第31話 スペード6の修道騎士
――俺たちが目的の地に辿り着いた頃。別行動で俺たちの跡を追っていたジンとラミィも、離れた場所からその光景をマークしていた。
「……! 兄者、ニーナたちが救護所の中に……!」
「あれは、プレジデント王国の旗だな」
「じゃあ、アイツらあそこで奇襲を仕掛けるつもりか?」
「……何をワクワクしてるんだ、ラミィ」
「だって、プレジデントの兵士から情報を引き出すチャンスじゃねぇか。首根っこ掴んで、バカ王の鼻を明かしてやる絶好の機会だろ」
「おそらく、ジョーはそんな事はしないだろう」
「どうしてさ!?」
「彼は、頑なだった俺たちの心さえ開いた男だ。たとえ敵陣に潜り込んでも、彼なりのやり方で事を通すはずだ。今は見守ることに徹しよう」
……俺も、随分と期待される男になったもんだ。元は金儲けのために悪知恵を働かせる、お世辞にも立派とは言えない博徒だってのによ。
♢
敗残兵のうめき声と、鉄錆のような血生臭い空気が鼻を突く、プレジデント王国軍の救護所。
そこでは俺たちが足を踏み入れたことにも気づかぬほど、疲弊しきった軍医や看護師たちが、悲鳴に近い怒号を上げながら奔走していた。
「今、重篤な患者は?」
「もう殆どがそうです! 特に12番と24番が……!」
「……とにかく今は、まだ脈がある奴だけ応急手当しておけ。死に体は後回しだ!」
選別という名の残酷なトリアージが機械的に行われ、血に汚れた包帯が何度も使い回される惨状。物資の不足は、もはや救護所としての機能を失わせつつあった。
ベッドすら足りず、地面に敷かれた薄い布の上で、重傷の兵士たちが今か今かと手当てを待っている。しかし中にはその順番が来る前に事切れ、二度と動かなくなった者もいた。
「御主人様、何とかしてあげられないんですか……?」
ニーナが、この絶望的な状況を救ってほしいと縋るような視線を向けてくる。
手立てなら――とっくに考えてある。
「ニーナ、前に13人のスート騎士を紹介された時さ。桃色の修道服を着た、えらく発育のいい姉ちゃんがいただろ?」
「……こんな時まで、男の下心丸出しですか」
それに関しては否定しない。ギャンブラーってのは欲に忠実な種族なんだ。
「あの方は、【スペード6】のロクサーヌ姉さまです。修道女から自ら進んで騎士の道を選んだ、私の尊敬するお方ですよ」
ニーナにとっての「姉御」ってわけか。なら、俺の抱いている疑問もすぐに解けるだろう。
「じゃあ、修道女ってくらいだから……『回復魔法』とかは得意か?」
「もちろんです! 体力回復から病の治癒まで、姉さまならちょちょいと……あっ、そうか!」
ようやく俺の意図に気づいたらしい。ちょっと鈍感だが、そこがニーナだな。
「そういうことだ。じゃあ、とっておきの聖女を喚ぶとしますか――【アップカード】!!」
俺はケースから【スペード6】のカードを抜き放ち、天に翳して召喚の詠唱を行う。
『――あぁっ、天が、主が……私を呼ぶ声が聞こえる……!!』
……なんだか、物凄く色っぽい声が聞こえた気がするが。
ともかく、【スペード6】のカードから桃色の光柱が噴き上がった。
桃色を基調としたドレッシーな修道服に、はち切れんばかりの胸元。両手に握られた長杖には、魔力を蓄えた宝珠が埋め込まれている。
桃色のヴェール越しに見えるおっとりとした瞳が、深い母性を醸し出していた。
絶望の淵に舞い降りた聖女。その名は――。
「我が名は『スペード6の修道騎士・ロクサーヌ』。主よ、この混沌とした地に救いを授け給え……!」
流石は修道女、言葉の一つ一つに重みがある。俺のような博徒が同じ場にいるのが場違いに思えるほど、彼女の存在は眩しく光り輝いていた。
そしてその光は、床で絶望していた兵士たちの目にも届いていた。
「「「お、女だああああああーーーーーーッッ!!!!」」」
さっきまで死にかけていたはずの兵士たちが、松葉杖を投げ捨て、血に汚れた包帯を引きずりながら病床から這い出してきた。飢えた獣のような勢いでロクサーヌの元へ殺到する。ある者はその足元に跪き、ある者は拝み倒し、本物の聖女の降臨に涙を流して喚き散らした。
「………………私は?」
同じ女であるはずのニーナには目もくれない。母性も包容力も格上のロクサーヌを前に半べそをかく彼女の肩を、ポーキーが無言で叩いた。
「あらあら、まぁまぁ。迷える子羊たちがこんなにも、私に救いを求めているのですね」
ロクサーヌは群がる兵士たちの頭をよしよしと撫でながら、彼らの痛々しい姿を憐れむ。
「貴方が、召喚主のジョーさんですね。シルヴィーたちから聞いておりました。私の力が必要だと」
「お、おう。この兵士たちの傷を癒してやってくれ」
振り向いたロクサーヌの微笑みに、俺は思わず視線を逸らした。
「どうなされたのですか?」
「え、あ、いや……悪い。気にしないでくれ」
どうもロクサーヌの「果実」がデカすぎて、目のやり場に困る。背後からニーナが嫉妬の視線を突き刺してくるのが、余計に居心地を悪くさせた。
「畏まりました。では、迷える子羊たちに神の御加護を……」
ロクサーヌは長杖を両手で握り締め、魔力を集中させる。
「おいロクサーヌ、回復魔法のカードは使わなくていいのか?」
「要りません。彼らの痛みは私の痛み。この私の力で、癒して差し上げましょう!」
杖の先にある宝珠を天に掲げ、彼女は高らかに詠唱した。
「神よ、この者たちに癒しの加護を! ――『ヘブンズ・リカバリー』!!」
杖から放たれたのは、華が咲き乱れるような桃色の波動。
それは回復魔法のカード【ハート2】をも凌ぐ、圧倒的な回復力と範囲だった。
ロクサーヌを取り巻く兵士たちの傷が塞がり、砕けた骨さえもが修復されていく。
歩くことすら絶望的と言われた者が大地を力強く踏みしめ、その身体に精気が、生きる希望が吹き込まれていく。癒された兵士たちは、生き返った心地に歓喜し、涙を流した。医者いらずの奇跡を前に、ロクサーヌも嬉しげに笑みを浮かべる。
…………ところが。
「ロクサーヌ姉さま! まだ苦しんでいる兵士たちがいます!」
「……なんということでしょう。これは……」
ロクサーヌの顔から慈愛の笑みが消えた。
彼女が覗き込んだ兵士の肌には、どす黒い紫色の斑点が、まるで呪いのように浮かび上がっていたのだ。
ロクサーヌは一転して真摯な、どこか恐れを含んだ表情で俺たちを振り返る。
「この方たちは疫病に侵されています。それも、ただの病ではありません……『薬物』の副作用によって人為的に変異させられた病原体。その成れの果てです……!」
「薬物…………!?」
俺たちは戦慄した。『薬物』――それは兵士を強化するための禁忌か、あるいはそれ以上の悪意か。
人間の愚かな業が、この地獄を生み出していたというのか。
「まさか……プレジデント王国が、自国の兵を実験台に……!?」
王国の闇が、底知れぬ深淵となって俺たちの足元に迫ってくる。そんな不吉な予感が、背筋を冷たく撫でた。
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