めて、俺がシチリア先生の下で特訓していることがニーナに伝わった。
「それでは……私はもう、お役御免ということなのでしょうか?」
自分は俺や『スペードA』に見放されたのではないか。そう勘違いし、憮然として項垂れるニーナに対し、ハチマルは叱咤の代わりに――。
――カツンッ!
「痛っ!!」
手にした長鞘の柄で、ニーナの頭を軽く叩いた。
「うつけ者が。召喚されることだけがお主の使命だと思っておるのか」
「そ、そんなことは……!」
反論しようとするニーナだったが、その言葉は続かない。
「我らが召喚士に応えるのは、己が役割を誠心誠意果たすため。主の傍に居座ることで己の未熟をごまかすようでは、まだまだ修行が足りぬわ」
(…………全く、その通りだ……!)
ハチマルの故郷に伝わる『武士道』は、ニーナの心の弱さを鋭く射抜いていた。同胞からの手厳しい鞭に打ちひしがれるニーナだったが、ハチマルは次に柔らかな言葉を掛けた。
「……だが、お主は凍てついた女盗賊の心を溶かした。主のレイピアは相手を傷つけるためではなく、『糺す』ために振るわれた。それは見事な働きであったぞ。お主にしか成せぬ偉業だ」
(ラミィのことだわ……!)
ジンとラミィに初めて出会った時。捕らえられたニーナが自らの力でラミィの心を解きほぐし、仲間に引き入れた様子を、騎士たちはカードの中から見守っていたのだ。
敵を討つのではなく、正道へ導くために剣を振るう。その信念を、ハチマルは誇らしく思っていた。
「よく覚えておけ、ニーナ。カードに戻ることは役を外れることではない。次に課せられる役割をより完璧に果たすため、牙を研ぐ時間なのだ。召喚士が魔力を蓄えている今、お主が成すべきことは何か……!?」
―――答えは一つ。『剣術』を極めることのみ……!!
「ハチマル殿、どうか私にご指南を! 再び御主人様に召喚される時、より誇れる騎士であるために……!!」
「――その想い、しかと受け止めた!!」
ハチマルの眼に炎が宿る。ニーナの決意に呼応するように、彼女は腰に帯びた刀を静かに引き抜いた。
「ニーナの剣が『糺す』ためのものならば、その理を極めるまで。刃は人を傷つけるのみにあらず。その逆もまた然り。見せてやろう……!」
ハチマルが袴の懐から赤い薔薇の花びらを取り出し、空中に撒いた。
舞い散る花びらを撫でるように、神速の刀が奔る。
刃が触れたはずの花びらは、しかし傷一つ付くことなく、優雅に床へと落ちていった。
「あれほど鋭く振るったのに、斬り跡がないなんて……!」
ニーナから感嘆の吐息が漏れる。
「守るべきものは愛で、阻む者は断つ。刃は使いようによって凶器にも護身の具にもなる。そして、我が同胞を傷つける者には容赦なく振るうものだ」
刹那、ハチマルの全身から凄まじい覇気が放たれた。眼前に据えられたのは、修練場のオブジェである巨大な石柱。
彼女は流れるような動作で、居合の構えを取る――!!
「【秘技・八斬の渡し】……!!」
―――ヒュッ。
静寂を切り裂く風の音だけが、高い天井のホールに木霊した。ハチマルが刀を鞘に収めた、その直後。
斬ッッッ!!!!
石柱は中央に『8』の字を描くように断裁され、八つの破片となって崩れ落ちた。
凄まじい切れ味。刃こぼれ一つない、完璧な一撃。
「召喚されるまでの辛抱だ。理想の騎士となれ。召喚士が誇れるような、立派な騎士にな……!!」
「…………はいっ!!」
この時、ニーナの胸中にあった「早く召喚されたい」という依存心は、強くなりたいという純粋な渇望へと変わっていった。
――俺が『魔力』を、ニーナが『剣術』を。
いつか互いに胸を張って再会するために。二人はしばし別れ、それぞれの修練の道へと突き進む。
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