第32話 悪魔の闇商人
――救護所に『疫病』の戦慄が走る。
スペードの6の修道騎士・ロクサーヌの回復魔法をもってしても、完治できないほどの猛毒が、兵士たちの生命を削り取っていく。
「オイお前、看護師だろ!? 何でこんなになるまで放っておいたんだ!!」
俺は救護所の看護師の長の胸ぐらを掴み、蝕まれている兵士に代わって、怒りを露わにした。
「し、知りませんよ! さっきまで彼らの症状は落ち着いていたんだ!」
「どう見ても『今夜が山』の状態だろうが! しかも薬物反応が出てるなんざ普通じゃねぇ。お前ら王国からの派遣なら、何か知ってるだろ!?」
「だから知らないんですって!!」
「………クソッ」
……俺とした事が、つい冷静さを失って感情的になっていた。
一度死んだ博徒は、二度目を与えられた命を何よりも尊ぶことを知り、かけがえのない命を粗末にする行為が許せなかったのだ。
その熱い感情は、召喚して間もないロクサーヌの心に強く響いたようだ。
「主様、他者の命を尊ぶ貴方の強い意志は無駄にしません。私もお力添え致します!」
「ロクサーヌ……!」
とはいえ相手は、疫病を患った兵士だ。ゲームで言う状態異常の者をどうやって救えるのか。
「今こそ主様のカードを使う時です。【ハート3】のカードは、解毒や麻痺を治す魔法です。これを私に掛けて下さい!」
「よっしゃ、任せろ」
ロクサーヌの指示を受け、俺はデッキから【ハートの3】のカードを取り出し、発動させる。
『【ハート3:クリアーセラピー】!!』
薬物の副作用に苦しむ兵士に対し、ロクサーヌの長杖から新緑の波動が迸る。
自然の草花のような仄かな香りが、兵士の体内を駆け巡り、次第に身体に浮き出た紫色の斑点を打ち消していく。
みるみるうちに兵士の顔色も良くなり、昏睡状態から目覚めていった。
「ん……? 我々は一体……?」
「意識が戻った!」
兵士の復活に、俺は思わず指を鳴らして喜んだ。
解毒魔法のカードと、回復魔法のエキスパートであるロクサーヌの力が組み合わされば、薬物の副作用すらも完全に浄化できる。
まさに絶望の淵に立たされた敗戦兵士にとって、彼女は聖母そのものだった。
「あぁ、至福の声が聞こえる……! 神も喜んでいることでしょう……!」
ロクサーヌは救えた命に感謝し、天を拝みながら涙を流していた。慈悲深さを通り過ぎて、何処かロマンチストの気があるような。
ともかく、救護所の兵士たちの傷と疫病は全て払った俺たちはお役御免……と、言いたい所だが。まだ彼らに聞きたいことが山ほどある。
復帰したばかりの兵士に俺は尋ねた。
「復活早々にこんなことを聞くのもなんだが、俺たちが気になった点が2つある。教えてくれ」
1つ目は、まだお前たちの国の兵士がどこかで戦っているのか。
2つ目は、薬物反応を起こすほどの症状に心当たりがあるのか。
ロクサーヌに命を助けられた以上、国への秘匿義務があろうが生命には代えられない。兵士たちはそれらを洗いざらい話した。
「戦争は……終わる気配がありません。王は次から次へと他国へ戦火を広げ、私欲のために富を奪い尽くすつもりだ。俺たち兵士の命など、使い捨ての道具としか思っていない……!!」
床に伏せる兵士は、苦虫を噛み潰したように悔しさを滲ませていく。ポーキーもそうだったが、他の兵士も同様に強い怨みを感じる。看護師たちも、満足しない衛生環境に不満はあったようだ。
そして、2つ目の『薬物』について。
これに関しては意外なことに、王国とは関連しない事が兵士の口から明らかになった。
「薬物は、我々が進軍中に出会った『商人』から譲り受けたものなんだ」
「商人?」
彼等が言うには、このプレジデント王国周辺の大陸にて、旅の者や兵士を相手に、自ら仕入れた道具や薬を売りつける『闇商人』という奴が蔓延っているらしい。
敵軍地へ侵攻していた際に、彼等はその『闇商人』に出会った。
その姿は黒装束を羽織って全身を隠し、顔は赤と黒をベースとした道化師のマスクを着けていたという。
闇商人は、滋養強壮・肉体強化の薬として数粒の錠剤を高値で交渉した。
その錠剤を飲んだ兵士は、戦線にて疲れを知らず、高揚した気分で闘いに臨めたというが……その数時間後に『副作用』が現れた。
頭痛、吐き気、脱水症状といった負の連鎖が続き、どす黒い紫色の斑点を残して意識不明になっていった。
まさに薬物使用の闇が、全てその結果に表れていたのだ。
「こりゃ、毒薬の類よりもたちが悪いな」
「その商人の名前は覚えていますか?」
俺とロクサーヌが続けて尋ねると、その商人の名が明らかになった。
「確か……『ドクター・クラウン』と言っていたな」
―――【ドクター・クラウン】。
その重要人物の名は、数十メートル離れた場所で様子を伺っていたジンとラミィの耳にも届いていた。驚くべき地獄耳だ。
「兄者、ドクター・クラウンって……」
「噂には聞いた事がある。商売動機も不純で不気味な奴と聞いたが……兵士をカモにするあたり、何か理由がありそうだ」
盗賊界でも名の通った人物らしい。そこで密偵らしく、ジンはある提案に出た。
「我々はジョーより先にドクター・クラウンの行方を探ろう。兵士を助けた以上、彼と接触する可能性が高い。先回りして、我々で奴の悪事の証拠を掴もう」
「賛成だ! これならニーナも褒めてくれるだろうな。よ~し!」
ジンとラミィは俺らより先に『ドクター・クラウン』を探すべく別行動を取った。
二人が先行して動き出した気配を、俺は敏感に察知していた。あいつらなりに動くつもりか……なら、俺たちもソイツを探すとしよう。
「待ってなよ。お前たちの仇は俺が取ってやる。それまでそこでゆっくり休んでな」
「ま、まさか……ドクター・クラウンとやり合うんで……?」
「人を嘲笑うピエロ野郎は、『ジョーカー』の絵柄だけで充分だ……!」
プレジデント王国に纏わる『第三勢力』との闘いが、始まろうとしていた……!!
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