第26話 白薔薇に『黒い嘘』は似合わない。
――俺の手前に伏せた、紅色のアーガイル模様の裏面カード。
ジンの揺れる意志を前に、俺は一つの『ブラフ(嘘)』を立てた。
「……これはスペードじゃない、とはどういうことだ? 貴方はその伏せたカードが、スペードか否かを見極めると仰ったでしょう?」
「そうだ。俺は『これはスペードじゃない』と言った。それに対してお前は、俺が本当のことを言っているか、嘘をついているかを見極めればいい」
「…………!」
俺は前世から、ゲームのルールの『隙間』を突き、相手を惑わせるのが得意だった。
「これはスペードです」と宣言するのではない。カードを出した瞬間、俺は自らスペードであることを否定してみせた。
もし対戦相手が用心深く、猜疑心が強い場合。ルールの固定観念をひっくり返された時、一体どんな反応をするのか。
(なぜここで、否定の宣言をした……? 場に出たスペードはまだ1枚。山札には12枚も眠っている。彼がスペードを引いている確率は極めて高いはずだ。だとしたら、これは裏をかいた嘘か? ……いや、それとも……!?)
ほらな。ジンのクールな面が崩れ、判断に迷いが生まれている。
俺たちが手を組むか、盗賊団の解散か。このゲームに賭けられた代償の重さが、余計な焦りを呼ぶ。下手な決断をすれば、交渉は決裂し、ジンは盗賊から足を洗わねばならない。
それに……俺はラミィに連れ去られたニーナが心配だ。長々と時間を掛けるつもりはない。ここでもう一押し、彼の心を揺さぶってみるか。
「……そういえば、お前の妹は今ごろどうしているかな」
「何? ラミィなら、貴方の女騎士を連れて港湾倉庫に……」
ジンはいきなり話を逸らされたことに、怪訝そうに目を丸くする。
「さっきの修羅場で言うのを忘れたんだが、お前の妹には、身体中からめちゃくちゃ『鉄』の匂いがした。それも動物や人から流れる血のような」
「ッ!!」
「義賊をかたっているが、こんな独裁国家の下で生きてるんだ。綺麗事じゃ済まないこともあるだろう。傷付けてでも、食料や武器を強奪しなければならない時に、お前じゃなくて妹がその汚れ役を買った。そして、妹に歪んだ愛情を植え付けたことを悔いてる……違うか?」
「………………」
俺の問いに彼は無意識に口を覆い、右腕はわなわなと震えが止らなくなっていた。
俺は、ジンの精神を最も効率的に揺さぶるため、トラウマを抉るような話術を選んだ。禁忌に近い、無慈悲なやり方だ。だが、これは俺なりの『覚悟』の裏返しでもある。
――俺は、ジンとラミィを外道に堕ちた悪党にしたくない。心を鬼にしてでも彼らを救う。これは人助けの大博打だ。
「早くゲームを終わらせないとな。あの短気な感じの娘だ、下手すると彼女にニーナがズタズタにされちまうかもなぁ〜!!」
「ッッ!!!」
俺は意地悪くジンを煽り立てた。遂に限界を超えた彼は、山札から引いたカードを確認もせず、すぐさま伏せて宣言した。
「こ、このカードはッ、スペードだ!!」
「ダウト」
間髪入れず、俺のダウトが飛ぶ。
ひっくり返されたカードは――【ハートのA】。
スペード宣言は嘘。俺は彼の衝動的なブラフを見破った。勝負は、一瞬で幕を閉じた。
「悪いな、ジン。勝たせて貰ったぜ」
「な、んだと……?!」
俺が精神を揺るがした事により、不安定になったジンの情緒は、捨てたナイフを拾い上げさせ、俺の喉元に向けさせた。
「今の勝負は無効だ。何も言わずに我々と来い。我々を陥れたあの王を殺さねば、気が済まない……ッ!」
ジンの声から、肌を刺すような殺意が漂う。だが、俺がそんな脅しに屈することはない。至近距離で、ジンの耳元に囁いた。
「……悪いが、復讐の手伝いはできない。お前ら兄妹が、憎しみに呑まれて堕ちていく姿なんて見たくないんだ」
「ふざけるな! あの愚王のせいで、私とラミィがどれだけの屈辱を……!」
「その復讐のために、お前はその汚れなきナイフを血に染めるのか? 力ずくで従わせることが、お前の掲げる正義か!」
「黙れ! 綺麗事でこの世が変わるものか……!!」
「――お前は仲間の前で、『助けて』の一言も言えねぇのかッッ!!!!」
……冷静でいるつもりが、いつの間にか俺はジンのナイフを払い除け、その胸ぐらを掴んで叫んでいた。頑ななジンの本心をこじ開けるため、俺の方が先に本心を曝け出していた。
「…………仲、間……?」
そんなジンも、殺意と不安情緒が消え去り、思わぬ言葉に困惑していた。
俺も発言から少し経って、照れくさくなってきて、改めてその意味を説明した。
「……あぁ、そうだよ。俺とお前ら兄妹は『仲間』だ。歓迎された時から、俺はお前らの事が気になって仕方ねぇんだ」
「し、しかし……。それでは我々の目的と何ら変わりが無いのでは……?」
「分かんねぇかな! お前が俺を誘うんじゃなくて『俺が』、お前ら兄妹を誘うんだ!」
「貴方の方から……!? まさか……!」
「まだ、信用してねぇだろ。俺の事を」
「…………!」
また図星か。やっぱりコイツは、ポーカーとかブラフゲームには向いてない。白薔薇の名の如く『純白』で、感情が顔に出るタイプだ。だから俺は余計に、ジンを悪党に染めたくはなかった。
そこで俺は、手前に伏せたカードを裏返して、ブラフの種を明かした。
「これが、俺が『スペードじゃない』と言ったカードだ。嘘じゃなかっただろ?」
手にしたカードは―――【ジョーカー】。トランプの中でも禁断と言われるカードを、俺はジンに証明した。
「何で……わたしたちをそこまで……?」
何でって……このカードのように、ブラフの意図を逆にした時と一緒だ。お前らの抱えている不安も、心の闇も全部引っ括めて……!
「なぁ、ジン。俺たちと、一緒に旅をしないか? ―――皆で力を合わせて、【革命】を起こしてやろうぜ!!」
「…………!!」
ジンの曇っていた眼に、一筋の希望の光が差したのと、丁度同じ刻。
―――ニーナとラミィも、その希望を求めた駆け引きが交わされていた……!!
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