第34話 狂気の道化師 ドクター・クラウン
――プレジデント王国から西南西。そこには【クリベッジの町】と呼ばれる小さな集落があった。
本来は『魔力ポーション』や『魔導書』の生産が盛んな魔導産業の町だったが、戦争の長期化による襲撃を受け、一瞬にして廃墟と化してしまった。
後に残るのは、暴力的な破壊の爪痕が凍りついたような瓦礫の山。焦げた柱、崩落した防壁、そして無数の矢が突き刺さったままの扉。
ただ奇跡的に、戦火を生き延びた一軒の酒場だけが町として機能していた。旅人や盗賊をも受け入れる唯一の店だが、当然、治安の保障などどこにもない。
そんな町に俺たちが辿り着いたのは、先行していたジンとラミィから遅れること10分。
既にジンが、酒場の前で何かを警戒するように立っていた。
「あっ、ジン! 知らせを見たぜ。ここにドクター・クラウンがいるって本当か?」
俺が駆け寄ると、ジンは苦渋に満ちた表情で頷いた。
「……あぁ。黒いマントに赤黒の道化師のマスク。兵士たちの証言通りの男が、この酒場に入っていったよ」
「よし、じゃあ俺たちがその仮面を剥いでやる!」
「待ってください、御主人様。ラミィさんは……?」
酒場へ突入しようとする俺を、ニーナが制止する。そういえば、ジンの妹の姿が見当たらない。
「ラミィは……あの男に接近しようと、一人で中に入っていった。ニーナに良い所を見せようと張り切ってな……」
「何だって!?」
♤
俺がラミィの独断に驚いている頃、彼女は酒場のカウンターで例の仮面男と対峙していた。
客は彼女と男の二人だけ。主人が不在の店内で、奇妙な交渉が行われていた。
「へぇ、アンタの黒魔術で作った薬は、美容にも効くのかい」
「美容どころか、俺の薬を一粒飲めば、不老不死の身体もおみゃあさんのものだがや。まあ、生意気なギャル口調までは直せんがの」
赤黒のピエロを模した不気味なマスク。全身を覆う真っ黒なフードとマント。そして『オハリヤ地方』特有の奇妙な方言。
―――間違いない。彼が【ドクター・クラウン】だ。
「俺が発明した魔力ポーションは美容だけじゃにゃあ。滋養強壮も免疫強化も、魔導師が作り出したもんとは比べもんにならん代物だぎゃ」
彼はマントの裏から、赤・青・紫と毒々しい色をした瓶をラミィに見せびらかした。おそらくこの中に、兵士たちを疫病で苦しめた毒薬も混ざっているのだろう。
「口は悪いが器量のいい姉ちゃんだ。これら全部、5割ほど安くしてやろう。どうだ、悪い話じゃにゃあだろう?」
「あははっ! 随分と正直な男だね。だけど……」
―――ジャキッ!
ドクター・クラウンが身構える間もなく、刹那の速さでラミィが腰のジャックナイフを彼の喉元に突きつけた。
「あたいは『タダ』じゃなきゃ物は買わない主義でねぇ。盗賊の性ってヤツさ。罪もない兵士を平気で苦しめる商人の品なんざ、こっちから願い下げだよ!!」
「…………ほぅ。やる気か」
乱暴な振る舞いは相変わらずだが、正義感の強さは頼もしい。だが……その行動は早すぎるぜ、ラミィ。奴の素性も分からないうちに、俺たちが来る前に敵意を見せてどうする!
窓の外から様子を窺っていた俺たちは、これ以上の暴走を見兼ねて店内に突入した。
「ラミィさん! 何をやってるんですか!?」
ニーナが焦って駆け寄る。
「あっ、ニーナ! 見てなよ、あたいがお尋ね者をやっつける所を!」
喉元に刃を突き立てたまま、ラミィは大好きなニーナに手を振ってみせた。純粋を通り越して、もはや危なっかしい。
「何をしてるんですか、ラミィさん……」
「兄の監督不行届だ、すまない……」
呆れる俺とニーナに、ジンが肩を落として謝罪する。出来の悪い妹を持つと苦労が絶えないらしい。
「どうするつもりだ、貴様ら? このドクター・クラウンに『怨み』でも売るつもりか?」
刃を向けられているというのに、男は平然としていた。戦場を渡り歩いてきた者特有の、死を恐れない不気味な余裕だ。
「怨みを買うのは俺たちじゃない。お前の商売相手だった王国の兵士たちだ」
「……ああ、前の戦場にいた雑兵どもか。しかし惜しいことをしたもんだなぁ。このまま楽に死ねりゃあ良かったのに!」
―――この野郎、人の死を平然と笑ってやがる……!!
仮面の下で下衆のように笑うドクター・クラウンに、俺の中で初めて明確な敵意が湧いた。
だが、この狂気に最も驚愕したのは、俺たちの仲間のあの男だった。
「なんてこった……! あの喋り方、あの見下す言い方……ジョセフ、お前なのか……!!」
ポーキーが恐れていた予感が現実となり、彼は頭を抱えて項垂れた。その様子にクラウンも反応する。
「何故俺の元の名を知って……こりゃたまげたな。あの小荷物隊にいたデブが、何でこんな所にいる?」
「そりゃこっちの台詞だ! 人の命をコケにして、何様のつもりだジョセフ!!」
ポーキーが今までにない激昂を見せる。しかし武器を持たない彼には太刀打ちする術もなく、ただわなわなと拳を震わせるしかなかった。
「ポーキーさんの怒り、私が引き受けます!」
ニーナが勇んでレイピアを引き抜き、ドクター・クラウンに鋭い刺突を繰り出す。だが――。
「…………戯け」
―――ヴゥゥゥゥンッッ!!
「きゃあっ!!」
ニーナの剣先が届くより早く、ラミィが喉に突きつけていたナイフもろとも、二人の身体は見えない力によって弾き飛ばされた。
これは……一種の障壁か……!?
「俺の身体は軟な肉体とは違うでな。貴様らのなまくらな刃では、傷一つ付けることもできやせん。――改めて貴様らに問う。このドクター・クラウンに何の御用だ……!?」
「…………!!」
不気味な道化師の仮面が、圧倒的な威圧感で俺たちを射抜く。先ほどの不可解な防御術に、俺たちの心に恐怖が兆し始めていた。
俺が奴の正体を問い詰めようとした、その時。
「口を開かんでも分かるでな。今、頭の中を探らせてもらった。貴様らの思惑は全部理解した。――俺の正体を探っているんだろう?」
(コイツ、読心術まで身に付けているのか……!!?)
俺はその能力に戦慄した。ギャンブラーとして、思考を見透かす相手と対峙するのは自殺行為に等しい。俺は必死に畏怖を押し殺し、ポーカーフェイスを貫こうとした。
「ビビっておるな。まぁお望みとあらば、俺から聞かせてやろう。――あのプレジデント王国の為に我が身を犠牲にした黒魔術兵『ジョセフ・クロマティ』が、どういう経緯で『ドクター・クラウン』になったかをよ!!」
思わぬ形で、ドクター・クラウンの過去が明らかになる訳だが……。出来れば長い話であってほしい。
――この時間を有意義に使って、奴を倒す手立てを考える思考が欲しい……ッッ!!
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