第33話 兵士たちの岐路と末路
――プレジデント王国の兵士を看護する救護所を後にし、この地方に蔓延っている闇商人『ドクター・クラウン』を探すことになった俺たち。
ジンとラミィが先行して闇商人の居所を探り、俺たちもその後を追うように西へ、西へと突き進んでいく。ロクサーヌは今後の状況を考えてカードに戻らず、俺たちと同行することになった。
東の草原から一転して、道は不毛で、黄土に乾いた大地が広がる荒野へと変わる。ロクサーヌは胸のたわわな果実にドレッシーな服という装いで、いかにも動きづらそうではあったが、彼女自身は慣れているとのことで苦にはしていないようだった。
俺に、ニーナに、ロクサーヌ。召喚士とカードの騎士は一心同体。嬉しいことも悲しいことも分かち合う仲間だ。闇商人の行方を探す旅がたとえ長いものになろうとも、使命を果たすためなら苦にはならない。
…………だが、その旅もそう長くはかからないかもしれない。
同行しているポーキーが先程から浮かない顔をしているので、俺は思い切って尋ねた。
「なぁ、ポーキー」
「んだ?」
「まだあの兵士の言ってたことが気になってるのか?」
「……まぁ、そうだな」
実は救護所でドクター・クラウンの情報を集めていた際、兵士の証言の中にポーキーが心当たりを感じる点があったのだ。
『あの男、変な喋り方をしてるんだ。語尾に「だがや」だとか、「おみゃー」だとか、妙に訛った口調をしてたんだ』
…………その人、『名古屋』の方か? ここは西洋寄りの異世界じゃなかったのかよ。
なんてツッコむ暇もなかったため、あの時はスルーしていたが、ポーキーの方は余裕がないというか、切羽詰まった顔をしていた。
「その名古屋弁みたいな喋り方だけで、そんなに焦る必要もないんじゃないか? ポーキー」
「ナゴヤ? うんにゃ、あの喋り方はこの地方より西寄りの大陸にある『オハリヤ地方』だけで使われている方言だべ」
どう考えても名古屋じゃねーか。そのうちポーキーの故郷も『トーカイ地方』だなんて言い出すんじゃないだろうな。
「ポーキーさんは、その方と何か関わりがあったのですか?」
続けてニーナが尋ねた。
「……もしドクター・クラウンが、オイラの知っている『アイツ』だとしたら、繋がる点がいっぱいあるんだ。話せば長くなるが……聞いてくれるだか?」
「もちろんだ。その方が奴を探すのにも手っ取り早い」
俺たちは、ポーキーが軍隊で『小荷物隊』をやっていた頃まで遡る話を聴くことにした。ここからは、俺がポーキーから聞いた話を整理して説明しよう。
♧
――プレジデント王国にて、戦争に備えて東の地方から徴兵を受けたポーキー。
ちょうど同時期に、西の地方から徴兵を受けたポーキーと同年代の男がいた。名は『ジョセフ・クロマティ』。
その男は、いつも地面スレスレの長い黒マントを羽織っており、痩せこけた顔で人を見下すような威圧的な眼をしていた。ポーキーは徴兵検査の場所を尋ねるため、ジョセフに話しかけたという。
『すんませんけども、兵隊の検査する場所はどこだべか?』
『……そこにある雑木色の建物だがや、田舎モンが』
その時のジョセフに対する印象は、愛想が悪い上に余計な一言が多い奴、というものだった。
その後、ポーキーは小荷物隊として入隊し、一方のジョセフは持ち前の『黒魔術』を用いた魔法兵として採用された。そもそも彼の故郷である『オハリヤ地方』は、黒魔法の技術に長けた魔法使いが多く住む土地であり、ジョセフもその技を身につけていたのだ。
ポーキーが戦線で食事やテントの準備をする傍ら、ジョセフはテント内に魔法に使う壺や薬を持ち込んでは、得体の知れない実験を繰り返す風変わりな魔法使いとして過ごしていた。
何の因果か、同じ戦線で二人が一緒の隊になった時のことだ。ポーキーは食事の合図のためにジョセフの実験室へ入った。そこで初めて実験の様子を目の当たりにしたポーキーは、絶句した。
「なんだべや、こりゃ……まるで……!」
その時、後から戻ってきたジョセフが血相を変えてポーキーを怒鳴りつけた。
「人の実験室に黙って入るとは何事だ! その薬と壺に触るんじゃにゃー!」
「あ、こりゃ済まねぇだ……。でもこれは、あまり良い趣味じゃねぇだよ」
「何だと!?」
「アンタのやってることは……早い話が『大量殺戮』だ。まるで人が死ぬのを愉しんでるような気がして堪らねぇだ……!」
「うるせゃあ! とっとと出てけ!!」
ジョセフは懐のフラスコをポーキーに投げつけて追い出した。
「俺が人が死ぬのを楽しんでるだと? 当たり前だがや。黒魔術は生と死を操る究極の魔法だ。それを戦争に活かすのも魔術師としての本望だろうて!」
そしてポーキーと隊を離れた後、ジョセフは敵兵を一人残さず死滅させる禁断の黒魔法を習得し、直ちに戦線で実戦投入することになった。
……だが、尊い命を弄ぶ者には、必ず相応の『因果応報』が伴う。
ジョセフが戦場にて、黒い魔法玉を片手に黒魔術を放った、その刹那――。
戦場を一瞬で吹き飛ばす衝撃波と、熱風。次第にキノコのように膨れ上がる雲。巻き込まれた全ての兵士の御霊は、その雲よりも遥か天空へと誘われた。
…………ただ一人、ジョセフ・クロマティを除いて。
黒魔術の威力に巻き込まれ、黒焦げになったジョセフだったが、奇跡的に一命を取り留めた。だが、そこで待ち受けていたのは禁断魔法を使った代償だった。
敵味方合わせて500名以上の兵士を死なせ、甚大な損害を被ったプレジデント王国は、ジョセフを強制除隊処分とする。さらには焼け爛れて身動きが取れない上、顔も本来の形が崩れて見るも無残な姿となっていた。まさに、自惚れた兵士が辿り着いた『生き地獄』であった。
ジョセフが自分の姿を鏡で見た瞬間、底知れない絶望が彼を襲った。
『元はと言えばあの王国のせいだ! アイツらが戦争を起こしたからこんな目に……!! 覚えておれよこの駄王め、この怨み、メッチャメチャに晴らしたるでな!!!』
♤
この事件の後、彼はプレジデント王国から掻き消えるように姿を消したという。
……兵士になったことが幸せだったのかどうかなど、今さら問い直すまでもない。ポーキーは友も愛馬も失って自棄になったし、ジョセフはあのザマだ。
こんな世知辛い話を聞かされ、俺もニーナもいたたまれない気持ちになった。ロクサーヌに至っては、滝のように涙を流して泣きじゃくっていた。
「それで、そのジョセフが『ドクター・クラウン』だとしたら……色々繋がって嫌な予感がする、ってことか」
「できれば人違いであってほしいだ。アイツのことを思い出すと、どうも飯が不味くなるだわ」
どうかこの予感が杞憂であってほしい。そう願った、その時だった。
―――シュッ!
突如、俺の目の前に手紙を結んだ白い薔薇が突き刺さった。どうやら先回りしたジンたちが、俺たちに伝令を送ったのだろう。矢文ならぬ『薔薇文』とは気障な奴だ。
『――北北西の先、【クリベッジの町】にてドクター・クラウンらしき男あり』
―――俺たちが探していたドクター・クラウン。遥か400メートル先の街並みに、奴が待っている。
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